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君は”レイレイ”

久しぶりに小説やってみます。還暦近いダメ男とダメ・アイドルのお話。

作成中、色々変更しながら進むと思いますので、お手柔らかにお願いします。(笑)


梅雨入りした6月初旬のとある深夜。

オレは、羽田空港の国際線出発ロビーにいた。

「やっと、会いに行ける。」心でそう呟いたオレは、明朝着くベトナム・ホーチミンへの思いにはせ強い昂りを感じていた。


オレの名前は、矢吹宏樹(やぶきひろき)、58歳、独身。

ほんの少し前まで、大手商社で営業係長をしていたが、熱く持った自分の夢のために、30年以上務めた職場を辞めた。


別に構わない。長い期間平社員と主任であったオレは、50歳になるとき、会社の情けで係長に昇進した。真っ当な仕事があるわけではなく、”永遠の閑職者”で迎える定年が目に見えていた。

だから、誰も引き留めることなく、何の重みもなく、退職の日を迎えることが出来た。


熱く持った自分の夢・・・。それは、退職金も含め、貯めた金全てで、”アイドルをトコトン追求すること”。


オレは10年前、”クワトロ・セゾン”と言う女性アイドルグループに興味を持った。”クワトロ・セゾン”はこの10年の間で国民的グループになっている。オレはグループの結成時、まだ殆ど客のいないショッピングセンターで行われた無料コンサートにも通った筋金入りの”オタ”だ。


そしてオレは、結成時1期生としてグループに参加し、後に4つあるチームの一つ”チーム・プランタン”の副キャプテンまで昇格した、副島麗香(そえじまれいか)、愛称”レイレイ”を推しメンとして支えてきた・・・つもりだ。


何しろオレはこの10年間、”レイレイ”が関わること全てに金を賭けてきた。

握手会、ツーショット写真会、動画ライブサイト、そして総選挙。

事あるごとCDを”大人買い”し、動画サイトには1万円単位で課金し続け、劇場から大型ステージまで彼女出演のコンサートは、彼女の勝負カラーである”黄緑色のサイリウムライト”を持って応援をし続けてきた。


しかし、オレの思いと世間がレイレイに思う気持ちにはズレがあった。

レイレイは、そのどのイベントに於いても結果が出せなかった。握手会・ツーショット写真会の彼女のブースはいつも閑古鳥が鳴き続け、彼女個人の動画ライブサイト参加者は人気メンバーの半分以下。極めつけは、総選挙。1期生で”唯一”毎年ランク外。

確かに”レイレイ”は美人と言われるタイプではないが愛嬌があり、可愛さもそれなりにある。身長155㎝、痩せても太ってもいないし、MCだってそれなりこなせる。ただ、他のメンバーとの比較となると、それ以上でもそれ以下でも無い”普通過ぎる”ことがマイナスに働いてしまっていたのかもしれない。


だが、その人気度とは裏腹に、彼女のダンス力は他のメンバーを圧倒していた。初期の劇場公演で、予定のキャストだった人気メンバーが開演直前のリハーサルで骨折。急遽、代役に彼女がなったことをオレは忘れもしない。当時、未だ中学生だった”レイレイ”だが、ノーリハーサルで迎えた本番を完璧を超えるダンスで乗り切り、骨折した人気メンバーよりキレのあるステージにしたのだ。

そしてその時、オレは”レイレイ”を永遠の推しメンと決めたのである。


そんな”レイレイ”のことを”数少ない”我々推しオタ達は、当然のことながらハラハラしながら応援していた。

何しろ、人気が低空飛行を続けるため、いつ運営側から解雇されてもおかしく無い状態だ。特に毎年1回の総選挙。惨敗繰り返す唯一のメンバーであり、総選挙終了後は、”卒業”、”辞退”、”解雇”の文字が彼女のオタで作るSNS上で毎年恒例の”祭り”となって踊っていた。

ただ・・・。当の本人は余り深刻には考えてなかったようだ。”レイレイ”より2,3期下の後輩が総選挙でトップ5に入った際、その後輩がインタビューで「レイレイ先輩のダンスを見習ったことが結果に繋がりました。レイレイ先輩有難う!」と叫んだことがある、その時”レイレイ”は、得意げにジャンプし、最高の笑顔を見せてくれた。


ダンスだけに助けられたアイドルらしくない、人の良い子なのだ。

それはそれで、応援し甲斐がある・・・。と思い、長年彼女へ日々”投資”繰り返してきたオレだ。


しかし!恐れていたことが推しメン丸9年の去年突然やってきた。


”クワトロ・セゾン/チームプランタン副キャプテン・副島麗香、ベトナム・ホーチミンで新結成される姉妹グループ、クワトロ・セゾンVへ完全移籍”


扱いがとても小さかった。サイトニュースでもトップではなく、”カテゴリー・アイドル”の下部に気持ち程度載せて”貰ったような”記事だった。それはそれとして、兎に角、オレは先ずショックを受けたが、直ぐに気持ちを変えた。


「レイレイ、9年間苦しかっただろうけどよく頑張ったね。人気があっても早い時期に解雇されたメンバーからすれば、レイレイ、君はある意味立派な”定年退職”。しかも、定年後は海外の子会社へ出向だよ。これはサラリーマンにしたら、相当なエリートだ。オレなんか出来ない。おめでとう!オレはこれからもレイレイのオタで居続けます!」と、自室に貼った他メンバー5人と一緒に写ったレイレイのポスターに向かって、オレは小さく呟いたのであった。


あれから、一年。オレは今、”レイレイ”の生パフォーマンスが観られるホーチミンへ向かっている。

深夜のフライト、真っ暗な窓の外に輝く、翼の先端にある赤く点滅するランプが、オレが決断するに至った日々を走馬灯のように思い出させる。


「お前は一体何を考えて60年近く生きてきたんだ。呆れるよ、全く。」と、同期入社し現在、既に孫までいる上司の部長に”退職願”を出した際言われた。


「100歩譲って退職してアイドルの追っかけは良いとしましょう。でも、貯金なんか直ぐに無くなりますよ。この先、年金なんかも期待できないしどうやって生きていくんですか?浅はか過ぎますよ、先輩。」と、大学の後輩である他部の課長にも諭された。


「いいんだ、仕事なんて・・・。 オレに守るものはオレしかないんだ。この先なんて、どうにでも生きてやるよ!」と、強い意志を心の中で小さく呟き、目を閉じた。


約6時間のフライトが終わる頃、遠くから朝日が見えてきた。

もうすぐ”オレの天使が住む夢の街ホーチミン”に降り立つ。

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