はじまりは(短編と同じ内容)
大陸の真ん中に、小さな国がいくつかある。
その中の一つであるその国には、王と王妃が治める凡庸な小さな国だった。
王子の婚約者が決まらない、その点以外は。
『大勢の前での一方的な婚約破棄』
現在の国王と王妃を語るのに欠かせない一つのキーワードである。
当時流行っていた婚約破棄にのっかり、まだ王が王子だった頃に通っていた学園で、平民から男爵令嬢になった少女、現在の王妃となる少女に恋をした。
しかし、王子には幼い頃に決められた婚約者がおり、二人は結ばれない恋人であることは変えようもない事実。
その事実故に、二人の恋の炎は業火のように燃え上がり、ついには幼き頃から彼を支えるために努力し続ける健気な婚約者を、父王が参列した学園の卒業パーティで一方的に罵り、婚約破棄を突き付けた。
パーティ会場で響く王子からの酷い罵りの言葉と、王族であるが故の横柄な態度。
その隣で満足そうに微笑む少女。呆れつつも息子可愛さで息子の我が儘を許した父王や、
王子の心を捕らえることができず、家名に傷が残ると怒りだした婚約者の父親。
その全てに、穏やかな気性を持ちながらも、慈しみと厳しさをあわせもつと評判の婚約者であった娘は、人が恐ろしいと心を閉ざし、生涯を神へと尽くしたいと人知れず山奥の修道院へ入ったという。
その後、王子と少女は王にも認められた正式な婚約者同士として、順調に愛を深めていく。
その騒動は一時代を築いた婚約破棄騒動の一つとして、忘れ去られていた、はずだった。
◇◇
「何よこの人数の少なさは!」
王妃となった少女は、夫にそっくりな、少女の宝物である幼い息子の手を引き悠然と、ガーデンパーティの会場へ姿を見せる。
王宮の一角に設けられたその会場は、可憐に咲く小さな花々や木々が整えられており、青々とした芝生の上に並べられた猫足型のテーブルと椅子、その上に広がる鮮やかな色の茶菓子が目を楽しませ、和やかな笑い声が響く空間が広がっているはずだった。
小規模だが、王妃主催のお茶会に相応しく整えられたその会場は、異様なまでに静かである。
王子を伴う初めてのお茶会。
招待したのは王子と年頃が近しい、貴族の令嬢や子息達とその母親達。
となれば、会場内ではお喋りに花を咲かせる明るい声が響くはず…。
「ど、どういう事…!?」
会場には20名前後の子供達を招待したはずである、しかし実際に席に座っているのは僅か数名程度。
その子供達も座った席順的に、下位の爵位の子供達であると容易に判断できる。
「皆様より、欠席のご連絡が届いております。」
控えていた侍女長より手渡された手紙を慌てて開いていけば、届けられた時期はバラバラだったが、いずれも当たり障りない理由で欠席の言葉が書かれていた。
「こんな!示し合わせたように欠席だなんて!王家を侮っているの!!?」
憤慨した王妃はそのまま王子を連れ、会場を去る。
重い空気の中、王妃と王子を大人しく待っていた、数人の子供達に声をかけることもなく立ち去るその姿にため息が出る者も少なからずいたが、王妃は気付かない。
欠席者が多数となったお茶会から二か月後。
再度開かれた王家主催のお茶会には、あの日よりも確実に多くの子供達が座っていた。
以前は子爵や男爵といった家の子供だけだったが、今回は伯爵や侯爵などの子供達もおり、王妃はご満悦だった。今回こそ王妃や王の願いが叶うと信じて疑わない笑顔だった。
「アーデルハイド伯爵夫人。貴方のお嬢様はとても可愛らしいわね、いくつになるのかしら?」
「娘ですか?ありがとうございます。先月で6歳となりましたの。」
「まぁ!私の王子と同い年ですのね!」
「左様でございますわね。」
母親達の席から少し離れた子供達だけのテーブルでは、王子と隣あって話す可愛らしい少女と、少女の隣で少女を見ながら微笑み続ける少年がいる。
「そういえば、アーデルハイド伯爵家と、マローネ伯爵家はご婚約が決まったそうですわね。おめでとうございます。」
同じテーブルに座っていた女性から、急に爆弾のような言葉が飛び出してきた。
王妃にとっては、今から件の令嬢と王子の婚約を取り付けようとしていた矢先の言葉である。
このような状況で、是非婚約をと言えるはずもなく、王妃が狼狽えている間に目の前では流れるように会話が進んでいく。
「ありがとうございます。もうご存じなのね、恥ずかしいですわ。」
「お二人は小さい頃からずっと一緒ですもの。こうなるだろうと皆が分かっておりましたわよ。」
「そういえば、レーネ伯爵家の二番目のお子様も、隣国の侯爵家との婚約が決定したとか。」
「私も聞きましたわ!近いうちにお披露目パーティをされるのでしょう?」
「パーティにはシェシェのドレスデザイナーも呼ばれるとか。」
「あちらは商人達と懇意にしていますし、うらやましいですわ。そういえば、シェシェのデザイナーのお子様が、リーシャル家の長女と婚約間近というのは本当なのかしら?」
「本当らしいわよ、お二人が手をつないで歩いているのを見た者がいるの。幼馴染みなのですって。
身分差があって今から大変だけど、頑張ろうと誓いあっていたらしいですわ。」
「まぁ、なんて可愛らしい子供なの。是非とも幸せになって欲しいわね。」
「そうそう、リベル王国の宰相様が我が国のどなたかの家に婚約の打診があったと聞いたのだけど…何かご存じ?」
「本当みたいよ!噂では、アネール家の姉妹それぞれに来ているとか。」
「これを機に複数の婚約が結ばれれば、我が国との貿易も良い影響がでるでしょうね。是非とも整って欲しいものだわ。」
「本当ね。」
「楽しいお話をされているのね、聞いてくださる。我が家の娘も婚約者が決まりましたの。」
「まぁ!どちらのご子息ですの?」
「フィンドールの末子ですわ。」
「フィンドール家とモンテール家の婚約だなんて、お似合いだわ。素敵ね。」
アーデルハイド家、レーネ家、リーシャル家、アネール家、モンテール家。
いずれも王や王妃が王子の婚約者にと考えていた家である。
令嬢の年齢や性格、家柄には何も問題ない。あとは王子と相性の良い娘を選ぶだけだったのに、目をつけていた全ての娘にこの二か月の間で婚約者が現れるなど…。
まだお披露目をしていない中、母親同士が互いの家の婚約事情を話すのはマナー違反であるが、多数の者達が認識してしまった婚約状況に王家が介入するなど、それこそマナー違反ではないかと顰蹙を買うことは目に見えている。
不満を抱えていながら、王妃は悠然と会話を聞く事しかできなかった。