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ファースト・タートル

「西新宿?」

と、”ノブ”が聞いてきた。

池袋でタクシーを拾ったオレと”ノブ”は西新宿のとある場所へ向かっていた。”ノブ”は何故”西新宿”なのかは全く分かっていない。と言うか、”西新宿”が行先として正解かどうかはオレも確信していない。結果は恐らく1時間後に出る。正解であれば、オレ達は”レイレイ”にその場で会えるはずだ。QS劇場でのお見送りの際、彼女から貰った小さな紙に書かれたヒント「21、カメリア」。オレ宛であれば、もうここしかないと思われるところが西新宿にある。


「ツバキゲートだよ。」

「ツバキゲート?なんっすかそれ?」

「ツバキゲートは・・・。時期は違うけど、”レイレイ”もオレも4年間通った門だよ。」


そう、オレが”レイレイ”との唯一であり自慢でもある共通点、それは「大学の先輩後輩」の関係だ。

我々二人が卒業した明東めいとう大学、オレが出た経済学部と”レイレイ”が出た文学部は同じ”新宿キャンパス”にある。明東大学新宿キャンパスは、西新宿の高層ビル街の西側に位置している。その東側にある正門に椿の花模様が描かれている為、オレの先輩達の時代から学生は「ツバキゲート」と呼んでいるのだ。


「『21時、ツバキゲートで待っています!』以外、考えられないよ。これで間違っていたら、彼女のオタなんて言えんよ。」と、”ノブ”に向かって呟いた。

「なるほどね。まあ、答えがわかるまでオレ付き合いますよ。へへ」と、陽気に”ノブ”は答えて来た。


そうこうしている間に、オレ達を乗せたタクシーは、”ツバキゲート”の前に着いた。

「なるほど、確かに椿の模様になってっすね。」と、感心したように”ノブ”が言ってきた。

土曜日の20時半前後、大学構内の電気は殆ど消えており、唯一、東門である”ツバキゲート”をライトアップする照明が煌びやかに輝いていた。人通りもない。

「後30分かあ。彼女来ますかね?」

「来るよ。この門を見て改めて確信したよ。”レイレイ”は必ず来る!」

久しぶりに、母校に来てオレはハッキリ思い出した。明東大学の卒業生であれば「椿」を意識することが当然であることだ。校章に椿が模ってあること、同窓会の名前が「椿友好会」であること、そして、新宿キャンパス内に古くからあるホールを「カメリア・ホール」と呼ぶこと。明東大学の卒業生である”レイレイ”が出す”カメリア”というキーワードは、「大学」そのものなのだ・・・のはずだ。


「時間、過ぎちゃいましたよ。」

「おっ、もう30分経ったか。」

”ツバキゲート”からキャンパス内を何気なく見ていたら、大学時代の懐かしい思い出が蘇っていた。「あの頃は、全てに夢があったなあ。」と、ノスタルジックな気分になり、40年近く前の希望ある自分がとても羨ましく、現在粗フリーターでアイドルの追っかけやっている自分との比較に思い馳せていた。


10分は過ぎていただろうか。我々の立つ”ツバキゲート”の前に一台のタクシーが止まった。中から出て来たのは・・・、オレの予想通りマスクをしている”レイレイ”だった。


「さすが、明東卒業生!」

タクシーを降りた”レイレイ”の第一声だった。

「勘弁してよ、”レイレイ”。オレンジにしてもカメリアにしても、参ったよ。」

オレは、何とか”レイレイ”に会えた安堵と今日一日のドタバタで疲れ切っていた。

「で、この人誰?」

”レイレイ”は、”ノブ”を指さしオレに聞いてきた。そうだ、ここに来ることは誰にも言うなと”レイレイ”に言われていたことを思い出した。

「仕事仲間の久保君。通称”ノブ”ね。元々、彼は業界人なんだよ、オレはオタだけど、業界のことは分からないんで。まあ”レイレイ”が何か・・・、相談があるなら彼がいた方がいいかなって思って・・・。」

「そうなんだ。」と言った”レイレイ”、次に発した言葉が、

「南大門行こうよ!」

”南大門”、ツバキゲートの通りの反対側にある高級焼肉店のことだ。

この店、オレが学生の頃にはなくバブル期以降に開店している。ただ、高級店の為、大学生がとても行ける店ではない。少し先にある高層オフィスビル群のサラリーマン、OLをターゲットにしていると思われる。そういうコンセプトとロケーションもあり、”レイレイ”世代の明東生に取っては憧れの店であるらしい。現在フリーターのオレとしては結構敷居は高い。何れにしろ、オレが奢らざる負えないという気持ちもあり少し躊躇していたが、やはり、長年推してきたアイドルが行きたい店、確かにベトナムでは一緒に飲んだが、日本では初めての食事を共に出来る。

「いいね!行こう。”ノブ”、行こうぜ!」

3人で歩き出し、オレの左後ろを歩いていた”ノブ”が”レイレイ”に聞こえないほどの小声で一言、

「結構なお店でしょ。支払、ホントに大丈夫っすか?」

「大丈夫だよ!」と、オレは強気に言ったが、多少手が震えていたような気がした。



「”ノブ”さんだっけ?前に会ったことあるよね?」

と、高級焼肉店”南大門”に入り、この店独特な火鉢を囲ったテーブルの席に3人が座った途端”レイレイ”が”ノブ”に話しかけた。

「やっぱ、覚えていたんだ。いつ会ったか覚えてる?」

「最低な時だよね。完全に敵でしょ。」

当然だが、オレは二人の会話についていけない。ハッキリしていることは、前回会った際のこの二人は険悪な状況だったことだけだ。

「申し訳なかったけど、キミの名前が副島麗香だって今日まで知らなかったよ。ヤブさんから”レイレイ”って言われてもピンと来なかったんだ。さっきのQS劇場のお見送りの時に思い出し、やっと顔と名前が一致したんだ。でも、あれから結構時間が経ってたからね。キミは忘れていると思っていたよ。」

「忘れるわけないわよ。梨々花のカタ持ってたからね!」

”梨々花”?ちょっと待て、もしかして、あの”レイレイ”の言うことを一切聞かなかったこ彼女の後輩”田辺梨々たなべりりか”の事なのか?だとしたら・・・。マズイ。

「まあ、何があったか知らないけど、今日は飲んで食べようよ!”レイレイ”、ビールでいい?」

なんて、オレが何とか場を取り纏めようとしたが、二人の話はドンドン進んで行く。

「確かにキミの言ってたことは正論だったよ。でも、オレも立場があってさ。わかるだろ?」

「まあね。浜中優美はまなかゆうみだっけ、”ノブさん”がマネージャーだったの?梨々花以上のワガママで酷かったよ。」

「それ以上に、支配人の野口が最低だったよ。オレは助かったけど。」と言った途端、二人は笑い出した。

オレは完全に蚊帳の外、何が何だかサッパリ分からなかった。が、思い出したことと繋がった。

以前、”ノブ”から聞いた話だ。”ノブ”がタレントのマネージャーをしていた時、受け持っていたグラドル兼バラドルの浜中優美のワガママの話だ。確か、池袋でのロケ中に、突然、QS劇場へ友人である田辺梨々花に会いに行った件だ。

それとなく、二人の会話に入り、”ノブ”に「あの件?」と聞いてみた。

「そうだよ、”ヤブさん”。あの時だよ。野口が納得してくれたんで問題ないと思った矢先、彼女が現われてさ。『レッスン中に何やっているの?この子誰?関係者以外は入らないで!』と、滅茶苦茶怒鳴ったんだよなあ。」

「当り前よ。梨々花はあんな感じだったからね。関係ない彼女の友達が入って来られるのだけは、兎に角許せなかったわ。」


この話から、何故か”ノブ”は浜中優美、”レイレイ”は田辺梨々花の悪口で二人は盛り上がっていた。

気が付けば、二人は既にビールやハイボールをることにガンガン飲み、タン塩、カルビ等肉類を焼きながら食べ、意気投合している。オレは立ち遅れ、二人よりかなり遅れて飲み食いを始めた。オレが支払うのにだ。まあ、意気投合してくれたので、良しと考えることにした。


暫くして、”レイレイ”が話題を変え、一言呟いた。


「もしかすると・・・。QSVは年内で解散になるかもしれない。」

「えっ。だって、未だスタートして1年チョットじゃない。」

オレは”レイレイ”を問いただした。


「このまま・・・。このまま、ワタシ卒業かもしれない。」


暑い夜、熱いもの食べ、感情まで熱くなってくる状態だった。

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