嵐の訪れ
僕らの住んでいる村、スプリングフィールドはアルセウス王国の南端に位置する小さな村だ。
冬でも暖かい気候で作物がよく育つ土地で、大半の村人は作物を育てて生計を立てている。
僕らの家も小さな畑を耕しているが、少々剣の腕が立つらしい父さんは作物を出荷する時の荷馬車の護衛をしてお金を貰っている。
母さんは高等教育を受けた事があるらしく、村長の家で、農作物の売買契約書や相場に合わせた適切な価格で作物を買い取ってもらえる折衝役を担っている。
母さんが手伝うようになってから買取価格が大幅に改善されたそうで、そこそこ高い賃金を頂いているらしいがそれでも各農家では大きな利益が残るようになったそうだ。
だけど母さんは稼いだお金で村人達の教育資金や孤児院への寄付も行っており、他の村人達の収入とあまり変わらないようにしているそうだ。
「私、若い頃に散々贅沢はしたので、そんなにお金は欲しくないのよ。お金の妬みや嫉妬を受ける生活よりも、村の方々からお礼に頂く季節の旬野菜と採れたての果物を食べられる今の方が幸せなの。」
「お母様はそれでいいかもしれないけど私だって贅沢してみたいわ!」
とリーザが母さんに抗議した事があるけれど、母さんは片方の眉を上げながら
「あらっ、それならリーザとオーランドは自分で勉強して王都で出世すればいいわ。大丈夫よ、王都で必要な知識も礼儀作法も私が教えてあげられるし、頼れるツテもあるのよ。とはいえ先方にご迷惑をお掛けするわけにはまいりませんから、失礼のないようにきっちりと覚えてもらうわよ。」
とのこと。
僕はそんなこと一言も言ってないのに妹のとばっちりで様々な知識や作法を覚えさせられた。
勉強は嫌ではなかったが、村の中で使う機会が巡ってきたことは一度もない。
妹は泣きべそをかきながら勉強していたが、意外にも勉強を放り出す事は無かった。
王都で出世というのを本気で狙っているのかもしれない。
母さんは輝くような銀の髪で、大柄な父さんと並ぶと小さく見えるようだが、女性の中では背丈が高い方だ。
年齢相応の目尻の皺はむしろ優しい心象を体現しており、怒っている姿は想像することすら難しい。
ただし怒ると強面の父さんが泣くくらいに恐ろしいと僕たち兄妹はわかっているので、必要以上の我儘を母さんには言わないようにしようと心に誓っている。
妹のリーザは母さん譲りの銀髪の12歳で、容姿も母さんが若い頃はこんな姿だったんじゃないかと思わせる美貌で他の少年たちから注目されている女子の一人になっている。
もっとも僕よりもお転婆で野山を駆け回っているので中身は父さん似なんだと思う。
僕オーランドは顔は母さんに似てると言われるが、父さん譲りの茶色の髪に、同世代より頭一つ大きな身長がある。
父さんは「兄妹とも俺の顔に似てないのが悲しいけど、母さんに似てくれて嬉しい。」と笑ってた。
でも元気に身体を動かしている時は兄妹とも父さんにそっくりだと色々な人から言われるくらいには雰囲気は父さん似らしい。
母さんとリーザから買い物から帰ってきて晩御飯を作り始めた。
半刻ほど経った後、暗くなった夜空から雷雲の低音が響き始めた。
スプリングフィールドは年間を通して暖かいが、夏は雨が多く水害には注意する必要がある。
今夜はどうやら嵐になりそうだ。