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2月のスノードロップ  作者: ましろ毛糸
1/3

1*ヒント

『スノードロップ』って知ってる?


ヨーロッパに咲く 小さな白い花のこと。


日本だと『待雪草(マツユキソウ)』って呼ばれてるんだけど、その名前の通り、雪が溶けるのを待ちながら咲く花なの。


春先に咲くことから、「春を告げる花」って言われてるんですって。


とっても素敵で、あなたにピッタリね──。



*・*・*・*



鐘の音とともに、駅の時計が午後5時を知らせた。

日は既に落ち、コートを着ていても凍えるような寒さだった。

にもかかわらず、駅周辺は人で溢れかえっていた。

帰宅ラッシュが始まりつつあるのも原因のひとつだが、今日は手を繋ぐカップルや、プレゼントを片手に歩く女性の姿が多く見られる。


2月14日。

日本では、女性が 好きな男性にチョコレートを贈る日だ。

けれど、独り身の刑事である自分には、関係のないイベントのように思えた。


永瀬夜之(ながせ よるゆき)は、改札口から最も近い場所にある女子トイレに入った。

そこは、両脇の壁に大きな鏡と洗面器がいくつも並んでいて、その奥が個室トイレとなっていた。

けれど中にいたのは、スーツを着た男や作業着を着た人ばかり。

全員、永瀬と同じ警視庁の捜査官だ。


そして、出入り口から最も離れた洗面台の袖壁。その隅に もたれかかるように、1人の女性が倒れていた。

女性のそばへ行き、顔を覗き込むと、化粧で綺麗に彩られた瞼は開かれたままだった。

大きな黒眼は、まるで人形のように光を失っている。

左耳から ぶら下がるシルバーのピアスだけが、周りの振動で時折小さく揺れていた。


「また女の子か…」


背後から聞こえた声に反応して振り向くと、上司であり永瀬の相棒でもある黒木大(くろぎ だい)が立っていた。

黒木は、遺体の前まで歩み寄り、その場にしゃがみ込んで静かに手を合わせた。


「こういう子を見ると、自分の娘を見ているようで苦しいよ。『なぜ彼女が』『まだ早過ぎる』…ってね」


小さな声で呟く背中は、かつて『鬼の黒木』と恐れられた刑事の背中とは思えないほど弱々しく見えた。


「──状況は?」


黒木が永瀬の方を振り向いた。

永瀬は、スーツジャケットの胸ポケットから手帳を取り出した。


「15:50頃、トイレ(ここ)を利用していた複数の女性が『女性が急に倒れた。息をしていない』と駅員に知らせ、その後駅員が、西口にある交番に通報しています。けど…」


駅の交番で待機していた警官の対応は、迅速かつ的確なものだったと思う。

けれど女性は、その時既に息絶えていた。

恐らく即死だろう。それなのに、目立った外傷は一切見当たらない。


「…例の『突然死事件』と見ていいかと」


「これで4件目か…」


2月を迎えた都内では、20代の若者が 文字通り「突然死」する事件が多発していた。

外傷なし。内臓にも異常なし。遺体には何の手がかりもないと言っても過言ではなかった。

また、被害者同士の接点や、事件の共通点もなく、捜査は難航を極めた。


「ヨル。恐らく今夜中に捜査本部ができる。特殊犯罪捜査室(うち)からは、俺とお前が出る。準備しとけ」


既に4人も死者が出ている。

捜査本部ができてもおかしくないかもしれないが、永瀬はその"タイミング"に疑問を感じた。


「なんか急ですね。4人目が発覚したのなんて、ついさっきですよ?」


「2人目と3人目が兄妹だっただろ? 噂によると、八重崎(やえざき)刑事部長の実子だったらしい」


──なるほど。

刑事部長の親族が不審死したとなると、いつまでも小規模な捜査を続ける訳にはいかないのだろう。


「身元は出たか?」


「はい。吉岡麻美(よしおか あさみ)さん。27歳。駅ビル内にある洋服店の店員です」


「仕事帰り…にしては早いな」


「しかも彼女、今日は休みだったそうです。さっき吉岡さんの同僚から話を聞いてきました」


吉岡麻美の自宅アパートは、ここから3駅先にある。

わざわざ休日に職場のある駅まで来るとなると、何か特別な用事か、誰かと会う約束をしていた可能性が高い。


「彼女の死亡前の行動を調べてみよう。今度こそ手がかりが見つかるかもしれない」


黒木も、永瀬と同じ考えに至ったようだ。

永瀬は強く頷き、黒木の後を追って現場を去ろうとした。


けれど永瀬は、再び遺体に視線を向けた。


ちょうど遺体が運ばれる準備が進められていて、仰向けにされ、その全身がシートに被せられるところだった。


「ちょっと待ってください」


永瀬は、シートを被せようとした捜査官に声をかけ、遺体に近づいた。

膝をついて前屈みになりながら、先ほど目に留まったピアスを見た。

上手く説明はできないが、このピアスに何となく違和感を感じた。


蕾のようなものが首を垂れている 不思議な形をしているが、かなりシンプルなデザインだった。

細かい所までよくできている と素人目にも分かった。


そして、彼女の左耳には、それとは別にもう1カ所ピアス穴があった。

右耳も確認すると、こちらにもピアス穴があった。


もしかして──


永瀬は、遺体の長い髪を軽くかき分け、耳朶の裏を確認した。

そして、先ほどの違和感の正体がはっきりと分かった。


「この"イヤリング"を鑑識に回してください。あと念のため、この耳の部分もよく調べるよう監察医に伝えてください」


こんなイヤリングひとつが、まるで事件に関係しているとは思えない。

けれど永瀬は、わずかに残された「関係ある」方の可能性を無視する事ができなかった。




*・・・・・・7・・・・・*

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