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婚約者はいない5

小さくはない温室を進んでいくと、段々とその場が見えてくる。


眠気を誘うような陽だまりが差し込む場所に整えられたカフェテーブルと二脚の椅子。

空いている椅子はクーンの席だろう。

そしてその向かいにこちらに背中を向けて座る女性。


その姿を目にした途端、酷かった動悸がさらに踊るように激しくなる。

後ろ姿しか見えない。見えないが、顔の横にある髪を束ねるハーフアップという結い方から流れる落ちる背中までの長さの髪が、白金色の噴水のようだと思う。

先にお茶を飲んでいるようで、時折カップを持ち上げる指は細く白い。

髪を束ねている黒地に金色の刺繍がされたリボンは、クーンを意識してのものだろうか。


爆音のように高鳴る鼓動、何度唾を飲み込んでも口も喉もカラカラに渇き、何度拭いても手はじんわりと湿り、恐らく顔とは言わず足までも赤いであろう、若き王の初々しくも情けない姿に白金髪の女性は気付かない。

慣れた様子でティーポッドから茶を注ぎ、暇潰しのために持参したであろう冊子の紙をめくる動作。


その全てにクーンは釘付けだったが、同時に不安も覚える。


後ろ姿でもわかる程に彼女はきちんとした教育を受けた淑女であろう。よく手入れされた光の糸のような髪を見れば、生まれも育ちも文句無しの身分であろうこともわかる。


まだ見えないがその顔も声も、とても美しく可愛らしく、女神のようで天使のようなのだろうなと想像してしまう。


そんな引く手あまたであろう女性が冴えない残念なクーンの妻になる。


経験上、王妃に相応しいとされる女性は皆、クーンを値踏みするように観察した後、私では勤まらないといって身を引いた。容姿だろうか、性格だろうか、声か言動か。何が悪いのかわからず、次こそはと自分を見直し意気込むも全て惨敗。

先日、理由は自分ではなく自分の両親であると知ったとはいえ、選ばれなかった男の妻に強制的にさせられてしまう彼女は、この出会いをどう思っているのか。


そう思ってしまえば、風邪をひいたように熱を持っていた体の熱は冷え、激しく大きく踊っていた鼓動は小さく痙攣するかのような鼓動に。

手のひらはカサカサに渇き、唾なんてないんじゃないかと思う程に体から血の気が引くような音を聞いた気がした。


それでもクーンは逃げることはできない。

期待と不安をこれまでに培った演技力で抑えつけなければいけない。

それが王としての役割なのだと、クーンは思う。



「失礼、待たせてしまったかな」

「いいえ、陛下」



一呼吸おいてクーンは目の前の彼女に声をかける。

彼女が立ち上がって、ドレスの裾をもち頭を下げる。

ゆっくりとクーンが期待していた、その顔があがりクーンの黒色の瞳と、彼女の青色の瞳が合うと彼女はふわりと微笑む。


「ようやく会えましたね。はじめまして陛下、リンティナと申します」


その笑顔は想像よりも可愛いくて柔らかく、春の妖精のようで。

その声は涼やかで芯のあるはっきりとした夏の木陰のようで。


クーンは慣れ親しんだ作り笑いを浮かべながら頷くしかなかった。

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