密談 英雄と騎士と公女殿下
「改めて今回の訪問につきましてお詫び申し上げます。」
ギルバートが私達夫婦に頭を下げてくる。
息子と娘は寝室に行かせた。
「あまり気にするな。理由あっての事だろう。」
「はい。陛下も大変お悩みになられておりましたが、事が事でしたので、直に冥王と相対した我々が必要とのご判断をされました。」
話の内容に自分でも顔が険しくなったことがわかる。
ライラの顔も公爵家にいた頃のような険しさだ。
「何があった?」
ギルバートが大きく息を吐き顔をあげる。
「北の国々で再び動乱が起きる気配があります。」
北方諸国は寒冷地で厳しい国土のため貧困や食糧不足から争いが絶えなかった。
その苦しみから生み出される怨嗟、欲望、悲哀に呼応するかのように現れたのが冥王と冥王に付き従う悪鬼どもだ。
しかし、5年の歳月の間に多大な犠牲と引き換えに冥王は討伐され、悪鬼どもは執拗に残党狩りを続け、地上から駆逐された。
そして二度とこのような事が起こらないよう、冥王召喚に関する資料は禁書とされ、北の国々が豊かになるよう、南方の国々や多くの種族による支援により北方は急激な復興を遂げた。
冬の景色は過去には死の象徴とも揶揄されたが、飢える事がなくなれば南方にはない幻想的で神秘の雪原として観光され行われるにまで至った。
「今更北方で動乱が起こる理由がわからぬ。誰に取っても得る物が無いではないか。」
「悪鬼どもが暗躍しているのではないかという噂があるのです。」
「悪鬼どもは1匹残らず駆逐したはずだ!それは貴殿も存じていよう!!」
声を荒げずにはいられない。
冥王と冥王の悪鬼どもに奪われた無垢の命、救えない無力感、二度と逢えぬ戦友。
「動乱の噂と同時に複数の禁書庫から禁書の紛失が報告されました。いずれも冥王の眷属に関する召喚術、そして欲深きドラゴンに関する書物です。」
開いた口がふさがらなかった。
隣ではライラが真っ青な顔をしている。
あれだけの悲劇を経ても人族は同じ過ちを犯そうというのか。
「なんということだ。」
「アルセウス王は私に北の動乱の裏側に潜む邪悪を調査し、可能ならば排除せよとの命を下されました。協力者として冥王討伐の英雄アーサー殿の助力を請いたいとの事です。私の力不足で申し訳ございません。」
「貴殿のせいではなかろうよ。」
確かに冥王とドラゴンに関する話は多くの人間に協力を求めるわけにはいかない。
確実に信頼できる人物は限られる。
あの戦いで疲れ切った私は戦場から退いた。
完全に剣を捨てられるほどの器用さは無かったが、愛すべき妻と子供に恵まれ、人並みの幸せを手に入れた。
北の戦地では数多の死を見た。
子供を抱きながら死んだ母親、串刺しで晒される夫婦、もはや言葉にすら出せぬ悪鬼の所業。
許せなかった。
自分も家族を得た今、あの風景に対する怒りはむしろより強くなっている。
また冥王に勝てるとは限らない。
私の家族が蹂躙されないとは限らないのだ。
「少し、考えさせてくれないか。」
「無論です。あまり時間を割けず心苦しいのですが、3日ほどこちらに滞在しようかと思いますので。ここまでの旅の疲れと物資の補充が必要ですから。」
「わかった。ギルバート、礼を言う。」
「滅相もない。本来ならば貴方様は人並みの幸せを満喫されるべきなのです。ですが、ですが」
「わかっている。今日はもう休もう。ライラ、ギルバート殿を来客用の部屋にご案内してくれ。」
「はい。ギルバート様、荷物を持ってこちらへどうぞ。」
「かたじけない。」
ギルバートとライラが応接間から退室する。
私は大きく息を吐き、焦点の合わぬまま天を仰いだ。
結論は決まっているのだ。
ただ、あまりにやり残した事が多すぎる。
息子が継いだ戦の天賦をあえて見過ごした、むしろ潰してきた。
平凡に生きて欲しかった。
平和な家庭を築いて欲しかった。
戦に身を置いて欲しくなかった。
だが動乱が再び起きるならば、その才が必要とされるかもしれない。
自分の大切な人々を守るための力が。
私は身を起こし、とある人物への手紙を書くことにした。
この状況を託せるのは、自分が最も苦手とする人物以外に思いつかなかった。
かの人物との思い出に苦笑しながら筆を進める。
しかし自分とて、家族を守るためには、他に守るべき誇りも外聞もない。
全力を尽くすだけだ。
命を賭して。