彼女の都合。
今回、なかなかしんどい内容です。
ハラハラドキドキするお話や暴力的な表現が苦手な方はお気をつけ下さいませ…。
私が女の部屋の合鍵を作ってから1ヶ月ほどが経っていた。
そんなある日の帰り。
…更衣室での会話だ。
「私、下を向いて目を閉じながらシャワー使うの苦手なんです。」
「へぇ。シャワーの時、下向けないんだ。なんで?」
「なんでって?
いや、目を瞑ってる時に誰かが見ている気がしません?子供の頃からずっとそんな妄想に取り憑かれてて、いつも上を向いて目を開けてシャワー使うんですよ。」
「そんな妄想してるの〜?まぁ、誰かが見てるかも…ぐらいは考えた事あるけど。」
「も〜首痛くなっちゃうから大変ですよ?髪の毛結構長いですからね。」
「そうね〜。それだけ長かったら濡れたら重くなるでしょう?シャンプーも大変そうだし。」
「そうそう!こないだ新発売のシャンプー買ったんですよ〜!早く帰って試そうと思ってて!良い香りするのかなぁ?」
「本当によく新しいシャンプー買ってるよね。お風呂自体は好きなの?シャワー怖いのに?」
「あぁ〜。シャワー中に目を瞑るのは苦手だけどお風呂に入るのは好きなんですよ〜!シャンプー使ってみて良かったら教えますね!」
「そうなの?苦手と好きが共存してると大変ね。新しいシャンプー良い香りだといいけど。楽しみにしてるわ〜。」
「それじゃあ、お疲れ様でした!また明日〜!」
「はぁい。お疲れ様。また明日ね!」
…バタンッ
更衣室から彼女が出て行くドアの音が響く。
「…お前に明日は来ねぇよ。」
ボソッと呟いた。
ドアの外で立ち止まり耳を澄ませた。
「やっぱり今日か。太一くんの婚約者が先輩なのって本当なんだ。」
彼が亡くなったと聞いたのは、一緒に合コンに参加していた友達からだった。
私は本当に好きだったから。太一くんの事。
「ごめん。俺、婚約者がいるんだ。」
「…え?嘘でしょ?…まさか婚約者がいるなんて。」
「お願いだ。俺を家に帰してくれ。不誠実な事をして本当に申し訳ないと思ってる。でも、俺は君とはいられない。」
太一くんはそう言って私の前で土下座した。
「…許さない。太一くんは私の物だから。」
悲しくて悔しくて、その相手が憎くて憎くて仕方なかった。
だから、彼をなんとかして繋ぎ止めようと手段は選ばなかった。沢山傷つけちゃったし実際にあちこち怪我もさせちゃったけど、結果として彼は私の所に来てくれて本当に嬉しかった。
でも、太一くんはある日突然いなくなった。
仕事も辞めて、私の部屋にずっとずっといるよって約束したのに…裏切られた。
その事を友達に話したら、それは監禁や軟禁で犯罪だって言われた。
すぐにやめた方がいいって止められたけど、意味わかんない!
なんで?だってお願いしたら「いいよ。」って言ってたもん!同意があれば犯罪じゃないでしょ?
「ずっと一緒にいます。…だから、殴らないで。」
え?そんな事言ってたっけ?
私は「いいよ。」が嬉しすぎて舞い上がってたみたい。
…その後は聞いてない。
というか、聞こえなーい!あははっ。
太一くんが私のそばにいるのが嬉しかったんだもん!
私から太一くんを奪おうなんて絶対に許さないんだから…。
いない事に気づいて家を飛び出した。
見た目も気にせず、手当たり次第にとにかく走って探し回る。太一くんの家に行ったけどいなくて、いつもお散歩に行く公園にもいない。近所のコンビニも買い物に行くスーパーにもいなかった。
「…いない。……いないっ!なんで!?なんで私の前からいなくなるのよーーーっ!!…一人にしないでよ。」
…沢山走り回って疲れた。
トボトボと歩きながら通りかかった喫茶店で太一くんを見かけた。
「…え?あれ、誰?」
女と一緒だった。
太一くんは申し訳なさそうな顔で必死に話していた。
女の顔は…俯いていてよく見えない。
泣いてるの?……あ、もしかして私のために別れ話してるのかな?
「あはははっ!これで太一くんは私の物だぁ!ザマァ見ろっ!!はははっ!」
窓ガラス越しにコッソリ覗いていたが、太一くんといる女へ暴言を吐いてニヤニヤした顔がガラスに映った。
バッと咄嗟に離れる。…自分の顔に驚いた。
「…え、今の私の顔?えっ!?ヤバくない?こわっ!私、本当はこんな顔じゃないよ。」
今度は怯えた顔がかすかにガラスに映り込む。
私はくるっと向きを変えて家へ向かった。
「…帰ろう。きっと太一くんは帰ってきてくれるから。信じて待ってよう。」
その後真っ直ぐに家へ帰り、お風呂にお湯を溜めて最近お気に入りのシャンプーで髪を洗った。
怖いのでいつも通り上を向いてシャワーで流す。
「…やっぱり誰かに見られてる気がする。」
常に後ろから視線を感じるのだ。
振り返るとその視線も後ろに回る気がする。
ずっと誰かがピッタリと背後にいる感じ。
見られている事を具体的に想像しようとして背中がゾワゾワした。
「ううん。考えるのやめよ。…気のせい。気のせいだよ。うん。」
でも結局、太一くんが私の所へ帰ってくる事はなかった。
その後、毎日探して歩いて部屋へも行った。
けど、何回言っても太一くんが渡してくれないから合鍵持ってなかったし、さすがに窓ガラスを割ってまで入る事はしなかった。
大声で呼んで近所の奴らに警察呼ばれても困るし。
警察…嫌いなんだよね。
実は過去に何度かお世話になってて。
私は好きになった人をとにかく自分だけのモノにしたいという欲求が強いらしい。
誰にも見せたくないし、触られたくもない。
店員さんだろうが、医者だろうが、家族だろうが私以外の女と接触するなんてあり得ないと思っている。
「え、だって愛してるんだから当然だよね?」
過去に付き合ったり、好きになった人とはとにかくずっとずっと一緒にいたくて、部屋の中で鎖に繋いだり言う事聞かなかったら殴ったりしてた。
だって、私の物だもん!好きにしていいでしょう?
みんな「いいよ。」って言ってくれたよ!
でもさ、ちょっと油断した時に逃げられちゃって警察に駆け込まれたんだ。それを事件にされちゃったんだよね〜。
私、警察から要注意人物としてマークされてるみたい。
愛の形なんて人それぞれなんだからほっといてよ!って思うんだけどなぁ。
でも、きっと警察の人も私が可愛くて美人だから羨ましいのかもね。ふふっ。
そうして、帰ってこない太一くんを探して1ヶ月くらいした頃、合コンに一緒に参加していた友達から連絡をもらい、太一くんが亡くなった事を知らされたのだった。
「…なんで?なんで太一くんが死ななくちゃいけなかったの!?」
私は泣いた。めちゃくちゃに泣いた。
でも泣いたのは…一晩だけ。
だって、太一くんが死んじゃったって事はもう誰のモノにもならないって事でしょ?
じゃあ、最後に一緒にいた私のモノじゃんっ!
そう思ったら嬉しくって涙なんかすぐに止まった。
「そうかぁ。自分だけのモノにしたかったら殺しちゃえばいいんだ〜!次からはそうしよ。」
…私は次を探して歩いた。
誰でもいい訳じゃないよ?
もちろん顔と体がタイプなのは大前提だけど、私の言うことを聞いてくれる優しい人じゃないと困っちゃうもんね。
そんな時、SNSで私に構って欲しいのかめちゃくちゃ"いいね"してくる人が現れた。
…それが明日香先輩だった。
最初は「私の事めちゃくちゃ好きじゃん、この人。」と思って、まぁ相手してやるかって思ってたんだけど、私の好きなもの知ってるし、何でも褒めてくれるし、困ったら話聞いてくれるし。
「えーっ!めっちゃ良い人じゃん!」って思ったんだよね〜。
…まさか、復讐の為に近づいてるなんて思ってなかったよ。
わたしが仕事を辞めて困ってたら、同じ会社においでって誘ってくれてさ。ありがたく紹介してもらったのは良かったけど、一緒に働き始めてすぐになんか変だな…って思い始めたんだ。
今までは一緒にご飯とか食べてても、いつもニコニコ笑ってて楽しそうで何の違和感もなかったんだけど、やっぱり毎日一緒にいると分かるよね。
「あ〜、これ本当は嫌われてんな。」って。
なんか明日香先輩の態度に違和感を覚えて、そんなはずないってほんの少しのつもりで調べてみたらビックリした。
先輩は消したつもりだったのかもしれないけど、SNSを探したら昔撮った太一くんとの写真を見つけちゃったんだよね〜。
で、もう少し詳しく知りたくてさらにあちこち調べたら、たぶんあの喫茶店にいた女が婚約者でそれが明日香先輩なんじゃないかって事が分かった。
だから、カマかけるつもりでわざと鞄から鍵を出して荷物預けてみたの。
…かかったよね〜。
そりゃ最初はショックだったけど、まぁ別にいいかなって思った。
だって、最終的には太一くんは私だけのものになった訳だし?殺しに来たら返り討ちにしてやろうと思ったから。
ただ、どんな計画か知らないけどいつ実行するのかがずっと分かんなくて。毎日警戒してこっちの様子がバレないようにするのって意外と疲れるんだよね〜。
だから、想像してみたの。
もし自分だったらどうするのか。
…太一くんの誕生日?それか、付き合った記念日?
あ、命日だ。月命日ってやつ。
それなら毎月決まった日だけを警戒すればいいから、少しは楽になるかも…?って思った。
鍵の罠を仕掛けてから1ヶ月。
とうとうその日がやって来た。
いつも通り、帰りに少し更衣室で話して先に出た。
ボソッと明日香先輩がもらした言葉…
「…お前に明日は来ねぇよ。」
ゾクッとしたよ?
はぁ〜!私、今日殺されちゃうんだぁ〜!!って。
でもね、次に誰かを好きになる事があったら、ちゃんと殺して自分だけのモノにしようと思ってたからちょうど良かった!
女の子も初めてだし、殺すのも初めてだけど…明日香先輩ならきっと大丈夫だと思うんだよねっ!
太一くんの元婚約者と私が殺し合いだって!
…ふふっ。最高〜。