私の場合。 後編
私はその日から、再び徹底的に女の生活パターンや身の回りなどを調べ始めた。
現在付き合っている男や元彼、男女問わず友人や知人に会社の人間関係など。…もちろん実家も。
それだけでなく、食べ物の好みや好きなファッションに趣味やハマっている事も調べ、SNSへの投稿も必死で検索して見つけ次第チェックしていた。
まぁ直接的ではないにしろ、世間で言ういわゆるストーカーというやつになった。
でも私は太一の為に復讐する事しか頭になかったから、なりふり構ってなんていられなかった。
お金をかけて探偵にも依頼して調べてもらい、ありとあらゆる手を尽くして女の事を調べ上げたのだった。
…そして私は2年の歳月をかけて、あの女とようやく同じ会社で働くようになったのだった。
ここまでとにかく長い道のりだったけれど、今はいい時代だと思う。…本当に。
顔も知らない人間とネット上で出会い、他愛ない事で打ち解けられて仲良くなった気になれる。
それが嘘なのか本当なのかなんてきっと誰にも分からないのに…。
今度は裏で調べるストーカーのようなやり方ではなく、調べ上げた情報を駆使しSNSを使って女と直接やり取りを始めた。
写真にいいねする所から始めて、フォローし合う間柄になり、悩んでいたり失恋したと騒いでいる時には気が済むまで相手をしてやった。
その丁寧な対応のお陰なのか1年ほどでリアルで会えるようになり、女は私を姉のように慕うようになった。
正直、チョロいな…と思った。
まさか、私に復讐されて殺されるなんて思ってもいないだろう。
女を見つけた当時、私は太一が死んでしまったショックで仕事を辞めてしまっていた。
だがこのままでは復讐を遂げる前に死んでしまうと思い、女とのやり取りを続けながらも再び働き始めた。
…どうしてだろう?
元気に生きる目的なんてモノとは程遠い事が理由なのに、あの女を殺してやりたいと思うだけでどんなにキツい仕事も乗り切れた。
早くあの首を絞めてやりたい…。
いや、毒を飲ませてやろうか?
それとも…?
久しぶりに会ったカフェで紅茶を飲み、ニコニコと笑いながら女のくだらない話を聞きつつ、頭の中ではどうやって殺してやろうかと妄想していた。
異常だと思うだろうか?
どうしてそこまで…?と、普通なら思うのだろうか?
でも、私にとって太一はそれだけ大切な人だったのだ。私は小さい頃に両親を事故で亡くして祖父母に育てられた。祖父母が亡くなった今は天涯孤独だ。
そんな私と家族を作りたいと言ってくれた彼を私は失ったのだ。
私は彼だけでなく、彼のお母さんを自分の母のように慕っていた。そして、お母さんの方も私を歓迎してくれていたようだった。
「…太一、お母さん。私が二人の仇を取るからね。」
太一のお母さんは彼が亡くなって半年後に突然亡くなった。…自殺だった。
だが、ここでもやはりおかしな点がいくつか見つかる。
太一が亡くなった時と同様に首がおかしな方向に曲げられていたのだ。
しかし、司法解剖の結果…やはり自殺だろう。と警察は判断した。
これで私は本当にこの世で一人きりになってしまった。
この太一の母の自殺以来、私はさらに女を殺す事だけに日々を費やす事になる。
毎日毎日夢の中であの女を殺す程に。
今日は毒殺。
昨日は絞殺。
一昨日は刺殺。
…明日はどんな死に方をしてくれるのかしら?
やっぱり毎日毎日夢の中であの女は死ぬ。
現実でも早く殺してやりたいと心の底から思う。
夜、布団に入るとどんな方法で女を殺そうかと、ありとあらゆるシミュレーションをするのが日課になっていた。
半年ほど前、女が仕事で悩んでいると言っていたので、私のいる会社へ来ないか?と誘った。
運良く私の会社ではその頃人員が減っていて、知り合いに働ける人はいないかと上司から声を掛けられていたのだ。
何というタイミング…!
これは使わない手はないと思った。
そんな訳で女は誘いに乗り、私と同じ会社へ入った。
しかも、私が上司に頼み込んだ事で同じ部署へ配属されたのだった。
女と一緒に働くようになった私は、さらに距離を縮めようといつも側にいるようにした。
しかし、やってみて初めて気づいたが、これがとんでもない苦痛だったのだ。
そりゃそうだろう。
目の前に殺したい相手がいるのに、そいつにヘラヘラと常に笑顔を見せなきゃならないんだから。
「…我慢。我慢だ。いつか必ずチャンスがくる。」
実は、復讐を計画して進めていくうちに気持ちに変化が出てきていた。もちろん、女を殺してやりたい気持ちに変わりはない。だが、その為に自分の人生を棒に振るのは馬鹿馬鹿しいのではないか…?と思い始めていたのだ。
こんな奴の為にどうして私の人生が…?
捕まるなんてあり得ない。
どうせなら完全犯罪で殺してやる。
…出来るかは分からない。
でもやるしかない。やってやる!
その後、上司にこの女の教育係として面倒を見させて欲しいと頼んだ。…少しでも近づく為だ。
上司は事なかれ主義で、進んで仕事をやりたいと言う私に何の疑問も持たなかった。
「今日から教育係としてペアを組む事になりました。よろしくお願いします。」
「…よろしくお願いしますっ!明日香先輩!」
もうすでに顔見知りだからか、屈託のない笑顔で私を見ている。
…あぁ。殺したい。
その笑顔で太一をたぶらかしたんでしょう?
やっぱり絶対に許さない。
そんなある日。
「明日香先輩〜!聞いてくださいよ!」
「なぁに?どうしたの?」
女が私に困った顔で話しかける。
「私、最近ストーカーされてるみたいなんです…。昨日も家に帰る時につけられてて。どうしたらいいですか?」
「えっ!大丈夫なの?…う〜ん。やっぱり警察に相談かなぁ?相手が誰なのか心当たりはあるの?」
白々しく相談に乗っているが、実はストーカーの犯人は私だ。
こうして騒いでもらえれば、いざ殺した時にストーカーのせいに出来る。私は相談に乗ってた優しい先輩だから、犯人として候補に上がる事はないだろう。
「警察に相談するんですか!?私、あんまり警察は…ちょっと嫌です。」
「…え?どうして?何かあったの?」
「う、う〜ん。あったと言えばあったし、なかったと言えばなかったんですけど…。」
「あら?ずいぶんとスッキリしない言い回しね。珍しい。」
「だって〜!前に相談した時におじさんの警察官からセクハラされて…。」
「どういうこと?」
よくよく話を聞くと、女が色々な男に色目を使ってその気にさせたんだろう。と言われたらしい。
それよりもやっぱりこの女はヤバい。
被害妄想も甚だしい話だが、話を聞いてくれた警察官が自分をいやらしい目で見たなどと言っている。
…頭わるっ!ホントに。
はぁ。本当にこんな馬鹿な女に引っかかるなんて、太一の見る目もなかなか酷いわ。
「そんな目に遭ったら信用出来ないのも分かるわ。でも、犯人を捕まえたいならやっぱり警察に頼むのが早い気がするけど…?」
「じゃあ、先輩が一緒に来てくださいよ!明日香先輩が一緒なら安心ですもん!」
…え、面倒くさい。
だって私が犯人なのに、わざわざ警察に行くのなんて手間だわ。
あ、でもここで仲が良いところを見せておけば警察に疑われなくなるかな?
「わかった。じゃあ、一緒に行ってあげるよ。」
「本当ですか!?良かったぁ。これで安心だぁ!あ、そうだ。何かあった時の為に明日香先輩に合鍵持ってて欲しいんですけど…預けてもいいですか?」
ん?これは…預かっても大丈夫かしら?
鍵を持ってたら、いざ殺すって時に役には立つけど怪しまれないかな?
物凄く欲しくはあるけど…。
「それは、私に預けても大丈夫なの?」
「え?嫌ですか?…なんか、悲しいかも。」
あぁ。うざったい。
でも、鍵は持ってない方がいい気がする。
「私よりも彼に持っててもらった方がいいんじゃない?」
私なりに嫌味たっぷりで言ったつもりだ。
「あ〜。私、男に合鍵は渡さない主義なんですよねぇ。」
…知らねぇよ。
「そうなの?せっかくなら好きな人に持っててもらえばいいのに。」
苦笑いしながらやんわり断った。
「だから、明日香先輩に持ってて欲しいのに…。」
小さい声で言ったのを私は聞き逃さなかった。
「ん?何か言った?」
もちろん、聞こえないフリをしたけど。
寒気がする…うわぁ、気持ち悪い。
コイツ今なんて言った?
私の事、好きって遠回しに言ったよね?
え、無理。
ん?でも、待って。これって使えるんじゃ…?
好きな人に実はずっと恨まれててその人に殺されるなんて本人からしたら絶望しかないじゃない。
…え、最高なんですけど。
ニヤける顔を誤魔化すのが大変だった。
ある日の帰り。
女の鞄から鍵が落ちそうなのを見つけた。
「先輩!私トイレ行ってくるんで荷物見ててくださいよ。」
「あ、いいよ〜!いってらっしゃい。」
…ラッキー!なんてタイミングのいい。
こういうのを待ってたのよ。
いつチャンスが来てもいいように、合鍵を作るために型を取る道具を持っていた。
素早く取り出して鍵の型を取る。
これで合鍵はバッチリだ。
いつでも家に入れる。
…まさか、この光景をドアの隙間から女が覗いているなんて思いもよらなかった。
さぁて。これでいつでも計画を実行に移せる。
いつにしようかな…?