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短編

アリア・クレアは一匹狼。



──オルビタ帝国──



それはここ100年ほどで目覚ましい発達を遂げた、大国である。


多くのことが周辺国を群抜いているが、特に素晴らしいのは天文学だと、誰だろうと言うだろう。

天文学など、素人が聞いても何かよく分からないが……帝国の者は、天文学者でなくとも、皆、口を揃え、素晴らしい、美しい、と称賛するという。


という、と言うのは実際、本当かどうかはよく分からないからだ。

帝国に戸籍がない者が帝国から出るのは容易だが、帝国に入るのにはとても難しい。情報漏洩を防ぐためだ。

何はともあれ、確かな確証は得られない。

今までに数人、帝国に入った者がいたが、いまだに帰ってきていない。

このことについては、様々な推測が噂されている。

その中で圧倒的に大きい意見が殺された、だ。

しかし、少数派ながら、定住した、と考える者もいる。


……さて、話は逸れたが、皆様は一匹狼、と言うのをご存知だろうか。

孤独を好んだり性格が内向性であることなどの要因により、自発的に集団を離れ、または集団の中であっても単独で行動する人間のことだ。

孤高、とも表現されるだろう。


そんな一匹狼はオルビタ帝国にいて。


アストロノミーアの一匹狼と呼ばれていて。


天文学者見習いらしい……。











**











ここは天文学者を養成する国家機関、アストロノミーア。

魔法学園、騎士学校と並ぶ、3大教育機関である。

魔法は魔法学園、騎士は騎士学校、天文学はアストロノミーア、と言われている。


アストロノミーアは帝国唯一の天文学者養成機関である。定員は1学年100名。そのため、倍率も半端なく高い。

真に、天文学を愛していて、賢い者しか入れないのである。

更に天文学者になれるのはその中のほんの3割ほど。

だが、5割は成績不振、家業などで就職先の視野に入れていないので、天文台への就職率は高いと言えるだろう。

そんなアストロノミーアの、1つの教室での出来事である。


入学試験は3週間ほど前に実施され、つい1週間前に合格発表が行われたばかりだ。

クラスは3クラス。成績が上位の者が上位クラスに入れる。……まぁ、これは普通だろう。

成績トップクラスのAクラスも皆、周りは知らない者ばかりで不安を覚えている。人間だし、当たり前だ。お互いがわからない、それに新学期のお約束ということで自己紹介が始まっていた。


「……です。天文学の中でも好きなのは軌道予測。よろしくお願いします」


パチパチと、拍手の中、席に着いたのが今年の次席入学者。最後の華を飾るのは今年の主席入学者である。

なお、自己紹介の順番は言うまでもなく出席番号順。……の後ろから、だ。

担任教員が「主席入学者はやっぱトリだよな〜」と言ったためである。そのため、出席番号の逆の順番で自己紹介をしている。


入学試験は5教科中、3教科が満点。

言うまでもなく、天文学、数学、外国語である。


この3教科は天文学を学ぶ上で必須だ。

天文学を理解せずに天文学者になれるわけない。これ常識。

数学も星の軌道などを計算する上で使う。

外国語は他国や他大陸の論文をよく読むことがあるから……と言うことらしい。


点数を落としてしまった国語、社会も併せて10点ほどしか落としていない。

つまり、合計490点という、歴代でも5本指に軽く入るような成績で入学したのである。

次席入学者との点差は、45点。

圧倒的な点差である。

皆、どんな人物なのか、気になってソワソワする。


ハァ、と小さく誰かが溜息を吐く。誰か、ではない。主席入学者だ。

気怠げに立ち上がったのは美少女。

年は14ほどで……というか、皆14歳。

珍しい、漆黒の髪をしている。

闇夜に溶けてしまいそうなほどの深さである。少し、毛先に向かってミッドナイトブルーへと、グラデーションをしていた。

髪は腰の位置で綺麗に切り揃えられており、上品にハーフアップをされている。

目はそのまま飲み込まれてしまいそうな、ネイビーブルー。

皆お揃いの制服を左右対称にきっちりと着こなしていた。入学したてとなると、ブカブカのイメージがある制服だが、そんなことを感じさせなかった。

お嬢様、という言葉を体現したような人物だ。

しかし、決して華美ではなく、上品で、シンプル。

皆、この少女に魅入った。

否、気圧された。

少女の持つオーラに、圧倒される。……教師でさえ。


「……アリア・クレア」


そう、澄んだ声で言うと、一呼吸置き、すぐに席に座る。

座るのだけは早かった。

しばらく、静寂の時が響く。

皆、動けずにいた。

少女──アリアが教室を見渡し、つまらなそうに顔をフイっと逸らし、机から本を取り出した、10秒ほどの間。

アリアが本を開いた時、やっと時間が動き出した。いや、人が動き出した。

教室の中にいたものは皆、感じる。



今年の主席入学者は、孤高の存在、一匹狼だ……。



多少言葉が違えど、1言2言増えようと、減ろうと、思考は同じだった。

彼女の様子は、一匹狼以外の何でもなかった。


彼女は、特別。


皆、そう感じたのであろう。

人が動き出しても、しばらくは沈黙が漂っていた──











**











「……アリア・クレア」


(だ、大丈夫、かな、これで……)


座ったアリアの心臓はバクバクと嫌な音を立てていた。

よりによって担任の教師が主席入学者は最後、と言ったため、自己紹介中は混乱と緊張のオンパレード。クラスメイトの自己紹介すら、ろくに頭に入ってこなかった。

実際、アリアは「アリア・クレアです。よろしくお願いします」と言ったつもりだった。

しかし、終わりにかけて自信がなくなり、どんどん声が小さくなっていく。最後には口の中でモゴモゴいう仕舞い。

……つまり、です、の部分があまり聞こえていなかった。更に言うと、よろしくお願いしますなど聞こえなかった。


(どうしよう、失礼に、なってないよね?)


アリアの髪は帝国では珍しい、黒色だ。しかも、漆黒と呼ばれる深さのため、余計に目立つ。毛先に向かってグラデーションがかかっているのも、目立つことを助長していた。


黒い髪は、他大陸の特徴なのだという。

それ即ち、アリアのルーツが他大陸にあると言うこと。

現在ではないが、今までの歴史を振り返ってみても、何度も黒髪蔑視、と言うことがあった。

アリアの黒髪は隔世遺伝、または突然変異だ。

アリアの両親も兄も黒髪ではない。ブルー系の髪だ。アリアのグラデーションは、きっとそのため。アリア自身は目立つ理由とマイナスに捉えてしまっているが、家族とのつながりを示す、確かなものだろう。

そんなこんなで、両親はアリアが黒髪のことを大層心配し、何かと過保護だった。


だが、アリアは笑って大丈夫、と言ってきた。

もちろん、大丈夫と、胸を張って言えたことはない。

子供は、純粋で残酷だ。

思ったことを、すぐに口に出す。

アリアは、その黒髪について、よく言われた。


──なんで、あの子の髪は黒いの?


幼いからこそ、純粋な疑問だからこそ、オブラートに包まないからこそ、心を抉る。

だが、アリアはずっと、大丈夫、と言ってきた。


(私には、本があるから)


主席入学者のアリアだが、天文学の英才教育などは受けていない。

ごくごく普通の庶民家庭である。

ただ、父親は国立図書館の司書資格を得ているため、本を借りてくることが多かった。本は庶民の手の届かないほど、とても高価というわけではない。ただ、まだまだ高いもので、相当の余裕がないと本を手に入れることなど、無理だった。

しかし、と言っていいのだろうか。

司書は案外、給与が高いのである。しかも、国立図書館である。

給与はそれなりにあった。

家には安めの本がそれなりにあり、高価な本は父親が図書館から借りてきていた。

そのため、アリアは幼い頃から本と触れ合ってきた。そのうち、高度な内容の本に手を染め……ハマった。

特に、天文学である。


美しい星の数々。

星座と、その神話。


それはそれは、どハマりである。

ズブズブと抜け出せない沼に入り……抜け出せなくなった。

アリアは、父親に頼み、天文学系の本を借り尽くしてもらい……。

それだけでは飽き足らず、自分で星の天体観測などまで手を染めた。

その結果が、これである。

国立図書館にはほぼ全ての情報が出揃っている。

その情報を全て読み、理解し、暗記したアリアがアストロノミーア主席入学となったのだ。

しかし、それは、アリアが逃げ続けた結果である。


そんな本と、そして天文学へ逃げ続けたアリアは察しの通り、他人からどこか一線を引いてしまうのはある意味仕方ない部分があった。

だからこそ、彼女は周りを伺い、荒波を立てぬよう、立ち回った。

何に関しても、1番ではなく、警戒される2番ではなく、5番以下の番号を好み、そうなるようにした。アリアは運動神経も良く、勉強もできる。魔法も、多少は使える。万能なのだ。

だが、自分が、誰かが辛い思いをしないように……そうう動いた。それは無意識だったのかもしれない。もしくは、本能的な回避だったのかもしれない。


ただ、そんなアリアが、唯一手を抜かなかったのは、天文学。

当初は逃げ道だった本でであった天文学だが、前述した通り、沼にハマり、天文学を愛すようになった。


(……なんでみんな動かないの!?)


アリアは絶賛(?)混乱中だ。

やっと自己紹介が終わったのに、時間が、いや、人が動かない。


(……本読も、本……)


困った時の本頼み。

それはアリアの信念でもある。何か別のことをやっていれば、今ある問題を考えずに済む。

机の中に入っていた本を取り出し、栞が挟まっている所を開く。アリアが現在読んでいるのは神話の本だ。

星座神話を暗記するほど読み込んだが、肝心な話が見えない。

そのため、神話を読むことにしたのだ。


(神話って、あんまり信憑性がないし、よくわかんないし、現実的じゃないけど、なんとなく引こまれ……ないか)


ひどい言い方である。

神話が泣いちゃいます。

しかし、すぐに人が動き出した。

ガタガタっと音がし、アリアはビクッと肩を上げる。


パチパチパチパチ……。


盛大な拍手が降り注いだ。


(なんなの、これ!?誰に向けた、誰の拍手なの!?)


アリアに向けた、クラスメイト+教師の拍手である。

本を顔が隠れるほど近づけ、真っ赤になって震えたアリアであった。






**






さて、皆様は一匹狼、というのをご存知だろうか。

ご察しの通り、孤独を好んだり性格が内向性であることなどの要因により、自発的に集団を離れ、または集団の中であっても単独で行動する人間のことである。

孤高、とも表現される。


しかし、実際の狼社会で言う一匹狼は、弱い。


どの狼も1度は一匹狼になる。が、強い個体は群を作る。

では、弱い個体は?

一匹狼のままである。



一匹狼は、孤独なのだ。



それが、残った事実である。

孤独は辛いし、寂しい。

楽な時もあるが、この感情が常にある者は相当心臓が強いのだろう。

あいにく、アリア・クレアの心臓はそんなに強くなかった。

だからこそ、なのだろう。人と関わりと持つことは苦手だ。

だが、周囲からは敬遠される、孤高な超絶優秀な主席入学者である。






アリア・クレアはアストロノミーアの一匹狼、である。

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