はじまりは2(短編と同じ内容)
あれから数年がたち、王子ももう15歳になったというのに、残念ながらいまだ婚約者は決まっていない。
二回目のお茶会から度々お茶会を開くも、婚約者がいる娘しか出席せず、新たに生まれた娘は揃いもそろって体調不良での欠席を告げる。
それとなく、家の当主へ婚約の打診をしてみれば、皆体が強くないため領地や家から出るのは難しいと辞退していく。
一度、状況を打破しようと王命を用いて婚約させた家もあったが、王命が出された数か月後には
夫人が烈火の如く怒り、娘を連れ隣国へと住まいを移してしまっただけではなく、離婚するという事態に発展し、家庭が崩壊した。
ここまでくれば、王や王妃にだって高位貴族の女性達が王家を嫌っているのがわかる。
だが、理由はまったくわからず、そのため改善策も出せない状態が続く日々。
男性からはそこまで毛嫌いはされていない、下位爵位の女性達にも嫌われていない。
社交界を牛耳る高爵位の女性や年頃の娘達にだけ、避けられているのだ。
王子の評判が悪いわけではない。
美しいと褒め称えられる王と王妃の息子だけあって、その姿はとても美しい。
金色の柔らかな髪に透き通った海のような瞳。
物腰も柔らかく、王族として日々真面目に過ごすその姿には、期待の声も多い。
それなのに、ぜひとも懇意になりたい家の娘達や母親達は、日頃王子を避けるばかりか、社交の際にすら体調不良や恐れ多いと挨拶に来るのも、父親や母親ばかりと徹底した素振りを見せる。
本来であれば王家唯一の子供である王子の周りには、沢山の花々や蝶が舞い踊っており、その中から選び放題だったはずなのに、舞っている花や蝶は王や王妃が望んでいない下位爵位の者達ばかりである。
なぜ。
どうしてなのか。
どんなに頭をひねっても、王宮へ勤める者達を問いただしても返事は曖昧なものばかり。
そんな中、王家は全ての答えを得る日がやってきた。
その答えは王子が偶然見聞きした内容によるものだったが、それは王家にとって、渦中の王子にとってはとても残酷な言葉だった。
王子が悲し気に教えてくれる内容によって、王と王妃は十数年前の出来事を思い出す。
自分達もすっかり忘れていた。
民も全て忘れていると思っていた。
王がまだ王子で、王妃が男爵令嬢だった時に起きた騒動。
歴史の一コマに過ぎないことだと捨て置いたその出来事は、深く深く国中に根を張り続け、枯らすことのできない悪意の大樹を育てていることをこの瞬間、王と王妃は突き付けられた。
「父上…。ご自分の長年の婚約者やその者を慕うご令嬢を『人形のようにつまらない』と…そうおっしゃったのは……本当、なのですか?」
最愛の息子から突き付けられる、当時舞い上がって浮かれ切って、自分が神にでもなったかのように振る舞い、卒業パーティで自分の元婚約者を罵った言葉。
扇子で顔を隠しながら笑い、自分の顔すら出すこともできない心卑しい者達。
笑ったり泣いたり怒ったり、人としての感情や意志を嫌い、周りにもそれを強要するその愚かな姿は醜悪そのものだ。
物事を煙に巻き、誠意をもって話すことをしない意地の悪さばかり育て続けることの、なんと醜いことか。
その全てが気持ち悪い。爵位が高ければ高い程、皆同じような人形ばかり。
お前の姿、言動、全てが私に嫌悪感を与えるのだ。
なのに、お前が淑女の鑑だともてはやされているせいで、周りの者がお前の真似をする。
お前はまるで病原菌ではないか。周りに感染しては、私を不快にさせる。なんて不愉快な存在だ。
あの日自分の口から出た言葉が、鮮明に蘇ってくる。
扇子を使用するのも、喜怒哀楽をコントロールするのも社交を行う際には必須の技術だ。
王妃だって、昔に亡くなってしまった母だって、隣国の王族や貴族も、自国の貴族も、女性は扇子は常に持っているし、全ての貴族が感情を抑制して毎日を過ごしている。
そんな当然の事を何故、自分はあそこまで罵ることができたのだろうか。
未来の王妃と呼ぶに相応しい知性と振る舞いを身に着けたあの元婚約者を、手本とする少女達がいても何も不思議ではない。
むしろ、同性からも認められ尊敬されているとして褒めるべきであったのに。