ちびっ子ヤンキー系女子に『クソ童貞野郎』と罵られてます
新作プラモの発売日。僕は必死に貯めたお小遣いで今から買いに行くところだ。
「おいクソ童貞野郎!!」
人気の無い路地裏で嫌な罵声が飛んだ。
プラモ屋まであと少し、トラブルは御勘弁だ。
「何無視してんだ! このクソ童貞野郎!!」
「──ッ!」
いきなり後ろから蹴りを頂いた。
これは間違いない。カツアゲコースだ。
カツアゲなんて入学式以来。一年二ヶ月ぶり、二度目だ。
いつカツアゲされても良いように警戒は怠らず居たけれど、今回ばかりはタイミングが悪い。
「おいクソ童貞野郎。アタシ今月ピンチだからよぉ、金貸してくれや」
「えっ!? いや、嫌です……はい」
──ゴガッ!
二発目の蹴り。太ももを思い切り蹴り上げられた。
「金貸してくれよ。持ってんだろ?」
「し、知らない人とお金のやり取りはしちゃダメだって、生徒指導の先生が……」
「良い子ぶってんじゃねーぞクソ童貞野郎がッッ!!」
初めて会うパーカーの女の子に胸ぐらをつかまれ、バッグの中をまさぐられた。彼女は財布を手にすると、お札だけを抜き取り、そして舌打ちをした。
「二千円しかねーじゃねーか!! どーなってんだお前の懐具合はよォォ!!」
「す、すみません……」
何故か謝ってしまった。クソ雑魚スピリッツのなせるワザだ。
「これじゃあマ〇クで腹いっぱい食えねーじゃん!! フィ〇オフィッシュ好きなのに350円もすんだぞ!? 五個しか買えねーぞコラ!!」
「あ、僕もフィレオフィッシュは好きです」
「聞いてねぇよクソ童貞野郎!! あー、ハンバーガーが60円だった頃が懐かしいぜ……」
君、いくつ?
「もしかしておお腹空いてます?」
「見てわかんねぇのか!? 滅茶苦茶空いてるよ!!」
「ならウチに来てご飯にしませんか?」
「お! メシあるなら最初からそう言えよクソ童貞野郎!」
「あ、でもその前にお金を返して下さい。プラモ買うので」
プラモを買った後、パーカーの女の子と一緒に自宅へと向かう。ツカツカと不格好に歩く様は、どう見てもヤンキー系だ。歳はそう離れていないように見えるが、人からお金を巻き上げないといけないくらいに困っているらしい。世も末だ。
「邪魔するぞ」
「そこに座っていて下さい。すぐに作りますから」
「質より量で頼むな」
エプロンをし、冷蔵庫の中を確認する。
幸い食材はあるから、後は何を作るか考えるだけだ。
「お待たせしました」
「遅ぇよクソ童貞野郎!! 10分も待たせやがって!!」
「すみません、ビーフストロガノフを作ったものですから」
「速ぇよ!! 10分で出来る代物じゃねーぞおい!」
「冷めないうちにどうぞ」
「い、頂きます」
手を合わせて食べ始める辺り、そこまで悪い人には見えないんだよね。
「──美味ぇぞクソ童貞野郎!!」
「良かったです」
「こんな美味いメシ食わせてアタシをどうするつもりだ童貞のくせに!!」
「あ、そう言えば名前を聞いてませんでしたね。僕は御堂義正です。沼矛中ノ上高校の二年生です」
「……菱沼美咲。沼矛下ノ下高校の一年だよ」
年下だった……。
年下のちびっ子女の子にカツアゲされる僕って。
「中ノ上高校とかエリートだな。ハッ、羨ましいよ」
「いえいえ、普通ですよ」
下ノ下高校はヤ〇ザ養成学校と呼ばれるほどに治安が悪い。中間テストに『鉄砲玉』や『みかじめ』等の科目があるとかないとか。
そりゃあ、そんな高校行ってたら、素行も悪くなるよね。可哀想に。
「アタイはその普通の高校にすら行けねぇんだよ……」
美咲さんの顔が少し暗くなった。
やんごとなき事情があるらしい。
確かに好き好んで不良高校に行きたい人は居ない。少し軽率だったかも……。
「……すみません」
「オヤジの拵えた借金で家計は常に火の車。母親が必死でバイトしても、オヤジはそれを女と酒で使っちまう。アタシも必死でバイトして、何とか保ってるくらいだよ」
「大変なんですね」
「クソ童貞野郎の同情なんかいらねぇよ」
「良かったらたまにご飯を食べに来ませんか?」
「へっ!? 良いのかよ! さてはアタシを手籠めにしようって魂胆だな!? 変なことしたらテメェのアポロ11号を月面着陸出来なくしてやるからな!?」
「ハ、ハハ……」
君、いくつ?
それから、美咲さんはバイト前に僕の家に来ることが多くなった。
「腹へったぞー」
「あ、少し待ってて下さい。買い物から帰ってきたばかりなので」
「五分と保たねぇからな! 餓死しちまうぞ!」
「ボルシチが出来ました」
「だから五分で作れる料理じゃねぇっての!! キッチンの時空歪んでんのか!?」
熱々のボルシチを食べながら、美咲さんと談笑する。なんだか美咲さんとの時間が楽しみになりつつあるような気がして、少し笑ってしまった。
「そういや、お前いつも一人だな」
「母は夕方から夜の仕事なので……昼間は寝てますし」
クローゼットの前にかけてあった赤のミニドレスを見た美咲さんは、申し訳なさそうに僕を見る。
「オメェも色々あんだな」
「……いえ」
「そういやこの前買ったプラモ、出来たのか?」
「あ」
「なんだよ忘れてたのかぁ!?」
美咲さんに振る舞う料理レシピまとめるのですっかり忘れてた。
「美咲さんに食べて貰う料理まとめてたら、すっかり忘れてました」
「バッッ!! 真顔でそういう事言うなよ恥ずかしいなクソ童貞野郎!! もう行くからな!!」
美咲さんの顔がとても赤くなった。どうやら何かとても恥ずかしい気持ちのようだ。僕としては誰かと一緒に食べられて、とても幸せなんだけどな。
「あ、ロールキャベツも作ったので、タッパーに入れますね。夜食にどうぞ」
「だからいつ作ったんだよ!! 3分クッ〇ングか!!」
ある日、中々寝付けなくて自転車で少し散歩をした。
「くわぁ、やっと終わったぜ……! ちきしょー腹減ったな、義正んちに行きてぇなぁ……」
「あ、美咲さん」
「ふぁっ!? ク、クク!」
「九九81?」
「クソ童貞野郎!! いつからそこに居やがった!? アタシのバイト先調べて待ち伏せてやがったな!? この変態童貞レイプ魔!!」
酷い言われようだが童貞でレイプ魔って、どういう事?
「なんだか寝付けなくて」
「いくら寝付けねぇからってレイプ魔はだめだぞおい!!」
「だからしませんってば」
と、その時──身なりのよれた男の人がふらっと現れた。見るからに不真面目そうで、そして酷く酒臭かった。
「へへ、見付けたぞみさきぃぃ」
「お、オヤジ……!」
「えっ!? お父さん!?」
「へへへ、今日は給料日だろぉ? 父さんお酒飲み過ぎちまってなぁ? お金が、ちーっと足りねぇんだわ」
「……くるな」
街灯に照らされた美咲さんの表情が、とても険しくなった。嫌悪、憎悪、とにかく憎たらしい相手に向かってする顔だった。
「みさきぃ……頼むよ……お金払えないと父さん捕まっちゃうぞ? 店に携帯置いてきてんだ。早くしないと質に取られちまう」
「ブタ箱でもどこでも行っちまえクソ親父!!」
「みさきも学校行けなくなっちゃうぞ? 皆に後ろ指指されて、それでもいいのか?」
「…………誰のせいで」
拳を思い切り握り締めた美咲さんが、決意をしたように目を見開いた。
「誰のせいでこうなったと思ってんだクソ野郎ォォォォ!!!!」
「おっと、ハハ。そんなへなちょこパンチ当たらないなぁ~」
「離せ! 離せクソ野郎!!」
あっと言う間に美咲さんは腕をつかまれ、そしてポケットから封筒を取られてしまった。きっとあの中には、苦労して頑張った、苦くも輝かしいその結果が入っているはずだ。
「止めて! それ無くなったら今月どうやって過ごせば良いの!? お願いだから止めてくれよ!!」
「悪いなみさき。パチンコで増やして返すから少し待っててくれよ」
「イヤァァァァ!!!!」
どうしてそれまで呆けていたのだろう。
嫌がる彼女の、涙するその顔を見たら、飛び出さずにはいられなかった。
──パシッ!!
「んあ? おい……その金がなんだか分かってんのか?
クソガキが」
「クソ童貞野郎! 何してんださっさと帰れ!!」
横から封筒を引ったくり、男と距離を取る。
「嫌がってます。美咲さんを離して下さい」
「あ? 俺に指図すんなよクソガキが……テメェ、コイツの知り合いかなんかか?」
「答える必要はありません」
「誰に向かって口聞いてんだタコ。今なら無かったことにしてやるから、金返せ、な?」
「止めろクソ童貞! コイツ昔格闘技やっててアマチュア優勝経験もあるんだぞ!?」
「みさきは黙ってようか」
「い、痛いっっ!!」
汚いその顔に威嚇の色が見えた。
美咲さんの時とは全く違う、明らかに危険をはらんだもの。争いも辞さないような、もう後がない。そんな顔だった。
「美咲さんを離して下さい」
「……ほらよ」
「クソ童貞野郎……」
美咲さんの腕が放された。握られていたその痕がとても痛々しい。
が、このお金は渡してはいけない。美咲さんの未来のためにあるお金なのだから……!!
「野郎……その顔は返さねぇつもりだなぁ?」
男がじわりじわりと近寄ってくる。
今から自転車で逃げるには無理がある。美咲さんも捕まってしまうだろう。
「痛い目見ないと分かんねぇクチだな? 覚悟しろよタコ」
一発……一発で終わらせる──!!
──ボゴォ……!!
「──ァ……!!」
「クソ童貞野郎!!」
鈍い音がした。
脇腹を思い切り殴られ、思わず蹌踉めいた。
初めて味わう悪意のある暴力。その味は酷く酒臭かった。
「さっさと返せオラ」
「い、嫌です……」
──ボゴ
「──ゥグ……が……!!」
「何してんだ早く渡しちまえアホクソ童貞野郎!!」
とても鈍い痛み。流石に手加減はしてあるのだろうけれど、それでも二回もお腹を殴られるのは耐えがたい。
「ほら、早くしろ」
「こ、このお金は美咲さんが一生懸命頑張って稼いだお金です。あなたのようなろくでなしには渡せません」
「んだとこの──ッッ!!!!」
──バキッ!!
顔を殴られ、思い切り吹き飛んだ。
ほぼ本気に近いような、意識が飛んでしまいそうな、ヤバい衝撃だ。
「よしあき!!!」
美咲さんが倒れる僕に駆け寄る。
「お前歯が……!! 血が出てるじゃねーか!!」
「や、やべ……やり過ぎたか!? あ、あわ……あわわ」
地面に転がる奥歯と、止めどなく滴る赤。
「真空ラリアットすら出せねぇようなヤワのくせに無茶しやがって……!!」
「す、すみません……」
「知らねぇぞ! 俺は知らねぇからな!?」
「ふーん。ウチの可愛い一人息子しばいといて、知らないは無いわねぇ?」
「ア、アババ……ッッ!!」
「か、母さん……」
「へっ!? お義母さん!?」
ひょっこりと現れた母さんが、男にアイアンクローを決め、付き添いの黒服が男を羽交い締めにしていた。
「金も無いくせにウチで飲んだんじゃ、どうしようもないね」
「ゴメン母さん……その人この子の父親なんだ」
「オヤジがご迷惑を……」
「まあ、なんと世知辛い! あなたはどうしたい?」
「みさき! 許してくアデデデデ!!」
「黙ってろクソ」
美咲さんは少し俯いて、そして前を向いた。
「縁を切る。もう振り回されるのはゴメンだ。母さんも愛想が尽きたって」
「なら決まりね。ブタ箱へごあんなーい」
「へあっ!? みさき! みさきさま! ゆるしっアデデデデ……!!!!」
「さっさと歩け」
黒服の人に連れて行かれ、美咲さんの父親は夜の街から姿を消した。
「あーらあらあら、こんなに殴られちゃってまあ」
「ごめん母さん」
「あら? 懐かしいわね、屋根裏から出してきたのかしら? これ」
母さんが地面の奥歯を拾い上げ、クスクスと笑った。
「ガキの歯かよ! ビビらせんなよクソ童貞野郎!! そんな物持ち歩くな気持ち悪い!!」
「ごめん、いつカツアゲされても良いようにフェイクの血糊とセットで」
「良かった……無事で良かった」
「頭はクラクラするけどね」
「あら、母さんが若い頃には三度の飯よりケンカだったわよ? 関東制覇を賭けてタイマンした頃が懐かしいわね~。今でも真空ラリアット出せるかしら?」
「……なんつーか、お前のお母さんバケもんだな」
「……どうして僕みたいのが生まれたのか、今でも不思議だよ」
てか、真空ラリアットって出来るんだ。
「美咲、さんって言ったかしら?」
「は、はい!」
「私はアフターがあるから、この子を家まで送っていってくれないかしら?」
「はい」
「いやいやいいよ。悪いし危ないよ」
「少なくともテメェよりは大丈夫だよ」
それを言われると返す言葉も無いわけですが。
「ついでに童貞も貰ってあげてくれない?」
「……………………は?」
だいぶ間があった。そりゃあ何言ってんのこの人みたいな顔になりますよ、はい。
「母さん何言ってるの!? 美咲さんも気にしなくて良いからね!? ね!?」
「この子、父さんに似て、凄いのよ? まるでスペースシャトルね。燃料タンクも最強なんだから♪ アポロ11号って呼んであげて?」
「は、はぁ……」
完全に母さんのペースだ。
これはマズいと思い、話を切り上げるようにその場をあとにすることにした。
「た、ただいま……」
「邪魔するぞ」
帰る頃にはヘトヘトだった。
「──ッ」
「しばらく当てとけ」
美咲さんが氷水で頬を冷やしてくれた。
「腹減ったな」
「ごめん、流石に何か作る元気は無いけれど、片手間で作ったちらし寿司なら冷蔵庫に」
「だから片手間で作れる代物じゃねぇっての、ったく」
ちらし寿司を冷蔵庫から取り出し、腰を落ち着ける美咲さん。
「なあ」
「はい?」
「ありがとな」
「あ、そう言えば返してなかったですね」
美咲さんに封筒を手渡す。ドタバタでちょっとクシャクシャになってしまったけれど、使う分には問題無さそうだ。
「オヤジの件が片付いたら、また顔出しても良いか?」
「いつでもお待ちしてますよ。美咲さんとのご飯は楽しいですから」
「バッッ! ハズい事さらっと言うなよクソ童貞野郎!!」
「へへ」
「……ったく。おい、目を閉じろ」
「え? あ、はい……閉じました」
──チュ
「へ?」
「クソ童貞野郎の働きに免じて、童貞野郎の汚名をそそがせてやるよ」
「い、いや大丈夫ですって!」
「だから……次会うまでに浮気すんなよ、クソ童貞野郎」
「ふあっ!? ふえっ!? ええっ!?」
「良いから目を閉じてろ!! 天井のシミ数えてる間に終わるからよ!!」
「目を閉じてたらシミなんか数えられないじゃないですか!? てか天井のシミっていつの時代!?」
「ガタガタうるせーなクソ童貞野郎のくせに! ──ってなんだこのズボンは!! アナコンダの住処かッッ!! どう見てもワシントン条約に引っかかるだろが! どーなってんだよお前のアポロ計画はッッ!!」
「ハハ、ハ……」
「ったく、しょーがねぇ奴を好きになっちまったもんだぜ」
「……すみません」
「謝んなアホ。起きたらとびきりの朝飯、食わせてくれよ」
「一晩熟成させたカレーを作りますね」
「やっぱり時空歪んでんな」