未来のお嫁さん3
「お話しする前に…陛下はどうやって過去のことを知ったのでしょうか。陛下が最近知られたことからおわかりになるように、当時から王家からの通達により秘匿となっていたと思われますが…」
重い口を茶で潤しながら、探り探りリンティナが問う。
男女・年齢関係なく誰もが口を閉ざし、欠片であっても出してなならぬといった徹底した情報管理がされていたはずのあの愚かしい惨状をどうして今になって、知りえたのだろうと。
「この間…南東の地域へ視察へいった際に…。そこの地域資料館、のような施設で見たんだ」
「まぁ。南東と言えば国境に位置している地域ではございませんか。王都より馬を走らせても10日以上
もかかる上、宿泊できる施設なども無いと聞きましたわ」
「そうだな。住人の数も年々少なくなり、若人もいないため子供が生まれぬという悩みもあるようだ。
あそこは田畑の作物で暮らしているが、王都や地域へ送るほどの量も取れないし、質も良いとはいえな
いものばかりだった」
「そんな地域まで、視察で行かれているのですね。素晴らしいですわ」
「違うんだ…その、王都周りではあまり支持されていないので…社交以外でも触れ合っていかねば…そ
の…綺麗な気持ちではなく…いや、現状をどうにかしたいとは思っているが、純粋無垢な気持ちで行っ
たわけではなくて…」
「申し訳ございません。陛下をそのような環境にしてしまったことをお詫びいたしますわ。それに
上に立つ者は綺麗だけではやっていけないものかと。支持する人々について策を練り対策するのも
当然のことでしょう。それにたとえ純粋な真心ではなかろうと、気にかけていると事実や惨状を知って
もらえたことも、住民の皆さまは嬉しかったのではないでしょうか」
「うん…そうだと嬉しい。そ、そこであった資料館に当時の新聞があったんだ。
内容はゴシップ紙と言われる類であろう、例の記事以外にも奇天烈な内容が記載されていたよ。
ゴシップでも当時の情報が記載された証拠だったからね。今までは誤魔化されていたが、新聞片手に質
問するとだいたいが、苦々しくであるが話してくれた…」
当時、王子の婚約が破棄されたという事実と、それは痴情のもつれが原因だと面白おかしくした話で世間は賑わったそうだ。
連日王家や貴族についての記事が、人々の口に乗るばかりか、物語化された舞台や書籍、歌なんてあったらしい。
長年の婚約者を切り捨てるなんて横暴だ、人形を嫁には出来ないのだから破棄されて当然だ、政略ということ知らぬ愚か者、人の気持ちも分からぬ者が王になるのが不安、捨てられるというのは魅力がない女の証拠、綺麗な顔していても御貴族様も人なのだ、傷がついたご令嬢なぞ貰い手は誰でも良いだろう、婚約者がいるのに仲を深めた女こそ悪魔のようだ、誰も止めなかったのか側近は何していたんだ、御貴族様にはまともなやつはいない、あんな女でいいなら私だって、お祝い事には違いない何か振る舞うくらいしても良いのではないか……
賛否両論。真剣に、馬鹿にして、意見を、冗談を。
沢山の人が沢山の人達と。
余りにも影響があったせいか、王家の威信に関わると慌てて規制をかけ、出版された書物もすべて回収されていたらしいが、まさかあんな田舎に貴重な王都の新聞として、今なお保存されていたとは誰も考えなかったのだろう。
「左様でございましたか。誰かが悪意を持って陛下にお伝えしたのでなければ良いのです。陛下、私もこ
の話は母から聞いた話ですので、全てお話できるわけではないのですが」
「わかっている。それでも、少しでも知れるのは嬉しい」
「かしこまりました。まず、この計画を思いついたのは先ほども申した通り、殿下との婚約の話が出た時
だと聞いています。当時、母は伯爵に辞退するように懇願したようですが、相手にされずこのままでは母と私の尊厳が無くなると思い、親友のリィリィ様に相談されたそうです」
「待ってくれ、そのヴァリィ伯爵令嬢…いやもうご令嬢と呼ぶのは失礼か。その方はどちらにいらっしゃったんだ。ヴァリィ前伯爵にもお聞きしたが、あの事件の後に行方をくらましたと」
「ええ、リィリィ様はこのままでは、側室にされるか、他国に売られると思い、秘密裏に修道院へ身を隠されていました。味方にもなってくれず、話すら聞いてもらえない家族はもう見たくないのだと、神に一生を捧げたいと名も、もしかしたら存在すら忘れられているような小さな修道院で暮らしておいでです」
「待ってくれ!? かの方はご存命なのか!?」
「ええ、生きていらっしゃいます。私の勉強や礼儀や全ての先生でもありますの。秘密ですよ」
冒頭からまさかの展開すぎて口が開いてしまう。
渦中のご令嬢の父親も、兄弟も、しぶしぶ話してくれた下位爵位のご夫人方も、ご令嬢が一人で失踪し、何年も見つかっていない。きっと人知れず亡くなったのであろうと…。
まさかまだ生きていたとは。
「是非あってお詫びを!」
「いえ、恐らく会う事は難しいかと…。リィリィ様はあの修道院から一度も出ていらっしゃいませんし、そもそもあそこは男子禁制なのです。崇めていらっしゃるのも水の女神様なのですよ。恐らく陛下であっても難しいと思われますわ」
「そうか…では変わりに、手紙を届けてもらうことはできるのだろうか」
「勿論ですわ。私がお届けいたします」
直接会って謝罪することは難しくても、手紙だけでも謝らなければ。
クーンにとっては大事は父母だが、国を乱し感情に任せて他者の尊厳を罵倒した愚か者でもあること変わりはない。
父母は恐らく反省などしていないだろう。
最後の最後まで状況が理解できないように、どうして、なぜ、とつぶやいていたのだから。
「話がそれてしまいましたわね。母がリィリィ様のもとへ相談へ行った際に、前女王陛下…ローザンヌ様もいらっしゃって。三人で今後の国の在り方について話したと…。その、陛下にはお伝えしづらいのですが…。当時、リィリィ様抜きで国を纏められるとは思っていなかったようで…。近い未来国が傾くことになるだろうと予想されていたそうです」
耳が痛い。
感情に左右された政治を行う。それが父王と母后の評価だ。
理論や効率ばかりの政治も良くないが、感情だけで進む政治も良くない。
両親が感情や思いつきで考えたことを、才ある家臣達でまとめどうにか政をなしていたと、宰相を見ていればわかる。
その状態で内乱や反感騒動が起きなかったことは奇跡だったのだろう。
いや、その事を見越してかの方々が何か策を講じていたのだろうか。
「その…申し訳ございません。陛下も……まともな思想を持った子にはならないだろう、と」
本当に耳が痛い。
ちぎってしまいたい程に痛いし、もっと言えばその通りすぎて顔から火が出そうだ。
「なので、子が大人になった時、かじ取りをする者が必要だと」
あぁ。ここに着地するのか。
だから『運命』なんて言ったのか。
偶然でもなんでもない、これは計画的に仕組まれた運命。




