汗、サプライズ!
ご無沙汰しております。時間が掛かり申し訳ございません。
やっと次話が出来ましたので投稿します。今後ともよろしくお願いいたします。
「今日っすか?ってか、”ヤブさん”どうしたんすか?」
工事現場の警備員をやっているオレは、同僚の”ノブ”へ土下座しながらの電話をしていた。
「頼むノブ!一緒にQS劇場へ行ってくれ。」
「はあ?」
「だから、QSの支配人・・・、なんていったけ?」
「野口ですか?」
「そう、その野口君に何とか忖度して欲しいんだ!」
「ソンタク?なんっすか?」
しまった。ノブは漢字系がダメだ。
「だから、兎に角、一緒にQS劇場に行って、野口君に何とか席を取って貰って・・・で、今夜のライブを見せて貰えるようにして貰いたいんだけど・・・。」
「えっ、なんでですか?」
オレは、ノブに伝わらないもどかしさから感情的になりつい言ってしまった。
「だから、”クワマイのセイタンでレイレイがくる”んだよ!」
「ヤブさん、オレ・・・、日本語で言って貰わないと分からないっス!」
この会話の2時間後、オレとノブは池袋のQS劇場の受付にいた。
「そういうわけだから。野口、悪いな。」
「先輩、全然ですよ。逆に助かりましたよ。クワマイ、今日のステージより来週からの全国ライブが大事で。」
”クワマイ”、桑野舞香。クワトロ・セゾン第4期生で、先月より4つあるクワトロ・セゾンのチームの中、現在ライブステージ人気ナンバー1の”チーム・レテ”のリーダーなったばかりのメンバーである。
彼女は天性のダンス能力、中学より私立の音大付属に通っていたこともありアカペラの才能もあり、そして何といっても、ここ数年総選挙で1位を続けている、二十歳のクワトロ・セゾンの”エース”だ。
彼女の勝負カラーは”オレンジ”。そして、彼女の誕生日が正に今日、つまり今日のQS劇場は”桑野舞香生誕祭”が目玉イベントだ。
「本当はクワマイ・・・、生誕祭を止めて欲しかったんですよ。来週からリーダーとして初の全国ライブでセットリストにかなり悩んでいるんでね。生誕祭の告知も全くやる気が無くて・・・、なもんだから、集客も出来てなくて。でも、あの・・・。師匠が帰国されるので・・・。まあ、立場的に。」
”クワマイ”の師匠。そう”レイレイ”だ。”クワマイ”は全てが天才でありモデルクラスの美形である。しかし、シャイな性格で前に出ていくことを極端に嫌がることもあり、才能を生かすことが中々出来ない子であった。そこをフォローし、彼女を教育したのが”レイレイ”だ。それがトップまでいった彼女の背景なので、”クワマイ”は、”レイレイ”に頭が上がらない。
「おい、チョット待てよ。野口君。ってことはよ!レイレイの帰国がクワマイの負担になっているってことかよ!」
思わず、オレは野口支配人に詰め寄ってしまった。
「矢吹さんの仰っていることも分かりますけどね・・・。まあ、今日は・・・。」
すると、ノブが、
「ヤブさん、今日の主役はオレじゃなかったけ?じゃないと帰るよ。」
「だったね、悪いノブ。」
ついつい”レイレイ”のことになると我を忘れるオレの悪いところだ。
”野口”が言っていた程集客は悪くない。QS劇場の客席はこの夜オレンジに染まった。そして、本日の主役”クワマイ”を中心としたチーム・レテのステージが始まった。セットリストは粗”クワマイ”のセンター曲で組まれていた。そして、全ての演目が終わった後、ステージは暗転し、スポットライトに照らされマイクを強く握った”クワマイ”のお礼を込めたトークタイムとなった。
ステージからやや後方にいたオレとノブだが、”クワマイ”が感極まって涙を流していることは分かった。ただ、彼女は気丈でしっかりした口調でオタへの挨拶をした。やはりエースだけのことはある。そしてトークの終盤だった。
「帰ってきてやったぜ!」と威勢の良い声が暗闇に響いた。
ステージの”クワマイ”は驚く、そして上手からステージコスチュームではない、ラフなパンツにジャージを羽織った女性が花束を持って登場した。”レイレイ”だ。
客席のオタ達も驚き、「レイレイ!」の掛け声が飛ぶ。
花束を”クワマイ”に渡した”レイレイ”はマイクを受け取り、”クワマイ”に向かってお祝いの言葉を伝えだした。”クワマイ”がQSのメンバーになったばかりのころの話を中心に、”レイレイ”はいつもの通り元気で淡々とした話し方で”クワマイ”にお祝いを伝えていた。”クワマイ”は泣き、会場のオタク達も感極まっていた。
最後にアンコールとして今年の初め”クワマイ”がセンターで大ヒットした曲を”レイレイ”もパフォーマンスし、其の儘エンディングとなった。
「たまにはいいっすね」
このようなアイドルコンサートに全く興味の無い”ノブ”が生誕祭終了後、メンバーからのお見送りを受けるスロープの場に着くまで間、オレにそう言った。
「迷惑を掛けない程度、またお願いすると思うんで・・・。これから付き合ってよ。」
「面倒なことはもう嫌ですよ!」と、笑いながら”ノブ”はオレに応えて来た。
メンバーからのお見送り専用スロープに、本日出演した全てのメンバーが所定の位置に立った。勿論、”レイレイ”も一番後ろではあるが、「お見送りメンバー」に久しぶりに並んでいた。
オレと”ノブ”一緒にスロープを進み”レイレイ”の前に立った。
「”レイレイ”おつかれ様です!」
「有難う!QS劇場久しぶりで楽しかったよ。」と彼女が言った瞬間だった。突然、”レイレイ”がオレの手を握り一枚の小さな紙を渡してきた。
そして小声で、「後で必ず見て、周りには秘密だよ。」と言ってきた。
”レイレイ”のオタをやって10年。こんな日がくるとは・・・。オレは兎に角「やった!オレと”レイレイ”はもうオタとアイドルでの関係ではない!特別な関係だ!」とオレは勝手に考え、滅茶苦茶舞い上がっていた。
「”ヤブさん”どうしたの?急ににやけて。」と、”ノブ”がオレに話しかけて来た。
「なんでもないさー!」と、オレは”ライオンキング”の名台詞を言いながら、そして”ライオンキング”の舞台に自分が出ているかのように、オレは大声だし高揚していた。
”ノブ”はあっけに取られて、固まっていたようだった。
「21、カメリア?」
QS劇場は閉館となり、外に出るとサンシャイン60からの光がかなり眩しく感じた。大通りから一本外れた池袋の裏道。池袋駅まで歩いて5分位の場所でオレと”ノブ”は立ち止まって例の「”レイレイ”から受け取った“紙”」を見て良く分からない一文の内容に悩んでいた。
「なんか、心当たりあるんっすか、”ヤブ”さん?」
「全くないねえ。こまったよ。」
この時オレは”レイレイ”に対して初めてイラついていた。北島からの伝言の時の”オレンジ”もそうだったが、今回もキーワードだけの問題をオレに投げてくる。「”レイレイ”はオレを試しているのだろか?ダメなオタジジイを弄んでいるのだろうか?」と、考えているだけで腹が立ってきた。そんなこともあり、”レイレイ”から「誰にも言わないで!」と言われたにも関わらず、どうにも答えを導けないオレは、頼りの綱”ノブ”の推理に期待するしかなかった。
「まあ、単純っすけど、”21”は、21時ってことでいいんじゃないすか?」
「確かに!」
オタとするればかなり勝手な解釈だが、現在19時45分、21時であれば”レイレイ”も仕事がハケ、どこかで待ち合わせしない?って意味に取れる。
「カメリア???って・・・。なんっすかね?」
「日本語じゃあ、椿だけどな・・・。」
「何か、彼女と接点がある花・・・、椿かあ?分かりません?彼女、”ヤブさん”には分かると思って書いているわけっすからね。」
「21時にカメリア?、若しくは椿?・・・」
何かある!必ずある!オレと”レイレイ”との共通する話題にそのヒントがある!そう、思いオレは、過去の握手会や2ショット会で”レイレイ”と話したこと、勿論、ベトナムで飲んだときの事。兎に角、数少ない彼女との会話にこの「21、カメリア」が絶対隠れていると思い、60年近く怠けている頭を必死に使い答えを探した。
暫くして”ノブ”が聞いてきた。
「”ヤブさん”、あの・・・、彼女と共通する思い出の場所ってなんかあります?」
「”共通する思い出の場所”?」
一番思いつくのは、ベトナム・ホーチミンだ。だが、ここではヒントとしても当たるものはない。
後は、握手会や2ショット会の場所?・・・。
いや、違う・・・。ん?えっ!もしかして?
「あったよ、”ノブ”!分かった間違いない!」
「えっ、どこっすか?」
「時間が無い!タクシー!タクシーを捕まえよう!」
「だから・・・、どこ”ヤブさん”!」
大声で”ノブ”はオレに聞いてきたが、オレは兎に角、タクシーを捕まえる為に奔走した。
そして、タクシーを捕まえ、”ノブ”と二人で乗り込む。
「どちらまで?」
「西新宿まで、急いで!」
東京の暑さは夜になっても変わらない。全てが暑い夜だった。