#7 三姉妹の団欒
第二幕が開幕すると同時に、過去編に突入。これまでにも話には上がっていた(気がする)エピソードです。たぶん上げてた、はず。
セリュアさんの登場や少年君の名前は、少なくとも過去編が終わるまでは持ち越しですね(次回までの2話で終わりです)。
睡眠とは、人に癒やしを与えるものだと思われがちだ。
なんて言うと、まるで本当はそうじゃないみたいに聞こえるけれど、言うまでもなくその認識は何一つ間違っていない。
というか有体に言って正しい。
実際に、睡眠は肉体や精神の疲労を和らげたり、不安や悩みを忘れさせてくれたりする。それは、普通に日々を生きていれば大抵の人は実感することじゃないだろうか。
そして何より睡眠は、嫌な現実から簡単に目を逸らす方法の一つでもある。
現実には夢が無いから、眠りの中で夢を見る。
それはきっと、この世に生を受けた全ての生物に等しく与えられた、ありふれた、しかし極上の癒やしなのだと思う。
ところで、人が一般に「夢」と言うときには、眠りの中で見る現実の対義語としての夢の他にも、目標の同義語としての夢を指すことがある。
夢に向かって努力、とかだ。
少しネガティブなことを言うと、ひょっとしたら「目標は現実味のないもの」みたいなことを示唆しているのかもしれない──なんちゃって。
地味に笑えない類の冗談だね。
しかしそれでも、「夢を見る」ことは概ね肯定的に捉えられる。
何かに憧れて、そして努力の先に叶える──という営みは、理想的で美しい物語として語られることが多い。
幼い子どもは、夢が何かと問われる。夢を持っていれば応援され、持っていなければ、何か無いの、と重ねて問われる。
さながら、夢を持っていること自体が特殊な価値を持っているかのように。
──だけど、夢は「鎖」でもある。
自分の夢に縛られて身動きが取れなくなった人間を挙げれば、きっと切りがない。
だから人は、いつしか夢を忘れる──或いはそれは、捨てているのかもしれない。
幼い夢を忘れて、捨てて。
そうやって人は、大人になっていく。
だけど、だけど。
──どうしたところで忘れられそうにない「夢」というものも、この世界には存在するのだ。
決して解けない夢。決して融けない鎖。
もしも、夢を捨てることが大人になることなら。
私はまだ、子どものままでいたいと願う。
ひょっとするとそれは、悪夢なのかもしれない。
*
眠ると、いつも決まって嫌な夢を見る。
そこで私が目にする光景は、どんな夜だって少しも変わることなく、全く同じもの。これが映画だったら、とっくに飽きてしまっているだろうね。
だからもう、夢の中で次に何が起こるか、何を見るか、私は嫌というほど知っている。
なのにその光景に慣れる日はいつまでたっても来ないのだから、全く不思議なものだ。
何度繰り返したのか数える気すら起きないのに、夢に潜るたびに鮮烈な感情が呼び覚まされる。
──その夢は、庭園の情景から始まる。
そこにいるのは、まだ幼い三人の少女。
三人とも同じく、金の髪と蒼の瞳。面立ちはあまり似ていないように思うけど、ちゃんと血の繋がった三姉妹。
──もう分かったかもしれないが、この夢で私が見るのは、他ならぬ私の過去の情景だ。
私がまだ十二歳だった頃の記憶。今が十六歳だから、およそ四年前の出来事になる。
つまり、私がこの夢を見続ける夜がもう四年も過ぎたってことを意味していて。
その場所は、私たち姉妹が産まれてからずっと、学院に入って寮生活を始めるまで暮らしていた家。
学院を卒業した後はどうなるか分からないけど、私たちにとっては、実家と呼ぶべき場所だ。
館、屋敷という言い方がそぐう感じの、大きな建物。体裁上は貴族の屋敷らしく荘厳さのある外観だけど、二級爵位の家の館としては、かなり慎ましやかな規模だと言われる。
あくまでも「特例」二級だからね。
それでも、一般感覚としては広大な屋敷だ。
庭園だって、広くはないのかもしれないけれど、軽く体を動かすくらいなら充分な面積があるし。
そこにいる少女の一人、魔法銃を右手に持って立っているのが幼い私、テルミラ・イド。
髪の長さは今とそんなに変わらないけど、肩甲骨の辺りで二つに括っているから、ちょっと印象が違って見えるかもしれない。
表情から窺える感情は、緊張と高揚がないまぜになったような雰囲気だ。
そんな私の視線の先にいる少女が、姉様ことアイシア・イド。
相対する私とは対照的に、涼しい風でも浴びているように心地好さげな顔だ。手にした魔法銃の引き金を指に引っ掛けてくるくる回すくらいに、余裕に溢れてるし。
姉様の髪型は、今とほとんど変わらない。その割にがさつに見えないのも、今と同じだ。三白眼についても、この頃から既に鋭かった。
そして、もう一人の少女がフェアリラ・イド。
二人の姉が対峙する光景(姉様は、とてもそんな雰囲気でもないけれど)を、その脇で楽しそうに見守っている。
リラも私と同じく、当時と今とでは髪型が違う。とは言っても、ほとんど一緒だけれど。アシンメトリーな今とは違って、この頃は左右対称だった、というだけだ。髪を纏めているのも、左右両方がシュシュだった。
「──しっかしまあ、テルミラも飽きないもんだ。稽古を付けてほしいって頼られたときは、そりゃあ嬉しかったんだが……まさか、それが毎日になるなんか思ってもなかったし。なんつーか、今となっちゃあ、アタシも段々と面倒にもなってきちまってる」
姉様が、銃を回す手を止めて、呆れたように溜息を溢す。
ストレートな批難とジト目のコンボを浴びて、私は流石に気まずさを感じてたじろいだ。
もっとも、仮に私に非が無かったとしても、姉様のジト目はシンプルに恐いので、否応なしに怯んでしまうのだけれど。
「ご、ごめん……強くなるためには、私より強い姉様に付き合ってもらうのが早いと思って……姉様も忙しいのに……ごめんなさい」
私と姉様の間には、年齢にしてみればたった一年分しか差はない。
ただ、貴族家の長女として父様に連れられてどこかへ行くことだってこれまでに何度もあったし、そもそも姉様は私と違って中等校に通っているのだ。
姉様にはきっと私にはない忙しさがあるはずなのに、自分の都合で勝手に付き合わせてしまって……。
しかし反省する私に対して、リラは「大丈夫だよ、お姉ちゃん」と言う。
「だって姉様、お姉ちゃんと稽古するの、すっごく楽しみにしてたもん。さっきなんて『テルミラ、今日は遅いな……フェアリラ。ちょっとあいつの様子、見てきてくれねえか?』なんて言ってきてね?」
「あ、おいフェアリラ! それは言わない約束だろうが!」
何その微笑ましい感じ。
にやにやしながら姉の秘密を暴露するリラを、慌てた姉様が止めようとするが、しかしリラは悪びれもせずに舌を出してウィンク。
姉様よりは何枚も上手な妹なのだった。
そういう意味で姉様より上手じゃない人って、実はあんまりいないんだけどね。
「あー……えっと、だな」
姉様がわざとらしく咳払いする。その顔は、驚くほど真っ赤に染まっていた。
そんな簡単に誤魔化せるわけがないのにね。こういうときの姉様はとにかく可愛い。
だけど、私がからかったら怒られる。理不尽だ。
ともあれ、私の行動が姉様の迷惑になっていなかったのであれば、と取り敢えずは一安心。
リラにはちゃんと感謝しておこう。
添い寝くらいならしてあげてもいいかもしれない。
「じゃあ始めるぞ──テルミラ」
──しかし、そんな温かな団欒の空気は、姉様が口にした一言によって一気に塗り変えられる。
吹き付けた一迅の風に、ここはもう一つの戦場なのだと囁かれたような気がした。
姉様の纏っている空気に、もはや照れや恥じらいなどは微塵も残っていない。
ただ確かな闘気だけ、一振りの剣の如く研ぎ澄まされた鋭い闘気だけが、今の彼女を包んでいる。
相対する者が思わず背筋を正してしまうほどの荘厳さに満ちたその姿は、震えるほどに美しかった。
「はい、姉様」
その気迫に負けじと応えて、私も全ての意識を姉様に、そして手に握る銃に集中させる。
向かい合う両者が同時に、魔法銃を自らの胸に押し付けて互いに一礼する。
実を言うと、今は正式な決闘じゃないから、この動作は必要ないのだけれど、まあ雰囲気だ。
練習は本番のつもりで、みたいな。
下げた頭を起こし、互いに臨戦体勢をとる。
私は超短距離用の銃を両手で持ち身を低くし、姉様は中距離用の銃をそっと私に向けた。
時間が停まったかのような静寂に、ぞくぞくとした緊張感が高まっていく。
そんな中、勝負の見届け人となったリラが、ゆっくりと歩き始めた。二人から等距離の地点で足を止めて、右手を天高く掲げ──
──風を断つように強く、一息に振り下ろした。
瞬間、姉様が引き金を引いて、一発の弾丸を叩き込む。
同時に私は地面を蹴り、正面へと駆けた。
二人の距離は三十メートルほど。姉様からすれば射程圏内だが、私からは、ざっと二十メートル強は詰めないと撃てない。
ワインレッドの光を纏った弾丸が描く軌道は、ただ真っ直ぐに私の胸を指している。相対速度を考えれば、到着まで一秒さえも掛からないはずだ。
通常なら、ここでは回避を選ぶ。
瞬時に姿勢を変えるなり、跳ねるようにして横に移動するなり、その手段はいくらでもある。
物理的には可能──けれど、それは出来ない。
回避動作に移ることは、即ち、前へと足を動かす今の勢いを殺すことと同義なのだ。
結果として失速、或いは停止してしまえば、そもそも回避した意味がなくなってしまう。その瞬間をみすみす見逃してくれるほど、姉様は優しくない。
──だから、私がとるべき行動は一つ。
走るために大地を踏みしめる足。それを更に強く踏み込んで、前方への勢いはそのまま、上へと向かって跳躍した。
かなり高めのハードルを飛び越えるようなイメージ、と言えば分かりやすいだろうか。
そのコンマ一秒後に、予定通りに弾丸が訪れる。
真紅の光は私の靴裏を掠めて通過した。我ながらリスキー過ぎる賭けだったけれど、運はギリギリ味方してくれたらしい。
そして、そのままの勢いで──いや、重力による加速と共に、勢いを増しつつ──放物線を描きながら前進する。
頂点まで昇れば、もう着地地点もおおよそ想像できる。そこから姉様までの直線距離は、およそ十五メートルほどだろう。
最初の間合を半分までは詰められるけれど、残念ながら、それでも射程に収めるにはまだ足りない。
なんて、それも無事に着地できればの話だ。
──空中で狙われれば、回避はあまりに難しい。
姉様が、宙に浮かぶ私に再び銃口を向ける。構えてから一秒も経たない内に、素早く発砲。
(やっぱり、撃ってくるよね)
放たれた二発目の弾丸が描く直線の矛先は、今度は私から少し下方。つまり、このまま慣性と重力に従っていれば、私が数瞬後の未来に到達する地点。
──姉様が持つ強みの一つが、この技術だ。
勘違いしないように言っておくが、それは「狙いが精確」ということではない。それだけなら、こう言っちゃあ何だが、別段珍しいわけでもないし。
実際、病的なまでの「精確さ」だけなら、数年後に出会う『彼』の方が勝っている。比較もできないくらいに、それは圧倒的な差だ。
姉様の真の強みは高速演算能力。単純に言い換えれば「先見性」。
少し先に訪れる未来の情景を精確に算出することで、刻一刻と移り変わっていく戦況の中でも確かな狙いを定められるのだ。
──さっきも言ったことだが、飛んでくる真紅の弾丸に対して、今の私が採れる回避の案は少ない。
逃げ場の無い空中故に、身を捩るくらいしか方法が思い付かないのだ。
しかし、それは先程と全く同じ理由で却下。
──選ぶのは、回避とは対極の迎撃策。
その方法は、言葉にしてしまえばこれ以上なくシンプルだ。
「弾丸に弾丸をぶつけて相殺する」、ほら。
だけど、これが口で言うほど簡単じゃないことなんて、誰だって言わなくても分かるだろう。
そんなことを簡単に成し遂げるのは、将来に出会ういけ好かない男くらいだ。ムカつくことに。
高速で飛来する小さな弾丸に弾丸をぶつける神業は、姉様ですら成功させたことはないらしい。
まあ、普通は試そうともしないけど。
ちなみに、私の射撃の腕前は控えめに言っても劣等生レベルに酷い。平均に届かないどころか、平均と比べることに無理があるくらいだ。
そんな私がこの神業に挑むなど、無謀を通り越して愚策でしかない。
だけど、ここではあながち無謀でもない。
少なくとも、賭けとしては充分に成立する。
魔法銃には、大きく分けて三種類が存在する。
一つは『設置型』。
狙撃銃なんかが代表的だね。ただし機動性には劣るから、単体で用いるプレイヤーは少ないかな。
それから『両手式』。
小型の大砲みたいなイメージ。銃身の重さや反動の大きさがネックだけど、設置型よりは機動性も高い。一発ごとの威力とか、連射性能を重視したものが多いかな。肩の上に銃身を乗せて、両手で支えながら撃つ感じで、装填できる弾数も多い。
そして、最も一般的なのが『片手式』。
片手で支えられる重さと大きさ、それ故の機動性の高さが最大の利点だ。
その中でも、射程距離で中距離用とか超短距離用とかに分類される。どれを使うかは、使用者の魔力量や適性(と、好み)に依存しているのだ。
この頃の私が使っていたのは、「超短距離用」の銃。生まれ持った魔力の量が少ない人向け。
私がこのとき試みた迎撃策が無謀じゃないと言った理由。
それも、言ってしまえば簡単な話なのだ。
──射撃の精確さに自信がないのなら、距離を詰めれば良い。
要はそれだけの話だ。宙を舞いながら私がしたことは、だからこれ以上なくシンプル。
まずは、飛来してくるワインレッドの弾丸をとにかく引き付ける。
腕を前へと突き出したままギリギリまで粘って、銃口に触れ合うくらいの距離まで近接させてから、すかさず発砲。
これならほぼゼロ距離だから、私程度の腕前でも外す心配がない。撃つタイミングが少し難しいが、そのくらいで済むなら構わないだろう。
白の光に包まれた弾丸が、真紅の光とぶつかり合って、互いに軌道を逸らす。
跳弾した二つの弾は直進する方向を変えて、少し離れた地面へと飛んでいった。着弾の衝撃で、僅かに土煙が上げる。
そうこうしている間に、私は無事に、再び地面に着地した。
衝撃を足で受け止めながら、しかし前へと進む勢いだけは落とさない。
正面には姉様が立っている。ここから先は、ただ真っ直ぐ駆け抜けるだけだ。
駆け抜け、二者の距離がとうとう十メートルを切った。最初の三分の一まで縮んだこの間合なら、超短距離用の銃ですら射程圏内である。
だが、恥ずかしながら私の腕じゃまだ足りない。この短い距離ですら、ちゃんと当てる自信がない。
──故に、先へと向かう心と身体は緩めない。
姉様がまた、私へと新たな弾丸を叩き込む。小気味良く立て続けに二発、それから刹那だけ間隔を空けてもう一発。合計三発だ。
真紅の発砲エフェクトを捉えてから私の胸に弾丸が届くまでに掛かる時間は、この距離ではかなり短い。おそらくだが、半秒にも満たない。
だけど、少なくとも一発目への対処については、先程と全く同じことを繰り返せば良いだけだ。
寸分狂わず同一の動作で、ゼロ距離まで引き付けてから弾丸をぶつける、力業の解決。
二発目についても同じように迎撃したいところだが、しかし残念ながらそうもいかない。
発砲の間隔がほとんど無かったせいだ。一発目を凌いでから二発目が届くまでの時間が、圧倒的に短すぎる。これじゃあ同じ方法は採れない。
仕方なく、地面を蹴って短く右へと跳躍する。
それはつまり、私がこれまでずっと頑なに避け続けてきた回避動作を取った──いや、姉様によって取らされた、ということだ。
そして訪れた次の刹那に、一瞬前まで私がいた地点を弾丸が貫く。ギリギリのところで避けきれなかったようで、シャツの白い生地が引き裂かれた。
掠めただけだったから服だけで済んだが、かなり危なかった。回避があと一瞬でも遅れていたら、私の敗北だっただろう。
……我ながら、危ない橋を渡り過ぎじゃないか?
まあ、それは取り敢えずさておくとしよう。
今この瞬間に重視すべきは、恐れていた事態が起こってしまったことだ。
回避のためとは言え急激な方向転換をしたことによって、前へと向かっていた勢いが、半分ほど削がれてしまったのだ。
──姉様の仕組んだ通りに。
そして、そのことを悔しがっている余裕はない。
姉様が放っていた弾丸は、この二発で終わりじゃないからだ。一瞬遅れて放たれた、三発目の弾丸があることを忘れてはいけない。
──その狙いは、私が今いるここ。
ついさっき回避した、その先の場所だ。
回避するよりも先に放たれていたはずの弾丸が、無慈悲な精確さで迫って来ていた。
やっぱり姉様はすごいな、なんて場違いな称賛が浮かぶほどの、卓越した先見性。
もっとも、感心している場合じゃない。勝機を掴むためにも、どうにかして対処しなきゃ駄目だ。
二発目と同じような回避は不可能。
さっきの「横っ飛び」の勢いがまだ残っている以上、迂闊に同じ動作を繰り返せば体勢を崩しかねない。そうなれば、本当に敗北は免れなくなる。
──迷いは一瞬。
力強く地面を蹴って、前への疾走を再開する。ただし、身を低く屈めて。
向かってきていた弾丸の狙いは、ちょうど私の胸辺りの高さ。屈んだことで、頭の十センチ以上を通り抜けた。
そりゃあ勢いは削がれるけれど、ぱっと思い付いた中では、これが一番マシな方法だったのだ。
──姉様が放った弾丸は、ここまでで合計五発。最初の一発、次いでの一発、さっきの三発だ。
姉様の銃は、弾丸を同時に七発までしか装填できないから、残りはあと二発。「リロードされない限りは」だけど、その隙を与えるつもりもない。
装填できる弾丸の数は私の銃についても同じなのだけれど、しかし私はまだ二発しか撃っていない。あと五発は撃てる計算だ。
二者の距離は、いまや五メートルと少し。ようやく「私の」射程圏内になったところだ。
さっきの急停止と再加速によって、当初よりはいくらか失速したものの……充分に許容範囲だろう。
走るにあたって地面に向けていた銃口を、とうとう正面へ、つまり姉様に突き付ける。立て続けに二発、白の光を纏った弾丸を叩き込んだ。
しかし、そこは流石の姉様。
撃たれる前から弾道が分かっていたかのような気安さで、最小限の身のこなしだけで難なく躱す。
──だが、それでいい。
今の弾丸の目的は、ちょっとした時間稼ぎ、ただの目眩ましに過ぎないのだから。
二発を撃ち終えると同時に、私はもう一段階深く身を屈めて追加の加速に踏み切る。
呼吸や瞬きすら置き去りにする刹那の中で、一気に姉様の懐へと潜り込んだ。
──そして素早く、姉様の胸に銃を突き付ける。
私が外すことは勿論、姉様が避けることもあり得ない、ゼロ距離の間合で。
通常の相手なら、そこで詰みだっただろう。
しかし、相手はあの姉様。
──私の想像など、軽やかに越えてくる。
私が姉様の胸に銃を突き付けたのと同時に、姉様の銃もまた、私の額をゼロ距離で捉えていた。
姉様が弾丸を躱してから次の刹那にどう動いたのか、正面にいたというのに全く分からなかった。どころか、眼で追うことすら叶わなかった。
その事実には、戦慄する他ない。だが、こんな状況で気を抜くことなど出来るはずがない。
──膠着状態に、否が応でも緊張が高まる。
勝負の命運を分ける鍵は、機を逃さないこと。それを理解しているから、互いが互いから片時も視線を離せないのだ。
逃れようのない、名状しがたい圧迫感。額に汗が滲んで、動悸が激しく、呼吸が荒くなっていく。
だが、冷静さを失っていく私に対して、姉様は凛とした表情を崩す素振りさえも見せない。
こんな所でも、力量の隔絶を実感させられる。
きっとまだ、実際には数秒しか経っていない。だが、私には永遠よりも永く感じられた。
そんな時間が、ようやく終わりの刻を迎える。
──ここにいた全員の、予想を裏切る幕引きで。
「──え?」
思わず漏れたのは、そんな間抜けな声だった。
──私が右手に握っていた銃、その銃身を包んでいたホワイトの光が、突然に消失した。
魔法剣と魔法銃の光は、使用者が魔力を供給することによって生まれるものだ。
だから通常なら、供給を止めるか、魔力が尽きるかしない限り、光が消えることなどないはずで。
──私の魔力は、まだ八割は残っている。
何が原因なのか、想像も付かない。魔力を込め直してみるも、銃身が輝きを取り戻すこともない。
私は必死に、銃に魔力を込め続けた。もはや、姉様に銃を突き付けられていることすら忘れて。
けれど、眼に映る光景は何一つ動かない。
銃は何の反応も示さないまま、ただ無機質に佇むばかりだ。
「姉様! このままだと、お姉ちゃんが──」
「分かってる──おいテルミラ! 止めろ!」
慌てたような声が、聴こえる。少し離れた場所から、そして近くから──なのに、その声はやけに遠く小さく感じて。
「聞け、テルミラ! ──ちっ、ああもう!」
──怒声と共に庭園に木霊した銃声が、私の意識を一瞬で刈り取っていった。
テルミラさんって、馬鹿なことばっかしてる割に、自分の突飛な行動に対しては傍点付けないんですよ。