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大声ダイナマイト

「みなさん!こんばんわー。笑顔と礼儀を大事にしている”レイレイ”こと副島麗香です!」


QSVの4人が2曲歌い終わったところで、一人一人の自己紹介が始まった。わが愛しの”レイレイ”は、4人目最後である。出だしは日本時代同様、”定番”の自己紹介を日本語で始めたが、途中からベトナム語での挨拶となった。何を言っているかは全く解らなかったが、地元・ベトナムのお客さんから、時折、爆笑と大きな拍手が沸いていてた。ステージ終了後、長くホーチミンの駐在している同期だった北島に聞いたが、”レイレイ”のベトナム語はかなり流暢で一般会話もかなり出来るレベルだろうと言っていた。


自己紹介終了後、また新たな曲が続く。全ての曲がオレが知っている数年前の日本のクワトロ・セゾンの曲であり、そのベトナム語バージョンである。そういうこともあり、詩が判らなくても楽しみ方は日本と変わらない、そして、”レイレイ”のダンスが、かつて日本でパフォーマンスしていた頃の彼女とオーバーラップしていた。

最後に披露された新曲は、日本では4‐5年前の曲だったが、QSVのベトナム語バージョンは物凄く新鮮だった。4人であってもセンターではなかった”レイレイ”だが、日本時代以上に生き生きしていたように見えた。


「握手・・・。いいの?」

「いいですよ。ここは大丈夫です!」

これが1年半前、”レイレイ”が日本で最後に握手会を行って以来、オレがやっと出来た彼女との会話だ。

ステージがハケた後にある出場メンバーの”お見送りタイム”でのことだ。日本のクワトロ・セゾンでの”お見送りタイム”では握手はご法度。しかもだ、今まで”レイレイ”と会話できたのは握手会での数秒のみ。彼女との握手、会話がしたいがため、オレはクワトロ・セゾンが新曲を出すたびCDを買いまくり、握手応募券を苦労の末得ていたのだ。

それが、それが、ここベトナムでは”超”付くほどの”神対応”だ。

「オレのこと覚えているかな?」

「覚えてますよ。握手会に何回も来て頂けましたよね。ただ、ごめんなさい。お名前までは。」

いいんだよ”レイレイ”。オレの名前なんか憶えていなくても。そう、この”オッサン”を覚えて貰っただけでオレは嬉しいんだよ!と、言いたかったが、実際には彼女の柔らかいを手を握っていることしかできなかった。

そんな夢のような”ほんの一瞬”が終わったオレは、今回のベトナム滞在の全てに満足しようとしていた。そう、この”レイレイ”との握手と会話がメイン・イベントであることが目的なのだから。


ところが、”夢のような一瞬”が終わったその直後、オレは信じられない状況となる。


「東海トレーディングの北島さん・・・?ですよね?」と、オレの次に”お見送り”を受けていた北島へ”レイレイ”が声を掛けた。

「北島ですが、どこかでお会いしましたっけ?」

「あの・・・。ハーンさん、いや、メグさんご存じですよね?」

「メグさん・・・って。」と少しの間、北島が考える。そして・・・。

「あのメグって、僕の秘書のメグさんのこと?」

「そうです!ハーン・メグさん。あの、実は・・・。この子」と”レイレイ”は言い、となり居る最年少メンバーの”モチ”を指さした。

「この子のお姉さんがメグさんなんですよ。」と、”レイレイ”が言うと、”モチ”が日本語で、

「ハイ、メグハ、オネエチャンデス。ヨロシクオネガイシマス。」

「えっ、そうなの?メグさんの妹さんなんだ。いやなんか、奇遇だなあ。」と、北島が返した。

「いいえ、それほど奇遇じゃないと思いますよ。北島さんは、ホーチミン日本人会の今年の新年会でスピーチされていましたよね。あの時、”モチ”と一緒で、”モチ”から『お姉ちゃんの偉い人』って聞いていました。”メグ”さんは”モチ”にとって『憧れのお姉ちゃん』なんです。なので、その上司の方だと知ったので、北島さんのことは存じ上げていました。」と、ニコニコしながら、”レイレイ”は北島の目を見て話しかけていた。

「いや、そうなんだ。メグさんも早く言ってくれればいいのに。」と、北島は照れながら”レイレイ”に向かって返事をしていた。


「そう、それは良かった繋がりがあって・・・。」と、オレは最初軽く喜んだ。

しかし、その後「ん?チョット待て、なんなんだ、この状況は?」と、気付く。


オレは、”レイレイ”に会いにはるばる日本からここベトナム・ホーチミンまでやってきた。

そしてオレは、この”レイレイ”の存在があったからこそ、会社を辞めた。

今少し前、オレは”レイレイ”に対し緊張しながら話をした。そうそれは、アイドルと推しオタとの”当然の関係”であり、プライベートを接することがないルールの上に成り立っているからなのだ。


それがだ。今、オレの前で”レイレイ”と親し気に話している男がいる。この男は、オレの長年の知り合いであり友人でもある同じ年齢の男だ、確かにオレより遥かにエリートではあるが、今日の今日まで”レイレイ”のことを何一つ知らない奴だ。

そんな奴がだ、10年間必死に推してきたオレを差し置いて”レイレイ”と談笑している。

しかも、オレは”モチ”も含めた3人の話から完全な”蚊帳の外”となっている。

「納得いかねえ。」と嫉妬ともに小さく呟いたが、周りの雰囲気から、とても人に聞こえるようには言えず。何気にオレに気付いた”レイレイ”に愛想笑いをするしかなかった。


「いやあ、縁って不思議なもんだよな。矢吹が来なければ、メグの妹がアイドルやっているなんて知らなかったもんなあ。」と、既に日本ブランドの生ビールを2杯ほど飲んだ北島が、気分良さそうにオレに話しかけてくる。


QSVのステージが全て終わり、オレと北島は”QSV劇場”を後にした。北島が会社事務所に車を返し終わるのをオレはホテルで待ち、その後、戻ってきた北島とホテルの近くにある日本式の居酒屋で久しぶりに2人で夕食を共にした。というか・・・、刺しで飲んだ。約10年ぶりだ、北島がベトナムに転勤が決まった時の送別会の後、夜中まで飲んだのが2人では最後だったはずだ。なので、本来なら懐かしさと嬉しさで気持ちも入り、飲むペースも上がるはずだが、北島とオレのペースは全く違った。


「おい、元気ないな。どうしたんだよ。」

「別に。」

「麗香ちゃんに会えて、気持ちが一杯かあ?」と、北島は冗談で突っ込んでくる。

オレとしては、正直、北島が”レイレイ”と馴れ馴れしくしていたことに、この上なく気分が悪い・・・が、今回色々と世話になっている北島だ。明日の土曜日、そしてオレが日本へ帰る明後日日曜日まで、オレの為に時間を割いてくれている。明日もホーチミン郊外を観光させて貰うことになっている。大人げないことはさすがに出来ない。なので、話題を変えた。

「ところで、カミさんと娘さんは元気なのかよ。」

「ああ、元気だ。もう10年位ここに住んでいるからな。年中暑いのはキツイけど、物価も安いし生活もしやすいから、2人とも日本に帰りたがらないよ。」と北島は笑った。

「そう言えば、娘さんって・・・。もう高校生ぐらいか?」

「ああ、日本だったら高校2年生だ。今はこっちのインターナショナルスクールに通っているよ。」

「そうかあ。早いもんだ。」

「だな。考えてみれば、秘書のメグ君もそうだが、さっきの麗香ちゃんも24って言ってたな。あんまり娘と変わらないな。まあ、娘はダンスは駄目だから話にはならないけど。」

オレからすると、北島が嫌味でオレが全く成長が無いような言い方をしているようにも聞こえたが、それはオレの思い違いだと考えることにした。なので、その後、北島がオレに対して何かを話していたが、内容は全く覚えていない。オレはただ、ニコニコすることに徹していた。


「じゃあ、明日朝9時にホテルに行くから、フロントで待っててくれよ。遅刻は許さんから。」と北島は笑ってオレと握手をした。居酒屋を終え、店から出てきたところだ。オレは一人でホーチミンの夜を楽しみたいと伝えていた。「慣れてないと結構危ない街だぜ。ここは。」と北島は言い、その場から去っていった。


今日ホーチミンに着いて、短い時間だったが色々あった。

北島に会え、”レイレイ”にも会えた。ただ、疑問が残ることがある。それはQSVのことだ。日本で聞いていた”専用劇場の規模”、そして”メンバー数”がどうも本当ではないもののようだ。北島は、「これが現実だ。」と言っていたが、何故、日本での報道と異なるのか?そう思い、ホーチミンの夜の繁華街をフラフラ歩いていた。そして、暫くすると右手に路地があった。狭い路地だが、少し行ったところに灯りが見えた。

オレは、その”灯り”へ何も考えず、吸い込まれるように向かって行った。


その”灯り”は、ホーチミンによくあるベトナム大衆向けの”酒場”だった。

オレは、其の儘店に入り、当然日本語の出来ない店員に、地元のビールである”3・3・3(バー・バー・バー)を指3本で何とか頼んだ。このビールは割と濃い口でオレには合う。以前、日本で行われたベトナム・フェスティバルで知ったビールだ。缶の”3・3・3”をその店員がオレの注文から数秒のうちに、オレのところへ運んできた。そして、オレが自分で缶を開けた瞬間、大声が聞こえた。

「日本語だ。」と解った。取り敢えず、ビールを一口飲む。

その日本語を注意深く聞くと、非常に下品なしゃべり方をする女性の声だった。

「余り、からまない方が良いな。」と最初は、とっさに思い、自分は日本語が判らないようなふりをし、前にあるビールを取りチビチビ飲み始め、聞き耳だけをたてていた。


「だから、やってられないの!」

「今夜は飲みすぎじゃない?それに、やっぱり少し、休んだら。」

「なんで!今まで一生懸命、真面目に休まずやってきたのよ。どうしてこうなるのよ!」


大声で騒いでいるのは、20代ぐらいの日本人女性だろうか?そして、それを宥めているのはその子の母親?そんな感じの会話だ。

やはり、外国の地で自分の母国語で騒がれていると、仕事は無能のだったオレでも何とかしなければ、という気になる。そして、恐る恐るその声の主たちの方へ視線を送ってみる・・・。

「ん?何かの間違いか・・・。ベトナムの暑さで頭だけではなく目も悪くなったのか・・・。」

と、独り言で自問自答していたが、いやそうではない。オレの見ているものは間違ってないと確信した瞬間、オレも大声を出した。


「レイレイ!」

「あっ、さっきの”北島さんのお友達”!」


オレは、もう錯乱状態だ。今、何故こんなことが起こっているのか・・・。

しかも、10年間推しメンである愛しの”レイレイ”になんで、”北島さんのお友達”としか認識されないのか?


この後のオレは、”ホーチミンの長い夜”に流されることとなった。


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