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いつか笑って死ぬために

 あなたは、今笑って死ねますか?


 僕がこう聞くと、大抵の人は様々な理由だけど、肯定することは無い。

 現状に不満が無いから。

 やりたい事があるから。

 まだ死にたくないから。

 家族と暮らしたいから。


 そもそも普通に生きている人は、こんなことは考えないのだ。むしろ考えた事が有る人は、所謂例外。生きていたいと願わないのに、活きて居たいと願う、死に向かって疾走する鈍行列車なのだ。


 現実が辛くて死を選ぶ人は、笑って死ぬ事は考えていなかった。

 現実が楽しくて生きる人は、今己が死ぬ事は考えていなかった。

 ならば笑って死ねるという事を考える人はどういう人なのだろう?

 簡単だ。辛いことと楽しいことを両方経験した上で、どちらにも染まれなかった半端者。

 辛い経験を乗り越えることも出来ず、楽しい経験を追い求め続ける事も出来ない。


 ーー精神の弱い塵屑だ。




 僕は自分で言うのも何だが、悪人では無いと思っている。だが善人では決して無い。

 ただ、盗みを働かず、虐げることは無く、ゴミを散らかして歩くことはない。

 それと同時に手の届く範囲では無いところで起きたことは他人ごとで、虐げている人を止めることはなく、ゴミを拾って歩いたりしない。

 自己中心的な善悪の基準を以て、自己と知り合い程度にしか働かぬ悪行の抑止を行う。

 普通と言われればそうなのだろう。

 特に異常な事では無い。


 だが、こんな人間が窃盗の冤罪によって暗い少年時代を送ったのならばどうなるのだろう。

 もちろん暗いといっても少ない友人と談笑したこともある。遊びに出かけたこともある。だからといってその他大勢の人から蔑まれ、陰口を叩かれた経験は消えてなくならない。

 家にも居場所なんて無かったし、学校にはもちろん無い。どこにも居場所なんて無かった。

 死にたいと考えたくなくて、床に寝そべって何も考えずにいたら休日が終わっていたなんてざらだった。

 刃物は怖くて自分に刺す事なんて出来ず首に当てることしか出来なかった。

 首を絞めたら苦しくて途中で止めてしまった。

 飛び降りようとしたら怖くて帰ってしまった。

 ああ、今思い返しても弱い。

 普通に生きるのはこの時点で諦めていたのだろう。

 むしろ死にたかった僕は、自殺することが出来た人に憧れすら抱いていて、自殺のニュースをテレビで見かける度に凄い人だと思っている。


 でも、未来に希望なんて無い僕が、死にたくない理由が一つだけあった。

 物語を読むこと。それだけが僕の楽しみだった。

 漫画、小説、アニメ。その全部を楽しんでいたし、その続きを見たいと思っていた。

 嫌なことがあったときには死を考えては失敗し、物語に触れて少しだけ前を向く。

 そんな生活を繰り返していると、自然と、この物語が完結したら死のうなんて考えるようになる。

 これが『今笑って死ねますか?』の原点なのだ。




 だから僕は、どこにも居場所の無い中で、漫画や小説を読み終わった後、家で天井を眺めている時に自分に問いを投げたのだ。


「今笑って死ねるか?」

「無理だ」

「何故か?」

「数少ないやりたいことがある」

「死んでしまえば同じでは?」

「心残りがあると、死ぬ前に思い出してしまって笑えない」

「つまり死ぬためには心残りがあってはならないと?」

「そうだ」

「では、死ぬために用意をしよう」


 自問自答の結果、自分のやりたいことを書き出した。

・好きな物語を読むこと。

・小さい頃地元で見た群青色の空を見ること。

・北海道で見たことのある、満天の星空を見ること。

 当時14才だった僕の心残りなんてたった三つだった。

 それから毎日空を見た。

 群青色の空だけはどれだけ努力を重ねようと見ることが出来ないからだ。

 残りの時間は物語に触れることに費やした。

 初めて自分に『今笑って死ねるか?』と問いかけてから十年経った。



 物語は読まなくても後悔する事はなくなった。

 群青色の空はまだ見れていない。

 もしも見れたなら北海道に向かうだろう。

 時が経つにつれて出来た、他のやりたいことは全力で取り込むことで後悔しないようにしている。

 僕は今でも、やり残しを全力で無くすために、人生を駆け抜け続けている。


 いつか笑って死ぬために。

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