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婚約破棄にのっかった

婚約破棄した男爵令嬢サイト。

始終お花畑というか結局気持ち悪い人。

婚約破棄を見た。

国を代表する慶事の一つである、歴代の王族も通った歴史ある学園の卒業式で。


歌うように祝辞を述べていた同級生から舞台を奪い、

愛する人と共に、彼を縛りつけていた人形のように美しく完璧な女性から、彼を奪った。


あの日、あの瞬間から始まった愛する人との幸福な日々。

愛する一人息子と愛する夫。誰からも祝福され、皆が私達に敬意を抱き、夫への忠義を惜しまない素晴らしい日々が死ぬまで、いや、死んだ後も続いていくのだと信じていた。


なのに、気がつけば王宮から遠く、国の端にひっそりと佇む忘れられた古城に、最低限の数の侍女と護衛。そして愛する夫だけが隣にいる。愛おしい存在が欠けた日々が来ると、どうして想像できるのか。


何も間違っていないはずだった。

母親が男爵の後妻へと嫁入りした際に、養子とは言え立派な男爵令嬢になったはずだった。

貴族の子供達が通う学園へと入学した。


その素晴らしさ。建物はこの間まで通っていた平民の学校とは何もかも違って大きくて綺麗。

響いていた乱暴な物音や怒鳴り声なんて無くて、どこからか聞こえる讃美歌のような綺麗な歌声や整えられた花壇から風にそよぐ葉の音ばかり聞こえる。


夢のようなところ、楽園のような美しさ。

そんな所にわたしが今から生徒として、貴族の娘として通う。

心が躍らないわけは無かった。


だけど、現実はやっぱり甘くなくて。

ほんの数か月前まで平民として生きてきた私と、産まれた時から貴族として生きてきた人たちとは仲良くなれるわけもない。もっと言えば、基礎ができていて当たり前という生徒達が学ぶ授業なんて、基礎の基礎すらわかっていないわたしがついていけるはずもない。


入学してすぐにわたしは浮いた存在へとなっていた。

わざわざ授業で習うことすらない、知っていて当たり前の貴族間の常識なんて知るわけない。養父となった男爵すら、当たり前の事すぎて私に教えることすら失念したような、それ位の常識。


今だったら理解できる。

暖かい日差しが大きな木々の間から零れる、そんな木々の下に作られたテラスガーデン。

普段なら人が殺到しているその場所が、その日だけは空いていた。

不自然な程に静かな状況。誰もが察して離れる空間を、なぜか不思議に思いながらも近づいたあの日。


椅子が倒れる音と荒い足音が響いたと思ったら、何かがぶつかってきた。

それが男子生徒だと理解し、男子生徒の後ろから女性の声がすると思った瞬間、私は引かれるままテラスガーデンを後にした。


その男子生徒は、当時はまだ王子だった夫。

そして聞こえた声は、婚約者だった伯爵令嬢。


仲良くするため、二人きりにするため、婚約者二人だけに用意されたお茶会。

だから誰も近づかなった。

奥のテーブルが隠されるように仕切られている、普段と違うその違和感に誰もがすぐに気付き、

そっと離れたのに、私は愚かにも近づき、王子に触れ、王子とそのお茶会を抜け出した。


その状況は瞬く間に広がり、平民上がりの小娘が愚かにも王子を狙っていると噂されるようになった。夫は当時、心から謝罪してくれた。王族なのにこんな小娘に。なんて誠実な人なのだろう。なんて素敵な人なのだろう。そう思ったら最後、あとは転がるように彼の唯一になりたくて、彼と沢山考えて、婚約者を断罪することにした。


彼は言った。これで幸せになれると。

不気味な程に常に微笑み、怒る事も悲しむ事もしないあの婚約者よりも。

静かに話し、具体的な表現は避け、誰もを馬鹿にする婚約者よりも。

平民の考えが分かるわたしの方が王妃に相応しいと、素直に喜び怒り涙し笑う、そんなわたしに救われると。だから、王妃教育なんて耐えられると思った。これからの沢山の幸せのために何でもできると思っていた。


なんて、甘い考え。


私の教師となった王妃様は厳しかった。貴族の勉強すら満足にできていなかったわたしにつけられた専属の教師達は厳しかった。それでも歯を食いしばって、幸せのために頑張った。


でも、私の頑張りなんて、ずっとずっと耐えて頑張っている人達には勝てないとあの日に思い知らされた。王妃教育も貴族の勉強もまだまだ未熟だった。まだまだ何も身についていないことを思い知らされた。


夫が学園を卒業して間もなく。

私は息子を身ごもった。婚約者という立場のわたし達の妊娠に誰もが狼狽えた。

体裁が悪い。王族の子供は喜ばしい。時期が悪い。産めるうちに産むべきだ。しかし、どうして、でも…。沢山の意見が出た。肯定も否定も。結局何もかも中途半端なままで私は、王子を出産し、そのまま王妃として椅子に座った。


その時は何も心配していなかった。息子を育てて、息子と共に私も学んでいこうと気長にそう考えていた。時間はまだまだあるのだからと。


だから、何も調べもせず、不安に思う事もなく、好奇心のままに、その茶会に参加した。

我が国が属する大国が主催している交流のためのお茶会に。各国の王や女王、その配偶者や子供達のためであるというお茶会に。そこで仲良くなれる人が居たらいいな、なんて馬鹿なことを思いながら。


結果で言えば最悪だった。

わたしの頭では理解ができないお茶会だった。紅茶は香りが良くてとても美味しかった。昼食の鴨肉は果物のソースが美味しかった。会場のいたるところに花や装飾があって綺麗だった。

けれど、とても怖かった。意味が分からなかった。彼女達の会話が視線が動作が怖くて、意味がわからなくて。一人で対処しないといけない場なのに何も理解できない自分がここにいるのが怖かった。


帰りの馬車の中で夫に相談しようとすると強い言葉で遮られた。

誰にも話してはいけない、私はあのお茶会の事は王妃にしか言ってはいけないと。だから遠い古城で暮らしていた前王妃様のもとに行った。そして知った。わたしの愚かさを。


わたしが失敗すれば、すべて私を認めた夫の失敗に。

わたしの過ちは夫の過ち、夫の過ちは国の過ちに。


わたしには時間がない。膨大な時間をかけて、あのお茶会やこれからの事を生き抜くための知恵や知識や人脈を得る為の時間はない。息子はわたしが育てると言い切った。息子のために時間を割かなければ。日々膨大な仕事をこなし、満身創痍の夫を癒すために夫へ時間を割かなければ、王妃がこなすべき仕事のために王妃としての時間を割かなければ。


わたしには時間がない。


だから、わたしよりも時間がある者を。

産まれた時からあの茶会に必要とされる教育が出来る家の娘を。

息子のために、国のために、夫のために、優秀な家の娘を。優秀ではないわたしでは優秀な娘を育てることはできないから、貴族に任せれば大丈夫だと思っていたのに。

そう思っていたのに。



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