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露天風呂の女狐様  作者: 五十嵐 仁
2/7

第2話 女狐様

約一月後・・。


風邪が流行り始めていた。

最近は、熱が出たという理由で、キャンセルが増えてきている。

今日もキャンセルが2組。


「お客様が少ないからといって、気を抜かないように。」


女将の厳しい声が飛ぶ。


急遽、露天風呂の大掃除をすることになった。

お客様が少ない日は、露天風呂の時間が空く。

その時間を利用して、大掃除をするのだ。

露天風呂は屋根が無いため、風にのった落ち葉やごみが飛んでくる。

少しでも油断すると、あっという間に散らかってしまう。

また、岩に苔や硫黄が付く。

時間がある限り、掃除は欠かせない。


当然のように、その担当は見習いの健一郎に回ってきた。


全ての部屋の客が上がったのを確認し、健一郎は露天風呂の掃除を始めた。

湯を止めると、ブラシで苔を落とし、さらに硫黄を落とす。

一度湯を落とし、排水溝の網にかかった落ち葉やごみを取り除く。

水で洗い流したのち、改めて湯を張る。

その間に洗い場の清掃、脱衣場の拭き掃除。


あたらしい湯を張り終え、ようやく一息つく・・。


「よく働くのう。」


突然の声に、健一郎は驚いて振り返った。

露天風呂の岩の上に、獣耳と尻尾をつけた女性が座っていた。


「ひと月ぶりじゃのう、健一郎。」


また、居眠りしているのか? そんなはずは・・。

健一郎は、そばにあった桶で自分の頭を叩いた。

いてっ!


「あははははは・・。」


女が笑いこける。

睨みつける健一郎。


「そう、怒るでない。」

「わしは褒めているのじゃぞ。」


人を褒める顔ではないと思うが。


「えーと・・・。銀子さん・・でしたか?」

「ふむ。覚えておいてくれたかの。」

「失礼ですが・・・何者ですか?」


銀子は少し間をおいた。


「化け狐じゃ。」

「ば・・化け狐!?」

「まぁ・・妖怪じゃな。」


自分で妖怪というか・・。


「なぜ俺の名前を知っているんですか?」


一瞬、銀子は口を閉ざした。

少し顔色が曇ったかに見えたが、気のせいだろうか。


「お前が・・生まれた頃から見ておったからの・・。」


そんな昔から?

しかし、姿を見たのは先月が初めて。

それまでは気配すらなかった・・。


「お前が18になったからじゃ・・。」


一瞬、心を読まれた気がした。


「正直、わしにもよくはわからんのだが・・。」

「18になると、わしが見える人間がおるらしい。」

「もちろん、めったにはおらんがの・・。」


「お前で、二人目じゃ。」


たった二人?

数千年生きていると言っていたはずだが、それで二人?


「一人目は、どんな人です?」

「教えん。」

「えっ?」


なんだこの人・・。

いや、人じゃないけど・・。

結構、意地が悪い性格?


「で・・そこで何をしているんです?」

「何もしとらん。」


また・・。


「しいて言うなら・・。 そうさな、お前たちを見ておる。」

「見ている・・だけですか?」


「ああ、見ているだけじゃ。」

「死ぬまで・・な。」


不気味な言い方をする。

本当に妖怪なのか・・。

健一郎は少し身構えた。


「さほどたいそうなことではない。」

「わしは数千年生きておるからの・・。」

「それに比べ、お前たちはせいぜい100年も生きられん。」

「そうさな・・お前たちの感覚なら、1年ぐらいじゃろう。」


1年!?

彼女から見れば、人の人生は一年・・か・・。

人間が虫を観察するようなものだろうか。

なんだか急に自分の人生が短く思えてきた。


「おぬし、彼女は作らんのか?」

「えっ?」

「もう18じゃろ? 見たところ、彼女がおらなんだが・・。」

「大きなお世話ですよ!」

「まぁ、よい・・。」

「できたらわしに紹介するのじゃぞ。」

「なんでそうなるんですか。」

「だいたい、他の人にはあなたの姿は見えないんですよね?」

「わしからは見える。問題ないではないか。」

「いやいや、見えない相手に紹介なんてしたら、変な奴だと思われるじゃないですか!」

「その程度でふられるなら、本当の彼女とはいえん。」


ったくもう・・。

ああいえばこういう。

なんて人だ。

いや、人じゃないけど・・。


「銀子さんには彼氏はいるんですか?」

「内緒じゃ。」


人には紹介しろと言っておきながら・・。


「ここの掃除は終わったので、戻ります。」

「なんじゃ、もう少し話そうではないか。」

「いそがしいので!」

「つれないのう・・。」


「次はひと月先じゃ。」

「ひと月・・?」

「正確には、満月の夜じゃな。」

「満月の夜しか会えないってことですか?」

「いや、わしからは見えておるがの・・。」

「おぬしがわしを見られるのは、満月の夜だけのようじゃ。」


そういうものなのか。

まぁ、妖怪が毎日見えてたら落ち着いていられないな。


「俺はそれで十分です。」

「ほんにつれないのう・・。」

「女性にもてんぞ?」

「大きなお世・・。」


はぁ・・。

きりがないと思った健一郎は、後ろを向くと、さっさと露天風呂を出て行った。

たぶん、疲れているのだろう。忘れよう。



「遅いぞ。」


父親の源一郎から注意を受ける。


「ごめん。変な客がいて・・。」

「変な客?」


あー、デジャブになってる。

ひょっとして、これが毎月続くんだろうか?


「変な客が出てくる夢を見たようで・・。」

「この間も同じようなことを言ってなかったか?」

「うん・・同じ人・・。 いや、人じゃないけど。」

「なんだそれは・・。」

「銀子とか言ってた。」


ガチャーーン!

洗っている茶碗を落としたのは父親・・ではなく、母親だった。

顔が青ざめている。


「母さん・・大丈夫?」

「健一郎! ちょっと来い!!」


父親は健一郎の腕を掴むと、廊下へ連れ出した。


「本当なのか!」

「えっ?」

「本当なのかと聞いているんだ!」

「な・・なに・・。」

「銀子に会ったのか!」

「いや・・だから居眠りして・・。」

「どこで会った!」

「ろ、露天風呂で・・。」


「そうか・・。」


父親はしばらく黙り込んだ。


「このことは・・誰にも言うなよ。」

「特に、母さんには二度と・・。」

「な、なんだよ・・。」

「ちゃんと説明してくれよ!」


源一郎は、少し間をおいて答えた。


「女狐様だ・・。」

「女狐様?」

「ああ・・。 我々を見守って下さる。」

「この旅館が出来た時からずっとな・・。」

「へぇ・・。」


「誰にもいうなよ。」


「そんなありがたい神様なら、別に・・。」

「いいから、二度と口にするな!」

「わ・・わかったよ・・。」


「人に話してしまうと、ご利益が薄れるんだ・・。」


明らかに、父は何かを隠している。

だが、父がこれだけ怒るなら、よほどの事情があるのだろう。

なにより、母の様子が尋常ではなかった。


健一郎は、それ以上は聞かなかった。

次の満月の日になれば、銀子さんに聞く手もあるかもしれない・・・。



- 第3話に続く -


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