未来のお嫁さん
女性は、リンティナ・アルベールと名乗った。
パール国のアルベール伯爵家の長女で末子。
クーンより少し年上らしいが、終始穏やかな様子であるのなら年上の女性は良いものだと思う。
リンティナが準備してくれていたお茶で喉と言わず、体中の水分を補いながら互いの趣味、最近の出来事といった当たり障りない話題でどうにか場を繋いでいく。
この見合いについて聞くべきか、聞かないべきか。
聞いて、否定的な言葉や雰囲気を感じてしまったら、これからの生活に影を落とすだろう。
聞かなくても、そう思われているかもしれない、どう思っているんだと気になり、影響を及ぼすだろう。
どっちの選択を取ってもクーンの生活に暗い影が迫る。もし仮に万に一つの確率で、彼女がこの見合いにクーンとの結婚に否定的では無かったら。好意的であったら。どんなに良いか。
あのカトリーヌがごり押しで進めた縁談、もしかしたら少しは期待して良いのかもしれない。
いや、そう思ってもいつもダメだった。聞くべきか、聞かないべきか。
「陛下は動物がお好きだと伺っておりますが、一番は何がお好きなのですか?」
「一番となると難しいね。あげるとしたら馬、だろうか」
「まぁ、意外ですわ」
「移動も考えれば同じ時間を過ごす事が多いからか、自然と愛着がわくよね」
「わかりますわ、私の家にも猫がいるのですが――…………」
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「リンティナ嬢が準備したこのお茶は飲みやすいね、お茶に詳しいの?」
「詳しくはないのですが、単純に好きなのです。今回の茶葉は同盟国の特産でして赤子や病人も飲んでも良いという健康茶なのです」
「それはすごい」
「喜んでいただけて光栄ですわ」
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「カトリーヌのお気に入りになるなんて、ほんとスゴイよ。あいつは気難しいだろう」
「そんなことありませんわ。リーヌは我が儘に振る舞っているだけで、とても優しい人です」
「優しくないとは言わないけど、あいつの我が儘は演技でもなんでもないよ。全て何でも許すレインのせいだと思うけど」
「ふふふ、確かにレイン様はリーヌの全てを愛していらっしゃいますから。でもたまにはやり過ぎだとリーヌを諫めてくれることもあるのですよ」
「レインが?! 嘘だろう」
「本当ですわ。私何度も見ておりますもの」
楽しい。
女性と二人きりの会話でこんなに会話が弾んだのは初めてだ。
リンティナの話し方もいつの間にか砕けてきている。こんなに親しくなれたのは初めてだ。
笑顔が可愛い。声が可愛い。話題が尽きない、趣味が似ている。共通の友達だっている。
これは今まで頑張った自分へのご褒美なのではないか、とクーンは思った。心の中で。これは運命の出会い、ってやつじゃないかと。頭の中で。
他の人が聞けば、そんな馬鹿な、初めての状況に浮かれているだけだと言われたであろうが、ここにはクーンとリンティナの二人きり。
「初めて会ってこんなこと言うのはどうかと思うんだけど、ここまで女性と話しが盛り上がったことはない。本当に感謝する。貴方と出会えてよかった」
「まぁ、私も陛下とお話しするのはとても楽しいですわ」
「こういうのを皆、運命の出会いなんて表現するんだね」
「運命、ですか。そうかもしれません」
運命、そう言ったら笑われると思ったら笑われなかった。
これは本当に本当なのかもしれない。クーンの不安はゆっくりと消え始め、彼女を初めて見た時に感じたあの熱や動悸が戻ってくる。
「本当に、陛下に会うまで長い時間がかかりました。もしかしたら会えずに終わっていたかもしれませんもの」
「そうだね」
「時間はかかりましたが、結局こうなってしまうというのは、運命と言ってもいいのかもしれません」
「こうなる?」
消えかけていた不安が嬉しそうにゆっくりと、熱を冷やし始める。
「陛下、私今ではアルベールの娘ですが、それは母が再婚したからですの。元の名前はリンティナ・エリヌ。以前はこの国に住んでおりましたわ。前の父親はエリヌ伯爵ですわ」
エリヌ伯爵。その名前を持つ者は間違えようもなく一人だ。
常に国を案じ、民のために働き、幼き頃からクーンを支えてくれる尊敬している一人。
そして、絶対に許されない罪を背負わせてしまった彼。
この国の宰相であるエリヌ伯爵の娘。母親が他国の貴族と再婚。
なんてことだ、彼女は離婚した元宰相夫人の娘。
宰相夫婦の離婚の原因は、クーンとの婚約。
王命を覆せないとわかった途端に他国へ逃げたあの、件の娘―――。




