酔いどれ Maybe
ホーチミンで迎えた最初の夜は、オレにとって長くショックの強いものとなった。
オレにとっての”10年越しの天使”である、”レイレイ”こと副島麗香は、オレの目の前にいた。言っては何だが、場末感漂う”大衆酒場”的な場所だ。そしてショックなのは、その”アイドル”が、氷の入ったジョッキーで何杯もビールを飲みまくっていること。かなり酔っているのはよく分かる。なので、余り真面目に現状を受け入れることはしないようと心掛けていたが、話し方が下品過ぎていた為、オレはかなり落ち込んでいた。
「あたいはねえ。10年もさ。運営会社の言う通りに生きてきたのよ!ベトナム移籍だって、誰もさ。行こうとしなかったら・・・。私が・・・。」
「わかるよ、レイレイ。」と、オレが言う。
「何が分かるのよ。推して貰ったことは凄く感謝するわ。でもね・・・。」と、言った途端、”レイレイ”は泣き出す。それが、何回も繰り返された。
そして次に来るのは、
「ねえ、名前何だっけ?」
「矢吹だよ。矢吹宏樹。」
「そう、そうだった。ヒロさん・・・。ん?面倒だから、ヤブさんでいいっか。」
これも、数回繰り替えしがあった。
本来オレとしては、アイドルから”ヒロさん”と呼ばれたい。長年追いかけた”レイレイ”であれば、尚更だが・・・。ここは、酔ったとはいえ、”天使”がそう決めたなら従うしかないと諦めた。
「どうせ、私なんか!」と、”レイレイ”は自虐ネタをまた始めた。そして、
「ねえ。本当はさ。ヤブさん・・・。私をバカにしているでしょ?」
「まさか。バカにしていたらここまで来ないよ。」と、当然の如くオレは返答をする。
「いいのよ。バカにしても。でもね。これでもさ。あたい大学でているのよ。」
「知っている。オレの後輩だよ。」
「えっ?」と言った”レイレイ”は、少し素面戻ったように見えた。
「明東大学?」
「そうだよ。”レイレイ”は文学部英文学科だっただろ。オレはかなり昔だけど、経済学部経営学科。」
「そうなんだ。」
「英文科に早見って教授いるだろ。あれ、オレの同級生。今でも仲いいよ。」
「早見先生って、私が一番お世話になった。あの早見太郎先生?」
「そうだよ。悪かったとは思うけど・・・。”レイレイ”が学生だった頃、早見から色々情報を貰ったよ」
「えっ。どうせ悪い話でしょ?」”レイレイ”は少し怒った顔した。
「いや、アイドルやっているのに真面目に大学生活もしていると、関心してたよ。」
「だから、アイドル失格なのよ。」と、言った後、”レイレイ”は大きく笑った。
オレは、笑っていいものかとは思ったが、”レイレイ”の顔を見ていたら、素直に笑う方が”レイレイ”が喜ぶのだろうと思い一緒に笑った。因みにだが、”オレ達二人”が出た”明東大学”は、名門私大の総合大学だ。なので、今でこそダメダメ人生なオレだが、就職は一流商社に問題なく入社出来、本来なら学閥で出世出来た・・・はずだった。そういう意味では、アイドルをしながら”明東大学”を現役入学、4年で卒業した”レイレイ”は才女であることは間違いない・・・と今日までは思ってきていた。
”レイレイ”が、少しオレの話に乗ってきたので、何気なく、オレが疑問に思っていることを小出しに聞いてみた。先ずは、「なぜこの店にいるのか?」だ。
「ここ?あそこにいるママ、ベトナムのお母さんなんだ。」と言うと、”レイレイ”は、店の奥にあるカウンターにいる女性を指さした。さっき、”レイレイ”が飲んで荒れていた時に宥めていた女性だ。50前位の清楚な女性である。
「名前は、亜香里さんだよ。勿論、日本人です!」
そう”レイレイ”がオレに紹介すると、亜香里さんはオレの元に缶ビールを持って来てくれた。
「さっきは、お騒がせしました。麗ちゃんを慰めてくれたんで、”3・3・3”一本サービス!」
「いや、慰めては・・・。でも、いいんですかあ?」とオレは言いつつ、既にビールの缶を開けていた。
”亜香里さん”、正式な名前は、”高宮グエン亜香里”。
”レイレイ”と出会ったのは、約一年前、”レイレイ”がホーチミンに”赴任”して直ぐの頃だそうだ。
ホーチミン市内で道に困って右往左往していた”レイレイ”に声を掛けたところからだと言う。
”亜香里さん”は、30年位前の学生時代、一人で東南アジアをバックパッカーとして旅をしていた。その時ホーチミンに寄った際、自分の不注意で荷物から現金まで全てを掏られてしまう。当方に暮れた”亜香里さん”が雨の中涙ながらに街を歩いていると、小さなベトナム料理店から偶々出てきたベトナム人男性に店に入るよう案内される。男性はその店の未だ見習いだったが、店の主人許可を貰い、”亜香里さん”の為に、フォー作ってくれた・・・。その男性こそが、”亜香里さん”の後の旦那さんとなる人だった。
バックパッカーの旅を終え数年後、紆余曲折があった中、”亜香里さん”は、その料理人の男性と結婚する為、再びホーチミンやってきた。そして更に数年後、旦那さんと二人でこの”大衆酒場”を開店させたそうだ。しかし、開店から一年も経たない間に、旦那さんは交通事故に合い、無念の死となってしました。
”亜香里さん”は、日本に帰国することも考えたが、旦那さんと作った店を継続したいと思い今日まで”オーナー兼ママ”としてこの店を存続させ、旦那さんの妹さんと妹さんの娘、息子がこの店を手伝っているとのことだ。
「ホーチミンでは、嫌って程、悪いことが起きるんだけどね。それに耐えると、今度はいい出会いがあるのよ。だから、麗ちゃんとの出会いも縁。まあ、大したことは出来ないけど話し相手にはなるようにしているわ。」と、”亜香里さん”は屈託も無い笑いでこう言った。
「そうね。でも私の場合、日本にいてもここにいても、なんか・・・ダメなんだよね。」と、”レイレイ”は下を向きながら呟いた。と、その直ぐ後、「まあね。中学の時にクワトロ・セゾンに入ってからなんだけどね。」と小さく笑いながら話し出した。
”レイレイ”の話は、中学1年の時にクワトロ・セゾン第1期生のオーデションを受けた所から始まった。
小学生時代から、ダンスを含めた体育は誰にも負けたことが無く、また、成績優秀な子でもあったという。
「友達のお母さんが、その友達をオーデションに出したかったんだけど、その子が引っ込み思案で。で、『麗香ちゃんも一緒に受けて』って、私のお母さんを説得したんだよね。私はどうでも良かったんだけど。へへ。」
オレは”レイレイ”のオタだ。なので、この話はある程度までは知っている。元々、”友達の付き添い”程度の感覚だったが、書類選考、1次ダンス予選。ここで彼女の友達は落選した。その後、”どうせなら程度”で受け続け、2次予選、3次予選、そして本選まで行って仕舞、最終的に輝かしい”クワトロ・セゾン第1期生”24人の1人となったのだ。
「ほかの子はさ、『絶対アイドルになって有名になる!』って言う人ばかりだったんだよね。私は何でこの中にいるのかも疑問だったし、アイドルをやろうとも思っていなかったんだよ。」
この発想だ。この発想がオレを含む数少ない彼女のオタが、もどかしい思いをしてきた。
「だってさ。”中学時代の思い出作り”って感じで、1年で辞めようと思ってたんだよね。それがさ、運営から、やれ『2期生の面倒を見てくれ』だの、『誰々はトップなれる子だから、お前がきっちり指導しろ!』とかさ。色々言われているうちに、時間がドンドン経って・・・。」
この話も、オタの間で聞いたことがある。しかし、本人から直接聞くと「オレの10年、返してほしい。」と、”レイレイ”に面と向かって言いたくなるが、我慢をした。
「握手会はさあ、結構色々な人と会えるし、話せるから嫌じゃなかったんだよね。嫌だったのは、”総選挙”。年1回、”総選挙”の時期だけは本当に憂鬱だったよ。」
そうだろう。何しろQSの9年間ずっと”ランク外”だった。これはQS一期生では”レイレイ”だけだ。確かにオレ達”推し”の力不足もあったと思う。そこは、”レイレイ”に申し訳ないと思っている。
しかしだ。「兎に角さ、人と比べられるのが嫌なのよ。私はさ、歌とダンスが出来れば、後はどうでもいいの。人気なんか必要なかったし、早く辞めたかったの!」と、あっけらかんと”レイレイ”が、しかもビールをジョッキーで飲みながら言われると、長年彼女の”大ファン”で大枚をつぎ込んできた、現在60近いオヤジからすると、とても空しくなってくる。
「でもさ、”レイレイ”は努力家だよね。QSを辞めなくても、高校も進学校、大学もオレが言うのも可笑しいけど、”一流私大”だもんな。尊敬しているよ。」と、気を取り直して、オレは彼女を褒めた。
「不人気故に出来たこと。」と、ジョッキーを持ちながら笑ってそう言った。
そしてオレは肝心な話を徐々に触れることにした。
「運営はさ。ベトナム移籍は最初から”レイレイ”って決めてたの?」
「違うわ。最初は”カスミン”に決まってたわ。」
”カスミン”。クワトロ・セゾンでは”レイレイ”の後輩の2期生、本名、橋本佳澄美。
”レイレイ”が可愛がってた後輩メンバーの一人だ。ただ”カスミン”は、”レイレイ”とは違い人気メンバーだった。総選挙でも数年前までは、常に”ベスト5”に入るメンバーだったが、昨年、”レイレイ”がベトナム移籍すると同時に”カスミン”はクワトロ・セゾンから卒業した。
「やっぱり、”カスミン”はベトナムに行きたくなくて卒業までしたの?」
「違うのよ。”カガユウ”は当然知っているわよね?加賀谷優実。タイ・バンコクのQSTに移籍した子。」
「勿論だよ。”カガユウ”が何で関係あるの?」
「元々さ。この2人がとんでもなく仲が悪くてね。」
「えっ、ってか、この2人って・・・。同期だし、両方とも”レイレイ育て”の優等生だったし、2人でグラビアやDUOでシングル出したりしてたじゃない。双方のオタともそれを尊重して友好関係が強かったんだけど・・・。」
「演出よ。そう見せるのが、運営、現場マネージャー、そして身近なポジションの私にとってホントに大変だったわ。」
いきなり”レイレイ”の口から衝撃的な話が出てきた。そして、唖然としたオレに対し、”レイレイ”はダラダラと真実を話していく。ただ酔っていることもあり脈絡が無い長い話のだが大体で要約すると、
今から3年前、”カガユウ”こと加賀谷優実はタイ・バンコクに出来たクワトロ・セゾン最初の海外姉妹グループQSTに移籍した。”カガユウ”は人気メンバーだったが、総選挙ではいつも10位前後をウロウロしていたメンバーだった。”カガユウ”は”カスミン”とは普段は口も利かない仲であり、運営から”カスミン”と”セット売り”させられ、しかも自分の方が人気が劣る為、”カガユウ”自身コンビを早く解消してほしいと運営に何度も嘆願していたそうだ。しかし、運営からすると”売れるコンビ”である為、簡単には解消など出来ない。そんななか、3年前、QSTの話が出たと同時に”カガユウ”はバンコク行きを志願したそうだ。当時、”カガユウ”も”カスミン”も二十歳になり、人気にも陰りが出だしたころだった。
「この時はさ。なんていうか・・・。もう、みんなの思惑があったんで”カガユウ”のQST行きは直ぐに決まったのよね・・・。で、結果も良かったのよ。タイでは”国民的グループ”なっちゃたんだもん。」と”レイレイ”は語る。
タイで”カガユウ”が人気が出たことは、オレもよく知っている。日本のメディアでも何回も取り上げられていた。
「そこで運営さんは次を考えたわけよ。それがココ。」と”レイレイ”は飲み台の机を指さす。
「二匹目のドジョウは、ベトナム・ホーチミンにいる!」と勝手に思ったクワトロ・セゾンの運営は、プロジェクトをスタートし、QST同様、クワトロ・セゾンのメンバーを一人移籍することを考えた。そして、白羽の矢は”カスミン”に当たった。
「その話が出て、直ぐに”カスミン”は拒否したわ。『あの女と同じことなんてしないから!』と言い切ったのよ。」
結局、そのことで揉めて、”カスミン”は卒業となったそうだ。
「まあ、そんなわけで・・・。『じゃあ、誰が行くの?』って話になって・・・。そこから私に決まるまでがまた・・・。」
と、”レイレイ”の話を聞き入っていたオレだが、ふと腕時計に目を落すと既に午前0時をとっくに回っていた。そこでオレは、
「亜香里さん、店は未だ大丈夫ですか?」と、亜香里さんに聞くと、”レイレイ”次第で構わないと言われ、”レイレイ”も、「明日の仕事は夕方だし、今夜は楽しいから色々話しちゃうよ!」なんて言い出した。
推しメンがそういうなら、オレも勿論、
「亜香里さん、”レイレイ”と同じジョッキーで生ビール。あっ、氷はいいや!」
「ここでは、氷入れるのが旨いの。郷に入っては郷に従えで試してみたら。」と、”レイレイ”に言われ、喜んで”氷入りジョッキー・ビール”をこの後、しこたま飲んだ。
蒸し暑く、ビールだけが頼りの夜となっていた。




