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#15 蒼を探して

「ディルが、来ない……」

 時計塔を見ながら呟いて、その深刻さに戦慄する。

 もう既に、約束の時間を十分は過ぎている。この一週間でディルが待ち合わせに遅れたことなんて、一度たりともなかったのに、だ。

 私が五分前くらいに到着するたびに、あの感情の見えない表情で「遅い」と言われて、「ちゃんと間に合ってるでしょ」と私が言い返す──そのやりとりが、日課のように続いていたというのに。

 ──今朝、私はいつも通り、約束の時間のおよそ五分前にここに到着した。

 ディルが来ていなかったことについても、そのときはまだ「珍しいな」と思うくらいで、大した問題だとも思っていなかった。

「どうせすぐに来るだろう」とか「来たら、今日は私が『遅い』って言ってやろうか」とか、そんなことをぼんやりと思って待ち続けて──いつの間にか時計の針が約束の時間を過ぎていると気付いて。


 ──そして口から漏れ出たのが、冒頭の台詞。

 ディルが来ていない──そんな非常事態を認識して、私の胸には激しい焦燥が渦巻く。


 もしもこのまま、ディルが来なかったら?

 その場合、私は一人きりだ。一人きりじゃ稽古もできないし、出場もできない。ここまで来た意味が、全て無くなってしまう。

 ──いや、もはや事態は、そんなことを言っていられるものじゃなくなっている。

 だって、私の知るディルグ・アンスラントは、理由もなくこんなことをする奴じゃないからだ。

 何かは分からないけど、きっと必然的な理由がある。ディルが約束を反故ほごにせざるを得ない何かが。

 短くとも深い付き合いになっているのだから、そのくらいのことは私にだって分かっている。

 断言したって良い。これは非常事態である前に──常事態だ。


 ──もしかして、私と一緒に戦うのが嫌になった?

 まず最初によぎったそんな仮説は、可能性としては正直すっごくありえるんだけど……しかし、これはない。

 もしそうだとしたら、今更すぎるし。

 それにディルの場合、「テルミラとなんかやってられない」って思ったら、こんな陰湿な形じゃなく、面と向かって堂々とそう言ってくる。


 だったら──来ないんじゃなくて、来れないのなら。

 でも、一体どんな理由で?


 ──いや、このままここでうだうだと考え続けてみたところで、きっと駄目だ。それで生産的な答えが見つかるなんて少しも思えない。

 それに、今このときにディルの身に何か不測の事態が起きてるのなら、私が為すべきは待つことじゃない。

 ──たった一人の相棒ペアとして、助けなきゃ。


 もしかしたら私の思い過ごしでしかなくて、時間を間違えたか寝坊したかのディルが向かって来ている可能性もあるけど……すれ違いのリスクは覚悟で、今からディルの寮に向かう。

 ──心臓の鼓動が速まっている理由は、たぶん走っているから、だけじゃなかった。



 ディルの住んでいる寮には、そう言えば行ったことはなかった。行く理由が、これまで特になかったし。

 まあ普通に考えて、男子寮に行くなんてよっぽどの理由がないとありえないよね。

 ただ、ディルから寮の名前は一度だけ聞いたことがあったし(軽い雑談だったけど、なんとか思い出せた)、学院の敷地内の地図はおおよそ頭に入っているから、場所は分かる。

 それでも初めて行く場所なんだから迷ったりするかもしれない、って不安もあったけど、意外と普通に目的地には辿り着いた。さすが私、やればできる子。

 表札に書かれた名前の片方が(女子と同じく男子も二人部屋だから)ちゃんと「ディルグ・アンスラント」だってことも、しっかりと確認した。

 どやどやあ。私ってば凄くない?


 ──って、そんなこと言ってる場合じゃなくって。

 私がわざわざ走ってここまでやって来た理由を、ちゃんと思い出さなきゃ駄目だ。


 取り敢えず、ドアを軽くノックする。

 これでディルがすんなり出てきたら、それが一番平和なオチなんだけど。私が「来ないから迎えに来た」って怒って終わり、で済むわけだし。

 次に平和なのは、ディルのルームメイトが出て来て、「ディルグならもう出て行った」とか言われて、集合場所に戻ったらディルがいた──ってオチ。何もかも私の杞憂でしかなかったって感じで。

 あ、でもひょっとすると、ルームメイト君も出場するから稽古に出てるとか、或いはもう観覧席に向かってるとか、って可能性はあるか。

 その場合はどうすれば良いんだろうか。


 ──待って。


 ドアをノックしてからつらつらとそんなことを考えていた私だけど、だからその間ずっと扉の前に立っているのだけれど──部屋の中からは、いまだに反応がない。

 それどころか、物音一つ聞こえてこない。


 なら、中には誰もいないの?

 もう一度、扉を叩く。

 意識してそうしたわけじゃないけど、ノックの音はさっきよりも強く大きくなっていた。

 だが、返ってくる反応は同じ──いや、「返ってこない」反応は同じ。


 ──嫌な予感がした。

 ディルが来ていないことに気付いた辺りからジリジリと上昇し始めた焦燥感が、とうとう無視できない領域まで水嵩みずかさを増した。


 ──小さな覚悟を決めて、ドアノブに手を掛ける。

 ──鍵は空いていた。



 不法侵入って、どう考えても犯罪だよねえ……。


 ──鍵が空いていることに気付いてからも、数分の間は見て見ぬ振りでノックを続けた。

 ディルだかルームメイト君だか知らないけど、ちゃんと鍵かけなきゃ駄目だぞ。不用心だなあ。

 だが、やっぱり反応はないままで。

 仕方なく、扉を開けて玄関で「誰かいませんか?」と声を出してみた。この時点で犯罪になるんだろうか?

 また数分はそれを繰り返したのだけれど、相変わらず反応がないままだった。

 とうとう覚悟を決めて、「誰かいるなら返事してもらえますか? お邪魔しますよー!」と叫んでから足を踏み入れたのだけれど……これって、やっぱり犯罪?

 緊急事態かもしれないんだから仕方ないはず、って必死に自分に言い聞かせてみるけど、いやいや、開き直ることすらできそうにない。

 小心者にこれは辛いよ……。

 防犯カメラとか無いよね? 証拠とか取られない?


「失礼しまーす……」

 この数分の間に、一体この台詞をどれだけ口にすれば良いんだろう。何回も繰り返した台詞を言って、こんな心境のせいでとても大きく見える扉を、また一つ開く。

 そのたびに余罪がじわじわ増えていく気分だ。

 神経が磨り減って、衰弱していく感じ。

 家の中の全ての扉を開けたとき、つまりは全ての部屋の中を一通り見終えた頃には、もはや罪悪感で押し潰されそうだった。

 こんなレベルの罪悪感を感じたのは生まれて初めてだった。率直に言って、死にそう。

 しかもかなり精神にくるのが、それだけのことをやって(やらかして)得られた成果の少なさだった。

 結局この部屋には誰もいない、って事実だけ。

 部屋に入る前と、ほとんど何も変わってないじゃん。

 これだけやって何も得られないって、どういうこと?


「……ああ、一応それだけじゃなかったんだっけ?」

 ディルのネームプレートが掛けられた扉の先、つまりディルの部屋で、椅子に座って私は独りごちる。

 くそう、ディルのくせにふかふかの良い椅子を使ってやがる。全く、誰のせいで私がこんな目に遭ってると思ってるんだ。

 この椅子を持って帰ってやろうか……自分から罪を増やしてどうする。

 ベッドのマットレスや枕もかなりのふかふか具合でときめいたのだけれど、乙女としてどうかと思ったから寝そべるのは止めた。


 ──当たり前だけど、この部屋は他のどこよりも早く真っ先に調べた。ディルの部屋に侵入するくらいなら、まだ罪悪感も薄いから(あくまでも相対的に)。

 で、そこでちゃんと戦利品はあったのだ。

 ただ、それを戦利品と言って良いのかが分からないというだけで。

 この部屋はまあ、あいつらしいと言えばあいつらしく全体が几帳面に整頓されてるんだけど……唯一、そんな背景には似つかわしくない要素があった。

 塵一つ落ちていない綺麗な床の中央に、これみよがしに落ちていた小さな白い紙切れが。


「でもさぁ……」

 私は大きく溜息を溢して、その紙切れに書かれている文字列を睨みつける。これを戦利品と呼べる理由と呼びたくない理由が、そこにはあった。

 咄嗟にボールペンで急いで書いたみたいな、『テルミラへ tkfl3787』の文字。


 戦利品と呼べる理由は、「テルミラへ」の部分。

 そう書いてあるってことは、これは他ならぬ私に向けて書かれたメッセージってことだ。

 そして、それがディルの部屋にあるってことは?

 ──ディルは、私がこの家に、この部屋に不法侵入することを見越してた。そして私がこの紙を見付けてくれると信じて、メッセージを残した。

 ……ねえ、それって、「私なら不法侵入くらいやりかねない」ってことかな?

 それは流石に失礼過ぎないか? あいつの中で、私はどんな奴ってことになってるんだろう。

 私がどんな心境で罪を犯したか、分かってるのか?

「でもこれって、ここに住んでる人間の許可がちゃんとあった、ってことだよね……だったら、私の罪って軽くなったりしないかな?」

 欲を言えば罪には消えてほしいんだけど、流石にそれは無理だろう。高望みが過ぎる。


 逆に、戦利品と呼びたくない理由は──言うまでもなく、本文みたいに書かれた「tkfl3787」である。

 いや、全く意味が分かんないんだけど。

 ティー、ケー、エフ、エル、さん、なな、はち、なな。

 何かの暗号にしか見えないけど……残念ながら、私じゃ逆立ちしたって解けそうもない。そもそも私ってば、こういうのは苦手だし。

 さりとて、状況を考えたら無視もできない。


「──ディルが何かしらのピンチに陥って、私へのメッセージを残した、って感じだよね……」

 とすると、この意味不明な文字の羅列は救難信号みたいなものだと思うんだけど。「俺はこの場所にいる。助けに来てくれ」とか、そんな。

 でも行動するためには、まずこの暗号を解かなきゃいけないわけで……。


「──何にせよ、取り敢えずここに留まってたらマズイってことは確かだよね……」

 ここで得られるだけのヒントは、たぶん全て見付け出したはずだ。なら、ここにはもう用はない。

 むしろ、今の私が不法侵入犯だってことを考えたら長居は避けるべきだろう。

 あれこれと考えるのは、ひとまずここを出てからにしよう。



「──テル」

 ──しでかしたことを思えば当然のことだが、男子寮を出るにあたって、私は周りの人の気配には細心の注意を払っていた。

 昔からこういうのは得意だった。暗号解読と違って。


 だからそんな私を呼び止める声が聞こえたとき、そりゃあ私は驚いた。て言うかショックだった。

 気を張ってる私が存在に気付けなかったなんて……そんな相手、今までに二人しかいないのに。

 ──って思ったものの、しかし聞こえたその声には、少しではない聞き覚えがあった。

 と言うかそもそも、私のことをそう呼ぶのは一人だけしかいない。

 しかもその相手は「本気の私が存在に気付けなかった二人」の片方でもあったので、むしろ納得。

「──クロ」

 ──私を呼び止めたのは、クロニア・クロアだった。


 クロニア・クロアだった──それは間違いない。今私の目の前にいる少女は間違いなくクロだし、毎日会って話している彼女を、まさか見間違うわけもない。

 だけど、それは本来、不自然極まりないことで──


「──なんで、クロがここにいるの?」

 そんな疑問符は、思わず口に出ていた。

 しかし、対するクロはいつも通りの態度で、さながら何でもないことのように答える。

「実はねー、テルがいきなり修練場の前から走り去って行ったってー、ミーから聞いたんだよー」


 ──今朝、修練場の前で相棒ペアと待ち合わせていたのは私だけじゃない。同じく大会に出場するミーシャとマルアも、きっとあの場にはいた。

 だから、ディルが来なくて焦った私が走ってどこかに向かった姿を見られていたとしても、不思議はない。

 その様子を見てミーシャが不安に思ったとしても、そしてそのことをクロに伝えに行ったとしても、だから不思議はなくて。

 さらに、ミーシャがたまたま私が呟いた台詞でも聞いていれば、向かった先がディルの寮だってことも想像できるかもしれない。

 ディルが私に寮の名前を教えたとき、確かあの場にはミーシャとマルアもいたはず……彼らもそれを覚えていたのなら、この場所に辿り着くのは難しくない。


 確かにそれは「クロがどうしてここにいるのか」の答えになっている──けれど、私が言いたいのはもっと別の、違うことだ。

「そうじゃなくて、クロ。言うまでもなく分かってると思うけど、ここって男子寮の前──」

「──うんー。あたしだってー、普段ならここには絶対に近付かないよー? よっぽどのことがあってもー」

 男性を苦手とするクロが、あろうことか男子寮の近くに来るだなんて──と思って言った台詞は、クロ本人にも簡単に肯定された。

 でも、だったら、なんで。

「だけどー、今日ならまだ大丈夫そうだったからー……でもあんまり留まりたくないからー、話すのは歩きながらでもいいかなー?」

 やっぱり無理はしてるんじゃんか。

 私は当然のようにその申し出を受け入れて、二人で男子寮から離れるように歩き出す。


「今日なら大丈夫そう、っていうのは?」

「そのままだよー? みんな大会の観覧席に行ってて、寮に残ってる人がほとんどいないからー」

「……ああ、そういうこと」

 私の犯行が住民に気付かれなかったのも、きっとそれが大きな理由の一つなんだろうな。

「ミーシャは? クロに私のことを言いに来て、それからどうしてるの?」

「稽古に戻ってもらったよー? テルのことはあたしに任せてーって言って。それでもまだ心配そうにしてたからー、ちょっとだけ強引になっちゃったけどー」

 本当に「ちょっとだけ」だったのかな?

「でもこれ以上巻き込んじゃうのも良くないと思ったからねー。それにー、あたしのとこに来るにあたって連れて来れない相棒ペアをー、修練場に一人で待たせてたみたいだったしー」

「……そっか」

 さすがはクロと言うべきか、的確な判断だった。

 そしてクロは私を心配して、多少の無理をしてでも男子寮ここまで来てくれた、と。

 ただし男子寮の中までは入れないので、門の辺りで私が出てくるのを待っていた、ってことか。


 たった一人でも、良い親友を持ったものだ。

「……ありがと、クロ」

「いいよお礼はー。未来のお嫁さんのためだしー? 後でミー達に言えば良いんじゃない? ──それで結局のところー、何があったのー?」

「ああ、えっと……」

 場面が場面なので、普段ならば絶対に突っ込みを入れている「未来のお嫁さん」というフレーズは無視。

 そしてクロは、そんな私の反応から事の緊迫性を悟るのだ──いや、どんなコミュニケーション?


 ともあれ私はクロに、自分の頭の中を整理する意味も込めて、今朝の出来事を余すことなく伝えた。

 約束の時間にディルが来なかったこと、不安になって男子寮に向かったこと、中からの反応が無くて不法侵入したこと(親友が相手なら、犯罪だって打ち明ける)。

 どうやらディルが何らかの窮地に陥っているらしく、救難信号《SOS》とも取れるメッセージを私に残していたこと。

 そして──その謎が解けず、手詰まりになったこと。


 私が全てを話し終えたのは、二人が噴水広場まで歩いて戻って来たのとほとんど同時だった。

 黙ってふんふんと事情を聞いていたクロは、「なるほどねー……」と言って、足を止めてこちらを振り返る。

 心なしか怒ってるように見えなくもない。

「……あのー、クロさん?」

 なんで唐突に怒り出してるんでしょう……私、なんかマズいことでも言ったっけ?

 たまに親友の気持ちが分からん。


 なんて思ってたら、クロが不機嫌なのを隠そうともせずに口を開いた。

「──ディルグ、だったっけー? 何があったんだか知んないけどさー、テルに心配かけてー、迷惑かけてー、それでただで済むとでも思ってるのかなー?」

 おっと。怒りの矛先はディルか。

 じゃあ別に良いや。好きなだけ怒ればいいよ。

 ……いや、流石に冗談だけど。


 それに実のところ、ディルも何か考えがあってのことなんだろうな、とは私も思ってるんだよね。

 だってそうじゃない?

 どんな事情があったにせよ、あいつはそんな簡単に窮地に陥るような奴でもないし。

 あいつの強さは、私がちゃんと知っている。

 それに(こっちが本命)、そんな簡単に私に助けを求めるような奴でもないんだから。

 あー、なんか言っててムカついてきたわ。

 私だって、よっぽどのことがない限りはあいつに頼るだなんて考えもしないけどさー?

 それはそれとして、ムカつくもんはムカつく。


 だからこれをそのまま言えば、クロの怒りも収まるかもしれないんだけど(或いはより怒り出すか。確率としては五分五分だ)……でもさあ? そもそも、私がディルを庇ってやる理由なんてないじゃん?


 だから私は話を変えた。まあこれについては、本題に戻したとも言えるけど……私らしくないな。

「──あ、そうだ。クロはこの文字の意味、分かったりしない?」

 私は、ディルの部屋で拾った紙切れを見せて問う。

 さっきも言ったが、このメッセージの意味が分からないことには、何をすることもできないのだ。

 だけど、クロも私と同様、こういうヒラメキ系の奴は苦手だから……案の定というか、クロは一瞥いちべつだけして、すぐに「分かるわけないじゃんかー。苦手なの知ってるでしょー?」と言った。

 やっぱりかあ……。

 結局、手詰まりには変わりないみたいだった。


 かと言って、このまま諦めることもできず──

 だけど、謎が解けないことには──


 そんな風に思考が堂々巡りの螺旋を描いたところで、クロが「でもー」と言った。

「──でもー、あたしがそれを解くのは無理でもー、良い考えならあるよー?」

「──え?」

 クロに良い考えがある──

 私は言われた言葉の意味を瞬時には理解できず、ゆっくりゆっくりと、噛み締めるように咀嚼そしゃくしていって──

「──本当に? ふざけてない?」

 ──咀嚼していって、溢れた言葉がそれだった。

「信用ないなー」

 いや、私だって親友を信じたいよ? シリアスっぽい場面だし。

 でも残念ながら、クロさん。

 普段の言動を思い返してみて? あれだけ普段からやらかしておいて、こういう場面で信用されると思う?

 本当ならすぐにでもその「良い考え」を聞いて実行に移したいところなんだけど……なんせ相手はクロだ。


 するとクロは「心外だってばー」と言う。態度はいつも通りゆるいし、何なら表情はにやにやしてる。

 そんなだから信憑性が薄いんじゃない?

「そりゃあたしにとってはー、その男のことなんか正直どうでもいいよー? 何ならこのままずっと見付からなかったところで、構わないと言えば構わないわけでー」

 いや、そこまでは思わないで?

 男が苦手なのもディルに怒りがあるのも分かるけど、ちょっとだけでもいいから心配してあげて?

「でもー」

 無視された。ディルを心配する気は無いらしい。


「──今はテルがこうして困ってるんだよー? あたしがそんなときにふざけたり、するわけないじゃんかー」

「────────」


 ドヤァって感じで言ってるところ悪いんだけど、この長い沈黙は決して感動とかじゃないからね。

 感極まって声が出せない、とかじゃないから。

 ほら、今はともかく、普段はクロのせいで困ってるってことも多いからね?

 そりゃあ口には出さないけどさ……。

「それにあたしとしてもー、未来の旦那さんは大事にしなくちゃだしねー」

 あー、はいはい。言うと思った言うと思った。

 ふざけたりするわけないってさっきの台詞、もう忘れちゃったのかしら。

 ……て言うかさっきは「お嫁さん」だったのに、今度は「旦那さん」になってるし。せめて統一してくれ。

 どっちも嫌だけどさ。


「──それで、その考えって?」

 めんどくさいからスルーして話を進める。クロが相手だと必須のスキルだ。

「よくぞ聞いてくれたー。ふっふっふー」

 何か妙にテンションが高い。

 いや、意味もなく勿体ぶったところで、ハードルが上がっていくだけだからね?

 本当にちゃんと越えられるの? そのハードル。

 下を潜り抜けたりしないでよね。

「心配ないよー。あたしの秘策は完璧だからー」

「そう。あまり期待せずに聞いてあげるから、もう早く言ってくれるかな。一応、時間はあんまり無いし」

 ディルの身に危険が迫っているなら、めんどくさいけど極力急いでやるべきだろう。

 そうでなくても、私が不法侵入を躊躇ったりディルの椅子のふかふか感を堪能したりしている間に、結構な時間が経ってしまっているのだ。

 後者については自己責任って?

 いや、あれはディルが悪いから。


「テルが珍しくせっかちだねー。でもー、いては事を仕損じるって昔から言うでしょうがー。落ち着いてた方が良い結果は付いてくるかもよー?」

「急かなきゃ手遅れになることもあるのよ」

「むぐぅ」

 格言はえてして正論に弱い……だけどまさか、私が正論側に回るとは。

「とにかく本当に策があるなら、私が『クロ、やっぱり単にふざけてるだけなんじゃない?』って思う前にさっさと言いなさい」

「それー、たぶんもう思われてるよねー」

 それが分かってるなら、なおさら早く言えよ。


「仕方ないなー。テルの頼みじゃ断れないなー」

 クロはそう言って、こほんと咳払いを一つ。

 ……だから、本当にそういうのいいから。

 お願いだから、少しはシリアスになってくれ。

 ──満を持してって感じで、クロがとうとう「良い考え」を口にした。

「──得意な人に聞こうよ」

「────」


 その「考え」を聞いてすぐ、私は言葉を失った。

 何か……すっごく複雑で説明しにくい気分になった。

 普通に考えたら、ここで私が返すべき反応は、「その手があったか!」ってクロを称賛するとか、「そんなの私だって考えたよ……」って棄却するとかだ。

 ──だけど私が思わず口にしたのは、それらとは全く別の言葉だった。

 けれど、これについてはおそらく、誰もが同じことを思ったのではないだろうか。


「──普通だった!」

想定よりも話が全然進んでなくって……今回実は9000字くらいあるのに、なんでだろう……

【解答】テルとクロが話すから。この二人の絡みを書くと、例外なく話が進まなくなる。今までにこいつらのせいで何度構成が狂ったことか。でも書いてて楽しいんだよね、不思議。


執筆&投稿のペースが、我ながら遅いんですよね……。

更新が速い作家さんをもはや無条件に尊敬してます。

書くのが速いのか、或いは根本的に暇なのか……(本当に尊敬してるのか?)。


ストーリーを考えるのは割と速いんですよ。実は、「デュエッティング・オルター」第五章までの構成は一週間も経たずに完成したんです。書くか(書けるのか)どうか、分かりませんが。

でも、執筆速度がそれに追い付けなくて……新作のプロットだけがガンガンと積み重なっていく……。


プロットを用意したら勝手に執筆してくれるソフトウェアがほしい、って最近はそればっかり考えてます。

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