婚約者はいない3
その日、この時間が早く終われと、ぼんやりと茶を飲むだけだったクーンの隣に座っていたのは少女だった。漠然としか覚えていないこの参加者の中でも、群を抜いて目立つ少女、それがパール国次期女王のカトリーヌだった。
隣が大国の一人娘だといってもクーンには関係なかった。
父や母から友達を作るようにと言われても、ここにいる子供達と話す事すら出来ない。
自分は頭が良いのだ、お前とは違うのだと見下してくるような奴らの筆頭である大国のお姫様が自分と関わるわけがないとクーンはそう決め付け、挨拶もまともにせずにひたすらお茶を飲んでいた。
「あなた、フィン国の王子でしょう?いつまでそんな態度でいるつもりなの、ふゆかいだわ。」
隣からそう聞こえたと思えば、次の瞬間がバシャという水音と顔にぬるくなった紅茶がかけられた。
「わからないなら、どうしてわかろうとしないの?あなた次の王様なんでしょう?りっぱな王様になるつもりがないのかしら。あなたの国の民たちがかわいそうだわ。あなたのおかあさまもおとうさまも、何も言わないの?なんてはずかしいのかしら。」
「…はずかしい?」
「そうよ!わたし達のしっぱいは、おかあさまやおとうさま、国のはじになるのよ。」
恥ずかしい。
そう言われたのは初めてだった。
父や母には良い子だと、優しく賢い子だとしか言われない。
教師である老婆からも明るく優しく、将来立派な王様になるだろうとしか言われない。
城で働く者達もそうだ。
クーンを褒めたり、好意を示してくれる者しか回りにはいない。
「はじ、この僕がはじだって。」
無意識にクーンから出た言葉に意味があったのかわからない。
考えて出てきた言葉ではない。だからこそ、クーンの高慢な意識からでた本音であると当時を振り返ってカトリーヌは語ってくれた。
「この僕、なんて言っちゃうような男に、ろくなものはいないっておかあさまが言っていたわ。」
「君だって、しゅくじょとして、そのたいどはどうなんだ。」
「人をいさめる事も、しゅくじょの大切なおしごとだわ。」
その後、茶会が終わるまで小国の王子と大国の姫は互いに睨みあい、思いつく限りの罵声を浴びせあった。
帰りの馬車内でその事を両親に話すことはできない。
例え練習であっても、自分が出席した席で起きた会話を具体的に話すことはできない。
伝えるのであれば、茶会のように暗号をもって悟られないように伝えなければならない。まだ
経験が浅いクーンにはそんな技術はない。
次の茶会では絶対にカテリーヌに報復してやるという決意を持つしか、できることがない。
◇◇
その後も顔を合わせる度にカトリーヌに散々馬鹿にされた。
カテリーヌの傍から離れない彼女の幼馴染だという少年、レインとなんだかんだと三人で話すようになってどの位たった頃だろう。
口ではカテリーヌに負け、知識ではレインに負け。
同い年のはずの二人には全然勝てない自分。優秀で、将来有望な完璧な自分。そんなのは幻だと気付いたのはいつなのだろう。
練習だからと言って茶会を抜け出し、近くの花壇に隠れて教師のように習ったばかりの事を教えてくるカトリーヌの知識についていけなかった時か。
夕食会に参加していた同盟国の子供が作ってみたという暗号遊戯を、レインが瞬殺で解いた上にさらに複雑な暗号にしてしまった時か。
ナイフとフォークや茶器がこぼす金属音が、自分よりも年下の同盟国の子供の方が小さかった時か。主催者のパール国の女王と王配へのお辞儀が、自分よりも一つ年上の子供の方が綺麗だった時か。
いつだったかはわからない。誰のおかげかわからない。
わからないけど、自分は完璧ではないと痛感したのは事実だった。