婚約者はいない
やっと本編。
頑張れ新しい王様。
大小様々な国がある大陸の、小国の一つでしかない国の慶事などどれだけの人が知っているだろう。
半年という短い期間で、未熟ともいえる年頃の王子が新たな王へ即位し、それにともない引退という道を望んで選んだという前王と前王妃。
今すぐにでも城から遠く離れた避暑地にある離宮へ行きたいと、何度も口に出したと言う。
前王と前王妃の年齢的にまだ若く、数年は玉座に君臨すると思われていた矢先の出来事。
詳しい理由もなく、前王より『新しい風がこの国には必要である』との宣言により、行われた即位式やお披露目の新王の宣言式では、おめでたいことであるはずなのに心から喜べない、そんな空気が漂っていた。
そんな空気の中の主役である新たな王であるクーンは穏やかに微笑むしかなかった。
この慶事を引き起こした張本人でもあり、秘密裏にされた過去の出来事の被害者でもある彼は、これから若き王として国に君臨する。即位と同時に結婚式を行った隣国や同盟国とは違い、彼の結婚式の予定はまだまだ先だ。結婚式は新郎と新婦二人の主役が必要なのだから、クーンがどんなに望んでも予定は未定のままだ。
◇◇
「陛下、ご立派なご挨拶でしたな。」
「止めてくれよ、あんな空気の中での宣誓なんて茶番なだけだ。」
予定していた全ての公務を終え、執務室に戻れば宰相が一人お茶を入れて待っていた。
クーンの親である前王よりも少し年上だという彼も、朝早くから動いていたからか疲れたような顔だ。
「やっと、ひと段落つきましたな。」
「そうだな…しかし、これからが本番だろう。」
「左様ですな、新王妃の候補者さえもいない状況は変わりませんものな。」
クーンが次の王になるということは早い段階で決まっていたので、後継者としての教育や実践などは多数経験している。
しかし、過去が原因で彼には未だ婚約者がおらず、そのため王妃教育を受けた者はこの国では誰一人として居ない。
「今更、誰が私の伴侶となろうと思うのだろうか。」
「陛下は魅力的な男性です。出会えば誰もが名乗りを上げましょう。」
「その出会いすら嫌がられているんだぞ?」
「…申し訳ございません。」
幼い頃から何度も行われていた婚約者を決めるお茶会での散々な結果に、宰相は謝るしかない。
太陽に照らされたように黄金も輝く髪と、知性を感じる黒色の瞳。
適度に引き締まったその体からは惜しみない若さと可能性を感じる。
女性が手に入れたい選ばれたいと熱望すると思われる若き王は、幼き頃から女性達も避けられてきた経緯のためか、口を開けばどこか頼りなく、どこがとは言えないが何かが残念に感じる、そんな男性へと成長してしまった。
宝の持ち腐れ、そんな言葉が似合いそうだと宰相は思う。
彼をそうしてしまった要因の一つに自分の娘が関わっているという負い目もあり、男性として、王として幸せになって欲しいと宰相は願い続けているが、なかなか転機はやってこない。
「明日はパール国の両陛下がお越し下さるとか。」
「幼馴染とはいえたかだか同盟の小国の祝い事に、女王と王配が揃って来るとは、よほど暇なんだろう。」
「そう言いつつも久しぶりに会えるのは嬉しい事でしょう?」
「そうだけど…。カトリーヌには小言を言われるだろうし、気持ち的には半々かな。」
数代前の王妃が繋いでくれたというパール国は大国と呼ぶに相応しい繁栄と土地も持つ国である。そんな国の現在の女王、カトリーヌ・パールはクーンの幼馴染の一人だ。
もう一人の幼馴染は、カトリーヌの夫である、王配レイン・パール。
自分が問題もなく王へと即位する事ができたのも、幼い頃の二人のおかげという事もあってか、なかなか二人に頭が上がらない状態が続いている。
「お迎えの準備はすでに完了しております。」
「あぁ、ありがとう。そういえばカトリーヌが供を連れてくるとの事だったが…。」
「若い娘との事ですので、その方のお部屋も準備しております。」
このタイミングでカトリーヌが連れてくる娘。
それはつまり、そういう事なのだろうと準備に関わった者達が浮つく中、当事者であるクーンの緊張は高まり爆発しそうだった。