#12 報告
──再び校舎裏に蹲ったディルを置き去りにして、私は自分の寮へと帰った。
……これが原因で相棒の件は解消だとか言われちゃったら、どうしようもないなあ。
反省はしてないけどさ。だってムカついたんだもん。
まあ、ディルはこの程度で私を見限るようなやつじゃない、はず。だと良いんだけどな。
それにしても、今日は随分と長く話し込んじゃって、帰るのが遅くなってしまった。
案の定というか、ドアを開けたときに、部屋で私の帰りを待っていたクロは開口一番、「おかえりー。お腹すいたー、遅いよー」と言ってきた。
「ごめんごめん」と軽く謝りながら、大急ぎで荷物を片付けて夕飯を作り始める。もう時間もないから、時間を掛けずに簡単にできるものにしなきゃ。
「──ご飯できたよ、クロ」
できたって言っても、ありあわせの野菜を切って炒めて、軽く味付けしただけなんだけど。
「いただきます」「いただきまーす」
まずは一口。うん、我ながらやっぱり美味しくない。
マズくて食べられないってほどじゃないとは言え、食材や生産者の方々に申し訳なくはなるよね……。
しかし、こんなシンプルな料理(未満)ですらこの体たらくって、じゃあ私には何が作れるんだ。そして何でそんな私が料理担当なんだ。
クロはもっとできないから、なんだけどね。
そのクロは私の正面に座って、炒めものをバクバクと口に運んでるけど……本当に自分で言うのも何だけど、これ美味しいか? 気を遣わなくても良いんだよ?
悪い気はしないけど……。
「──あ、そうそう。クロに言っておかなきゃいけないことがあるんだった」
「んー? 挙式は二人ともドレスで良いけどー?」
「何の話よ」
「裸にレインコートでも良いよー」
「何の式なの? 裸にレインコートの二人が、一体何を誓って何を祝われるの?」
もっとスムーズに話に入れないもんかね。
「たぶん明日から私、帰るの遅くなるから。晩ごはんは朝のうちに作っておくから、何なら先に食べておいて」
まあ無理矢理にでも本題に入れてしまえば、クロもそれ以上は茶化してこないけど。
……クロ、茶化してるんだよね? まさか本気で言ってないよね?
怖いから確認しないよ?
「んー、放課後に何かあったりするのー?」
「ほら、近いうちにデュエッティング・オルターの大会があるでしょ? だから、その稽古」
「あー。妹ちゃんに頼まれでもしたのー? ならあたしも行ってあげるけどー?」
それ、単に私とリラが一緒なのが気に入らないだけなんじゃないの?
「──いや、そうじゃなくて。それにリラには、もうちゃんとした相棒がいるしね」
少年君がどのくらい強いのかは知らないけど、リラいわく私の方が強いらしいし、稽古の相手を頼まれてもおかしくはないんだけど──それでも、組んだばかりの二人組なんだから、まずは連携を取る練習から始めるだろう。
「あー。妹ちゃん、もう相棒いるんだー。まあテルと違って人気あるからねー」
……本当のことだけど、他に言い方はなかったの?
「だったらシア姉とかー? あ、でもシア姉って、性格的に妹に稽古の相手とか頼まなそうだねー」
シア姉とは、言うまでもなく姉様のこと。姉様は、私がそう呼んだら怒るくせに、クロが呼ぶのは許すのだ。
それにしても、リラとは私を巡って敵対しているくせに、クロは姉様とは仲良しなんだよね。意外にも。
「いや、姉様とか他の誰かじゃなくて──私の稽古」
「んー? んーと?」
私が首を振って告げた台詞に、クロは首を傾げた。
──私はクロに、今日あったことをざっと話す。
私が狙われたことは話すか迷ったけど(余計な心配をかけるかもしれないし)、話の流れ的に話さないわけにもいかなかったので、結局は話した。
まあそもそも、同室で親友のクロには危害が及ぶ可能性だってあるんだから、話して正解だったけど。全部話し終えてから気付いた。
そして一番大事な部分、私に相棒ができたことも話した──のだが。
「──へ?」
すると、クロは信じられないものを見る目で詰め寄ってきた──いや、分かるけど。誰とも二人組なんて組めないもんだと思ってた私が突然「相棒の男の子ができたよ」って言い出しても、簡単に飲み込めないだろうけど。
しかし、クロはふるふると首を横に振る。どうやら、クロが納得してないのはその部分じゃないらしい。
「──テルをそんなー、どこぞの馬の骨なんかにあげて良いわけがないでしょーが。たとえ天が許したとしてもー、おクロさんは絶対に許さないからねー」
「『どこの馬の骨とも分からない奴』じゃなくて、馬の骨は確定なんだ……それに、おクロさんって何よ。お母さんかお父さんみたいに言うな」
と言うか、天が許すのなら許してよ。
そんな態度だから、真面目に言ってるのかふざけてるのか分かりにくいんだよね。
そんな奴だからこそ私の親友、とも言える(類友)。
「でも、クロが悪い男に誑かされてないか心配だっていうのはー、正直に言ったかなり素直な感想だよー? 不安で不安でどうしようもなくてー、お嫁にいけないからー、テルのお嫁さんになるしかないんだよー」
「嫁にいけないなら、私の所にも来ないでよ……」
前半はともかく、後半は完全にふざけてるでしょ。
……悪い男、ねえ。
もしもこの心配の背景にクロのトラウマが絡んでるなら、茶化さないべきなんだろうけど……でも、誰よりも茶化してるのはクロだよね。
「──それでー、テルが相棒を作った件について、妹ちゃんは何か言ったんじゃないのー?」
え、話が急に変わるなあ。
何で唐突にリラが出てくるの?
「だってさー、テルがどこぞの男とただならぬ仲になるんだよー? そのことに対して、妹ちゃんもあたしみたいに反対しそうじゃんかってことー」
「ただならぬ仲って……」
いや、ただの仲間だってば。
大事な存在なのは確かだけど、そんな言い方で表されるものでもない、はずだ。
まあ、相棒と恋仲になるってのも珍しい話じゃないみたいだけど。二人でいる時間が長いし、連携してるうちにお互いのことはよく分かる、って。
──でも、私とディルに限っては、そんなことは絶対にあり得ないもん。
あんな奴、好きになってたまるか……たぶんディルも、同じことを言われたら「テルミラに恋? 俺が?」とか言うだろうし。
あー、でもなんか想像したら腹立ってきた。
あいつに好かれたいなんて少しも思わないけど、扱いが雑なのもそれはそれでムカつく。
「──いや、リラも途中まではあの場にいたけど、別に何も言ってはこなかったよ」
「ふうん? 妹ちゃんらしくないねー」
まあ、正確には「言わせなかった」だからね。
ここで「リラも何か言いかけてはいたけど、一緒にいたセリュアが自然と遮って言わせなかったんだよ」とか言っても私が不利になるだけなので、黙っておく。
リラがあのとき言おうとしていたのは、今ちょうどクロが主張しているのと同じような「お姉ちゃんが男と仲良くするのは駄目」ってことだったんだろう。
恋する乙女の独占欲は怖いねえ、なんて。
……妹と親友に愛され過ぎて困ってます。誰か助けて。
リラだって少年君と組んでるんだから、私にそんなことを言うのは勝手だ、とか言いたくなるけど……私と姉様の妹なんだから、そのくらいの身勝手は言って当然か。
「本当ならー、どんな奴か見極めたいからそいつに会わせてー、とか言ってみたいところだけどー……うーん」
クロが残念そうに呻いた。
確かにそれが手っ取り早いんだけど、クロの場合は難しいよね。男が苦手なクロがディルに直接会って話すだなんて、ハードルが高過ぎる。
私からしたら、めんどくさいことにならずに済んで助かったって感じだけど。
「じゃあもう、この話はおしまいにしよ? ディルは良い奴でもないけど悪い奴でもないから、クロが心配してるようなことにはならないって」
この機を逃すまいと、私は一気にこの話を終わらせにかかる。このままいくとクロはいつまでも絡んでくるだろうから、そろそろ打ち止めにしないと。
「んー……納得なんてしてないけどー、かと言って良い案も浮かばないしー、仕方ないかー……」
クロもたまには聞き分けが良い。
いつもそうなら良いのに。
*
──ってことがあったんですよ。
「はあ、なるほど……いえ、この場合、一体どこから指摘すれば良いんでしょうかね」
私の懇切丁寧な説明に対して、オーディ・マークルデン先輩は呆れたような態度を見せた。
──翌日の放課後、私は生徒会室に来ていた。
学院校舎の中でもかなり年期の入った「生徒会棟」という建物の二階。
「生徒会室」と筆で書かれたプレートが貼り付けられた木製の分厚い扉をノックしたら、すぐに中からマークルデン先輩の「はい、どうぞ」が返ってきた。
だから「お邪魔します」と言いながら入って、そのまま現在に至るというわけだ。
「言っておきますが、一切の誇張なく本当にそのまま現在に至ってますからね? 三秒さえも経ってませんからね? 来客にお茶を入れようとしていた僕が、まだ立ち上がれていませんからね」
あー、お茶は良いですよ。お構いなく。そんなに長居するつもり、今のところはないですから。
「一昨日も言ったことですが、伝わるとはいえ普通に喋ってくださいよ──で、生徒会室に何の用ですか?」
またまた。わざわざ訊くまでもなく、先輩にはもう分かっちゃってるんでしょう? 私が何を相談するためにここに来たのかくらい。
「確かにそれはその通りですけど。かといって、全く説明しないのもどうなんでしょうね……」
先輩相手に細かい説明なんて不要でしょ? 余計な手間を省いているだけですよ。
「だからって開口一番──いえ、口を開けてすらいませんでしたが──の『──ってことがあったんですよ』だけで説明責任を果たしたみたいに振る舞われるのも、釈然としないものがありますけれど……」
そんなこと言われても。
ほら、周りの人に聞かれたら困ることだってあるじゃないですか。先輩の読心術ってもはやテレパシーの域だし、密談にはうってつけじゃないですか。
「喋ってないあなたと違って、僕の側は全部話してるんですけれど。これは密談の体をなしてるんですかね?
それに今は周りに誰もいないわけですし、密談をする意味も特にないですよね」
念には念をってやつですよ。気にしすぎかもしれませんけど、昨日のこともあるので警戒が解けないんです。
あの「敵」が近くに潜んでるかも、とか思うと。
……まあ私、生徒会室にまさか先輩一人しかいないだなんて思ってなかったんだけど。他の人は?
ひょっとして先輩、他の役員から嫌われてます?
「思ったことを素直に伝えてくれる人を好ましく思う僕ですけれど、あなたはもうちょっと遠慮を覚えたほうがいいですね……」
よく言われます。
「よく言われるなら改善してください。少なくとも改善しようとはしてください」
それも、よく言われますね。
「はぁ……」
先輩が呆れたように大きな溜息を溢した。でもすぐに気持ちを切り替えたらしく、
「──真面目に答えると、別に嫌われてはいませんよ。苦手意識はかなり持たれていますけど……心が読める相手には心を許せない、って感じですね」
と答えてくれた。
ふーん。読心術があることによって苦手意識を持たれて、そして苦手意識を持たれていることを感じ取っちゃうのも読心術。便利なだけじゃないもんだ。
って、え、それでみんな来なくなったってこと? それって嫌われてるっていうんじゃない?
「違います。僕が嫌われてることにしたいだけなんじゃないですか? 彼らが今日来ていないのは、単に大会が近いからってだけですよ」
あー、そうなんだ。
って、稽古って生徒会より優先していいもんなの?
むしろ大会の運営とかが生徒会の仕事じゃない?
「ごもっともな指摘ですけれど、しかしそれも仕方のないことだ、といういう話なんですよ。奇しくも、貴方がここに来た理由の一つと同じですから」
ん。
「『修練場の予約が取れそうにないんですけど、何か良い方法とか知ってませんか?』でしょう?」
そうそう、実はちゃっかり出場登録の手続きは(ディルがいないうちに。別にゴネないだろうけど、一応ね)済ませたんだけど、やっぱりどうしても修練場が空いてなくて。
私とディルが連携を取れるかすら怪しいのに、稽古なしのぶっつけ本番とか自殺行為じゃん?
そんなわけで私は、生徒会役員で先輩、つまり学院のことを色々と知ってそうな人に相談に来ていたのだ。
さっすが先輩、何も言わなくっても察してくれるんだもん。楽でいいよね。
「むしろ普通は怖がる場面だと思いますけどね……心の中を読まれるなんて、気味が悪いでしょうに」
でも私とは対照的に、先輩は陰鬱そうな表情。
先輩って、読心術のことでちょくちょく自嘲に入るよねー。やっぱ過去に何かあったのかなあ?
あ、これは独り言。先輩には聞こえてるかもしんないけど、別に答えを求めてるわけじゃないから。
「……僕としては貴方が相棒を見付けて大会に出るということが大ニュースなのですが、それは追及しても答えてくれなそうなので話を進めますが──ともあれ役員だって学院の生徒なのですから、大会に出る権利はあります。なのに仕事に追われて修練ができない、というのは良くありませんからね」
だから稽古に出てる、と。じゃあ今日は先輩が一人で仕事してる感じ?
「もう少ししたらアイシアさんが来るはずですよ。今日の担当は二人ですから」
それでちゃんと仕事が回るのなら、一般生徒としては何も言うことありませんけど。
って。私、すぐに立ち去ったほうがいい感じ?
「変な気を回さなくて結構ですよ。貴方がいれば、アイシアさんも喜ぶでしょうし……それにもう一つの相談は、直接アイシアさんに言うべきでしょう」
そっちも見抜いてくれてるんだね──って、喜んでたらまた自嘲されるかな?
んー。先輩を無意味に傷付けるのはよくないし、気は進まないけど、ここは嫌がってる振りをしていたほうがいいのかなあ?
でも、こんなことを思ってみたところで──
「──その思考が読まれてたら意味ないですよね」
難しいもんだね。
「いえ、そんなに気にすることでもありませんよ。むしろ、アイシアさんや貴方のその態度には救われていますから──そうだ。先程の件ですけど、夜間開放はいかがですか?」
「へ? 何がですか?」
あ、声出しちゃった。
急に話が変わるもんだから、つい。
「そんなに頑なに声を出さない理由も特にないでしょうに」
夜間開放って、修練場の話ですか?
「無視ですか……いえ、大会前には修練場が夜中にも開放されているということは知っているでしょう?」
あー、聞いたことはありますね。『予約が埋まってて稽古できない』って苦情に対して、学院が作った特別ルールなんだとか。
「それです……ただ実際、いくら予約が取れないからといって、夜中に修練場を使う人はごく少数ですが」
え、そうなの? ……って、そりゃそうか。夜中に稽古とか、翌日の講義とかに響きそうだもんね。
「それもありますが──一番の理由は、修練とはいえ年頃の男女が二人で一夜を共に明かすことそのものです。大抵の生徒たちは、予約に躊躇してしまうんですよ」
あー……なんか妙に納得。
「まあその結果として、夜中の修練場はかなり空いているというわけです。昼間にどうしても予約が取れなくて困るのであれば、そういう手段もありますよ」
ん、確かにそれはありだ。
私とディルなら滅多なことも起きないだろうし。
だって私とディルだよ?
取り敢えずはこれで、ここに来た目的の一つは完了。先輩の提案のおかげで、稽古の方は何とかなりそう。
「ありがとうございます、助かりました」
「いえ、力になれたようで何よりですよ……今、今日では初めてちゃんと喋ってくれましたね」
え、何のことですか?
「また戻ってしまいましたか……指摘しなければよかったんでしょうかね」
さて、もう一つの目的は──
「──オーディ、仕事は進んでるか? ちょっとばかし来るのが遅れちまったが、まさかサボったりしてねーだろうな?」
──グッドタイミング。
まさにって感じで、生徒会長様がお見えになった。
……生徒会室なんだから当然なのかもだけど、ノックもせずに扉を開けて入ってくるは止めてほしいな。登場が急過ぎてビックリするから。
「ああ、どうも、アイシアさん。心配せずとも、仕事ならちゃんと進んでますよ」
「いや、アタシも別に言ってみただけで、そんな心配はこれっぽっちもしてねーよ。アタシがいようがいなかろうが、オーディがサボるわけもねーしな」
そんな姉様を、先輩は何も気にしてないような態度で出迎える。きっと、姉様のこんな振る舞いはいつものことなんだろうね。
「姉様、やっほー」
私も姉様に挨拶だけしておくとしよう。
「……訂正。オーディがサボらなくても、こいつがいたら仕事にならねーだろ。本当にちゃんと進んでるのか?」
ひどっ。それ、妹の顔を見て言うこと?
今日の私は、姉様と先輩それぞれに真面目な相談があってここまで来たっていうのに。
一般生徒の相談に乗るってのも、立派な生徒会の仕事の一つでしょ? たぶん。
そう言うと、しかし姉様は露骨に顔をしかめた。
「相談ねえ……面倒事じゃなきゃいいがな」
本当に姉様は、妹を何だと思ってるんでしょう。そんなふうに言われる心当たりなんて全くないのに。
……先輩から向けられた視線は無視だ。心の中の小ボケにまで反応するんじゃない。
「──相談っていうのは、クロのことなんだけど」
「クロニア?」
このまま話していても埒があかないだろうし、さっさと本題を済ましてしまおうと、私は早速姉様に相談(断じて面倒事ではなく)を切り出す。
「実は、相棒ができたって言ったら、『悪い男に誑かされてないか心配』だとか『テルが男の相手を作るのは駄目』だとか言われちゃって。私一人じゃクロを説得できそうにないから、姉様からもクロに何か言ってやってくれない?」
仲の良い姉様が言ってくれれば、まだ少しは聞いてくれそうな気もするし。
……と思っての提案だったのだが、姉様は黙り込んでしまった。というか固まってしまった。
え、なんで?
「──おい」
なんでそんな急に怒ったような驚いたような微妙な表情に?
解説を──と思って先輩を見ると、「そりゃそうですよ。当然の反応ですって」って感じの視線を返された。
二人してその反応は何?
「──テルミラ。お前に相棒ができたって件、もっと細かく話せ。そんなさらっと済ませるな」
「え。いや、それ別に本題じゃないし……」
んー? まあ確かに驚く気持ちは分かるけどさ。私だって昨日はかなり驚いたわけだし。
でも今はよくない?
「よくねー。包み隠さず全部洗いざらい話しやがれ」
えー……。
わざわざ言わなかったら読者に伝わらないことなんだけど、当初の想定より物語の展開が遅くなってる……
(理由は、書くつもりのなかったシーンを大量に書いてるから。今回なんて、ほとんど話が進んでないからね。つまりテルミラのせい)