私の場合。 前編
「……」
「へぇ。シャワーの時、下向けないんだ。なんで?」
「……」
「そんな妄想してるの〜?まぁ、誰かが見てるかも…ぐらいは考えた事あるけど。」
「……」
「そうね〜。それだけ長かったら濡れたら重くなるでしょう?シャンプーも大変そうだし。」
「……」
「本当によく新しいシャンプー買ってるよね。お風呂自体は好きなの?シャワー怖いのに?」
「……」
「そうなの?苦手と好きが共存してると大変ね。新しいシャンプー良い香りだといいけど。楽しみにしてるわ〜。」
「……」
「はぁい。お疲れ様。また明日ね!」
…バタンッ
更衣室から彼女が出て行くドアの音が響く。
「…お前に明日は来ねぇよ。」
ボソッと呟いた。
彼女と私の本当の関係は、きっと私しか知らない。
だって彼の関係者として彼女と話をした事はないから。…というか、そもそもこの女は自分と自分の男以外に興味がないからバレる心配はないだろう。
……
あれは2年前。
私には結婚を考えて長く付き合っている彼がいた。
彼も私とならずっと一緒に居たいって言ってくれていた。
このまま幸せになれるんだってそう思ってたのに…。
それなのにある日突然、彼に呼び出された。
あまり人の来ない駅前の喫茶店。
…彼は来るなり話を切り出した。
「…ごめん。俺と別れてくれ。」
「えっ。な、なんで!?そんなの突然すぎて意味わかんないよ。」
「急にこんな事言っても困るのはわかってる。でも、もうお前とは一緒にいられない。」
「どうして!?私、何かした?」
「いや、お前が悪いんじゃない。俺が悪かったんだ。」
「ちゃんと教えてよ!何があったの?」
私の納得のいっていない様子を見て、きちんと話さないとダメだと思ったのかボソボソと彼が話し始めた。
ほんの出来心で同僚に誘われた合コンへ行ったが、その時に出逢った女がヤバい奴だったらしい。
「最初は大人しくて可愛い子だなと思ったんだ。でもそれも仲良くなって二人で出かけるようになるまでだった。」
彼はその時を思い出したのか、見た事もない青ざめた顔で俯いた。
彼に聞いた話では…
『最初のデートで体の関係になってしまってから、その女は様子がおかしくなったんだ。急に束縛が酷くなって俺の携帯やクレジットカードとか身の回りの物を管理したがってさ。それを拒否すると泣いて暴れて手がつけられなくなったんだよ。それでも初めのうちは、なだめて落ち着かせれば何とかなってたんだ。
けど、それも回数を重ねるごとに酷くなっていって、最近では刃物まで持ち出すようになった。』
彼は俯き、震える手を握り締めながら話してくれた。
彼は私には「仕事が忙しくて連絡出来ない。こっちから連絡するまでしないで欲しい。」と言っていた。
元々、彼の仕事は時期によって連絡が出来ない程、忙しくなる事もあったので私は彼の体調の心配はしていたが、まさかこんな事になっているとは思ってもみなかった。
このままではマズいと悟った彼は「実は自分には結婚を考えている彼女がいて君とは遊びだったんだ。不誠実な事をして申し訳ない。」と謝ったそうだ。
「頼むから別れてくれ」と土下座までして謝ったが、決して許してはもらえなかった…らしい。
彼は袖をまくって見せてくれた。
包帯でグルグル巻きにされた痛々しい腕。
その女に刺されそうになり、庇った時に出来た傷だと彼は言った。
「俺は、お前を巻き込みたくない。アイツはとにかくヤバいんだ。…本当に頭がイカれてる。」
あまりにも恐ろしかったのだろう。
話しながらずっと体を震わせていた。
「頼むから俺と別れてくれ。全部済んだら必ず会いに行くから。」と。
「すまない。俺がバカだった。こんな事になるなんて…きっとお前を裏切ったバチが当たったんだ。」
泣きながら謝る彼に、私はそれ以上何も言えなかった。
その話を聞いて彼と別れたあの日から約1ヶ月後。
変わり果てた姿で彼が見つかったと彼のお母さんから連絡をもらった…。