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シャワー  作者: さち
3/7

私の場合。 中編

「彼が亡くなったってどういう事ですか!?」

彼のお母さんからの電話に動揺して、思わず語気が強まる。


「…あの子ね、家のお風呂場で変な形に首が曲がって見つかったらしいの。普段は絶対しないのに仕事を無断で休んだから、心配した会社の人が家へ行って見つけてくれたみたい。…見ない方がいいって止められた程、酷い状態で。」

「…えっ、そんな!首が曲がってたって…」

私は言葉を失った。


「何がなんだか分からないの。…本当に急にこんな事になって、私も戸惑ってるのよ。」

彼のお母さんは憔悴しきった様子だったが、その後も気丈に振る舞い最後まで話をしてくれた。


「それでね、あの子の部屋からあなた宛の手紙が出てきたから連絡させてもらったのよ。もう別れたって聞いてたけど、私には信じられなくて。だってあなた達あんなに仲が良かったのにそんなはずないって…」


彼のお母さんが話す声は聞こえていたが、何を言っているのか後半は私の耳には届いていなかった。


血の気が引いていく…。

目の前が真っ暗になって、今何を聞かされたのか全く理解が出来なかった。



電話を切った後、その場にへたり込み動けなくなった。

涙なんか出なかった。

ただただ信じられなくてこれは夢だろうと思った。




「なんで?…なんで彼が死ななくちゃいけなかったの?」





とにかく彼からの手紙を読んで欲しいとお母さんに頼まれて、翌日の夜に会う事になった。






…あえて選んだ彼と最後に会った喫茶店。

あの日がまさか最後になるなんて思ってもみなかった。

同じ席に座る。

ついこの間、目の前に彼が座っていたのに。

思い出すと胸が苦しくなって涙がじわじわ溢れてくる。

ダメだ!しっかりしないと。



下を向き涙を堪えてふぅっと息を吐いた時、誰かが私の前に座った気配がした。


「大丈夫…?一番辛い時に出てきてもらってごめんなさいね。」

慌てて顔を上げた私に優しく声をかけてくれたその人は、別人のように痩せこけてしまった彼のお母さんだった。


きっと何日も眠れず、食事も取れていないのだろう。

酷い目の下のクマにこけた頬。

顔色も悪く生気を感じない。



彼は母一人子一人の二人きりの家族だ。

唯一の家族で大切な一人息子を失ったのだ。

こんな風になってしまっても何も不思議ではない。



彼のお母さんは「早速だけど…」と鞄から手紙を取り出しスッとこちらへ寄越した。


「…読ませていただきます。」

私は震える手で手紙を取り出し読み始める。




〜 明日香へ


突然、こんな事になってしまってごめん。

あんな別れ方をするつもりはなかったんだ。

でも、お前を守る為にはこうするしかなかった。


お願いだ。お前だけでも幸せになってくれ。

本当にごめんな。         

                   太一 〜





気をつけろ

アイツはいつでもお前を見ている



すぐにげろ




「え、この最後のって何なんですか?この手紙読まれました?」

「い、いえ。明日香さんが最初に読むべきだと思ったから読んでないわ。…見てもいいの?」

「どうぞ。間違いないとは思いますが、太一さんご本人の字かどうかも確認して下さい。」


太一の母は、手紙を読んで変な顔をした。

「…この最後のは何かしら?私にもよく分からないわ。でも、字は間違いなく太一の字ね。最後の走り書きみたいなのは酷い字だけれど…。」



彼が最後に私に伝えたかった事は何だったのだろう?

アイツ…?あの女の事か?

たぶん最後に太一に会ったのはあの女のはずだ。



こんなに苦しんでるなんて知らなかった。

あんなに必死に頼む彼を責める事もできず、私は彼からの一方的な別れを受け入れるしかなかった。

もしかしたら助けてあげられたかもしれないのに…。




ただあまりにも突然で一方的な別れ方だったから、私は納得出来なくて彼と別れた日からずっと女の事を調べていた。






私より2つ年下の22歳。

大学を卒業後、事務員として今の会社へ入社。


今年の春に入社したばかりの新入社員だ。

スラっと背は高く、今時の若い子らしい少々派手めなメイクとファッション。


まぁ、その辺によくいる男ウケを一番に考えているような女だった。




「なんであんな女に…。」

素人ながらにあらゆる手を使って女を調べていたが、太一を失ったショックで何も手につかなくなってしまった。

まさか、別れたあの日から1ヶ月後に彼が亡くなってしまうなんて。

彼が亡くなってしまった今、どうするべきなのか分からなくなった。





…彼の死を知り、さらにひと月が経った頃。


私はやはり彼の死を受け入れられず、何も手につかなくなり仕事も辞めてしまった。

毎日、屍のようにただ息をするだけ。



そんなある日、フラフラと街を彷徨い歩き何をするでもなく、たまたま辿り着いた公園のベンチでボーッと座っていた。


もうすでに日は暮れ始めていて夜がやってくる気配がして背中がスッと寒くなる。





そこへ聞き覚えのある女の声がした。

…甘ったるい猫撫で声。


「ねぇ〜私の事好きでしょ?ねぇってば〜。」

ベタベタと男の腕に縋りつき、腰をくねらせ歩く女。




「…あの女、知ってる。……見つけたよ、太一。」

私は今までに感じた事のない感情に揺さぶられた。

(はらわた)が煮えくり返るっていうのはこういう事なのか。


太一が死んでまだ数ヶ月だというのに、あの女はすでに別の男と歩いている。


なんなんだ?

アイツは同じ人間なのだろうか…。


怒りで叫び出してしまいそうだったが、グッと堪えて静かに女の後をつけた。




男とはその後すぐに別れ、女は一人歩き始めた。

スマホを見ながら女はハイヒールをカツカツ鳴らして歩く。


私はその後ろを静かについていく…。

髪はボサボサでノーメイク。

パーカーにジーンズ、くたびれたスニーカーで歩く私は女とは別の世界の生き物みたいだった。



けれど、今の私にはそんな事どうでも良かった。

あの女に復讐しなければ…!

それしか頭になかったのだ。


女が家へ着き、部屋の明かりが灯ったのを確認してひとまず自分の家へ帰る。


熱いシャワーを浴び、ボサボサで放ったらかしだった髪を自ら切り落とした。

鏡に向かい、自分の顔を睨みつけて呟く。


「絶対に許さない。殺してやる…。」


私は、太一との結婚資金と思い貯めていたお金を使い、あの女へ復讐すると決めた。


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