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転移

新年明けましておめでとうございます!

今年度もよろしくお願い致します!


カクヨムにて同じ内容で連載をしております。



 ──こ、ここは?


 電車の通りすぎる音、車が走る轟音。子どもの声、隣の家から聞こえる罵声、学校のチャイム。そのどれもが聞こえない、静かな場所で。

 細身の少年は意識を覚醒させた。

 重い瞼を持ち上げる。そこには透き通るほどの蒼穹が広がっている。すぐ近くにあるような、 永遠の果てにあるような、遠近感すらも狂わせてしまうほどの透明度に少年は思わずため息を零す。


「これが空なのか?」


 空なんて、子どもの頃から幾度もなく見てきたもののはずだ。しかし少年は、瞳に映る空に感動を覚えた。それほどまでに、美しい蒼穹そらなのだ。

 蒼穹に見とれていた時、不意に耳にザッという音が届いた。空を見上げていた少年は辺りを見渡して警戒態勢をとる。


 ──なんだ?


 左右を見渡す。どうやら少年は短い青草が生えた草原のような所にいるようだ。

 少年の立っている所から右側には大きな石壁の囲いが見受けられる。石壁は背が高く、少年の立っているところからは中の様子などは一切見えない。

 しかし音は止むことなく、段々と近づいてくる。聞こえてくるのは左側からだ。

 少年は足元に目をやり、スニーカーを履いていることを確認する。


「いざとなれば逃げるしかない」


 ここがどこかも分からない少年が、元いた場所から無闇やたらと動くことは得策とは言えない。だが、見知らぬ脅威によって存在を消されるようなことがあるよりは幾分もいいだろう。


「兄ちゃん、見慣れねぇ格好だけどどっから来たんだ?」


 しかし声は、少年が相手を目視出来る距離に来る前に掛けられた。恐怖は残るが、相手が人間であることは理解できた。


 ──なんだ、人間か。


 少年は安堵を覚えたが、その言葉に直ぐに返事をするほど危機管理が薄い人間ではなかった。


「ん? 言葉わかんねぇーか?」


 声の主は返事がないことに疑問を覚え、再度言葉を投げかける。


「いや、聞こえてる」


 ここで無視を決め込み、あとからトラブルになるのはもっと面倒くさい。そう考えた少年は返事をする。


「それはよかった」


 嗄れた声を上げた者の姿が少年の視界に映る。焦げ茶色の髭を無造作に生やした老年の爺さんだ。頭の毛はほとんどなく、毛の養分は髭にいってるらしい。

 少年の格好を変と言った爺さんは、麻のボロきれを服にかたどりそれを身につけているといった感じだ。


「おじさんは?」


 警戒心を欠片も解くことなく少年は訊く。


「ワシか? ワシはサーソンだ」


「サーソン……」


 日本ではあまり聞きなれない名前に、少年は訝しげな顔をする。


「そうじゃ。ほら、あそこに街が見えてるだろ? あそこに住んどるんじゃ」


「あれ街だったのか」


 石の外壁は高く、コータにはその中がどうなっているのか皆目分からなかった。


「街に決まってるだろ。おかしなことをいうやつだな」


 そんな少年に不審な視線を向けるサーソン。


「すいません。俺、気がついたらここにいて」


「気がついたらって、大陸の極東だぞ?」


 サーソンは目を丸くし、少年をマジマジと見る。


「変な格好はもちろんだが、畑仕事や猟をやってるような手じゃねぇーな」


「えぇ、まぁ。そんなことは手伝いでもしたことはないですね」


 現代日本にいて畑仕事を手伝うのは田舎に住んでいるものぐらいだろう。ましてや、猟などやったことある人の方が珍しいほどだろう。


「なんと! それじゃあ貴族様か何かですか?」


「貴族? 普通の一般人ですけど」


「お名前の方は?」


 少年の言葉だけでは信用出来ないらしく、サーソンは少年に名を求める。


「俺は細井幸太《ほそい-こうた》ですけど」


「ホソイ・コータさんですか。珍しい名前ですね」


 初めのような砕けた話し方では無いが、サーソンの知る貴族にコータのような名前はないのだろう。態度がどこか軽くなった。


「珍しいですか?」


「ワシらは聞いた事ないですな」


「そうか」


 適当に相槌を打ったコータは、周囲の様子、眼前にいるサーソンの言葉を受けここが日本ではないこと思い知る。


 * * * *


 コータは何の変哲もない、特筆することのない普通の男子高校生だ。少し目にかかる程の前髪を左右に流し、全体的に清潔感があるようにまとめられた黒髪。髪と同色の瞳は少し垂れ気味でやる気が感じられるものでは無い。


 そんなコータは明日から夏休みということで、クラスメイトと会うことが無くなる。だから同じクラスで、学校のアイドルと言っても過言ではない東雲瑞希《しののめ-みずき》に告白しようと心に決めた。


 その日の夜、コータはコンビニへと向かった。理由は本当に単純。お腹が空いたからだ。


 財布を持ち、スマホにイヤフォンを繋ぎ音楽を聴きながら近所のコンビニへと向かう途中、コータは謎の音を聞いた。抑揚のない一本調子の音は、イヤフォンをしているにも関わらず耳に届いた。不思議に思い、イヤフォンを取ったその瞬間、コータの意識は失われた。


 * * * *


 ──簡単に言えばそうだ。俺はコンビニへ行こうとして、この訳の分からない場所に来たんだ。あぁ、思い出したら腹減ってきたし、明日学校あるし……。


「ここは一体どこなんですか?」


「ん? 記憶喪失とかいうやつか?」


「記憶ならバッチリありますよ。俺は細井幸太で、高校3年、日本出身です」


「コーコー3年とか、ニホンとかよくわからんが、ここはハードリアスだぞ?」


「……異世界ってやつなのか?」


 場所を聞いたコータはため息を零しながら呟く。コータの知る中でハードリアスなんて地名が日本にあるわけが無い。


「イセカイ? ってことは、コータは違う世界から来たということか?」


「知らない。でも、多分そういうことになるかも」


 自分の置かれている状況を整理し、これからどうやって日本に戻るかを考えなければならないコータにとって、少し興奮気味で話しかけてくるサーソンは鬱陶しい存在でしかない。


「ならちょっとこい」


 サーソンは腕を組み、今後を考えているコータの腕を掴み歩き出す。後ろ歩き状態で引っ張られるコータは「え、あっ、ちょっと!」と声をあげた。


 しかし、サーソンはそれを聞き入れることは無くコータを石の外壁に囲まれた街まで連れていった。



「ここは?」


 コータは街の中を見て思わず声を洩らした。検問をしている衛兵には、サーソンが何か説明すれば直ぐに通ることが出来た。これから先、日本に帰る為にもとりあえず生活できる環境を確保することが課題になる。その第一歩として街に入れたのは大きい。


「ソソケットという人族の持つ領地で2番目に栄えている街じゃ」


 サーソンは背中に担いでいた縄状のカゴを下ろしながら説明する。


「人族ってことはほかの種族もいるってこと?」


「居るっちゃいるが、正直ほとんど関わりはないな」


 友好的な種族はいないってことか。コータは胸中でそう吐露する。


「転生者は過去にいたと聞くが、転移者まで本当にいるなんてな」


「俺だけじゃないんですか?」


「あぁ。だが、王都に現れるはずなんだが」


「どうしてか俺はここにいるってことか」


「まぁ、そうじゃな」


 何から何まで不思議な存在であるコータに、愛想笑いを浮かべるサーソンは、カゴの中から石ころを三つほど取り出す。


「今日会ったのは何かの縁じゃ。その魔鉄石まてっせきをやるから」


「魔鉄石?」


 サーソンから受け取ったのは、漆黒の石。探せばどこかに落ちてそうな、貴重性の見受けられないそれを怪しむ声を出す。


「そうじゃ。魔力増強や魔法道具生成に役立ったりするんだ」


「魔法なんてあるんですか?」


 フィクションの中での存在である魔法。それがあるかのような発言をするサーソンに驚きを隠せないコータ。


「あるに決まっとるじゃろ」


 魔法があることが常識だと思っているサーソンにとっては、コータの驚きが理解出来ない様子だ。


「そ、そうですか」


「うむ。ということで、換金に行ってくる」


「換金ですか?」


「当たり前だろ。ワシがこれを持っとったところでなんの価値もないんじゃからな」


 そう告げたサーソンについて行く。たどり着いたのは、ミセラス製鉄所だった。

 入ってきた門から真っ直ぐ北へと進んだところにある木組みの建物で、製鉄所感はあまり感じられない。


「いらっしゃい」


 中へと入ると、製鉄所とはミスマッチの可愛らしい声が耳に届いた。


「ミセラスちゃん、いつものなんだが」


「あ、はい! 換金ですね!」


 店の奥から聞こえてくる元気な声。それからすぐにバタバタバタと駆けるような音がした。店頭に姿を表したのはピンク色の髪をツインテールにした八歳程度の女の子だ。


「この子は店員さん?」


「店員というか店主だぞ?」


「嘘!?」


 ──八歳で店主だなんて……。異世界、コワイ。


「うぅ、失礼なこと思っちゃってるでしょ?」


 何度見ても十歳にも見えないミセラスは、髪と同色の大きく丸い瞳でコータを覗く。


「そんなことは……」


「って、サーソンさん。このお兄さんは誰かな?」


「あぁ、こいつはさっき森であったやつだ」


「へぇー、そうなんですか! ということは発掘師とかだったり?」


「発掘師?」


「あれ、違いますか?」


 聞き慣れない単語を復唱したコータに、サーソンは厳しい目を向け、


「こいつも発掘師だ」


 と告げた。


「やっぱりそうですよね! いやぁ、否定されるから驚きましたよー」


「す、すいません」


 どういうわけか分からないが、合わせた方がいいと判断したコータはサーソンさんの調子に合わせる。


「本題なんだが、これと、こいつの持ってる魔鉄石の換金を頼む」


「りょーかい致しましたー!」


 元気ハツラツという言葉がぴったり合うと思われるテンションでそう告げたミセラスは、預かった魔鉄石を持って奥の部屋へと戻っていく。


「何歳に見える?」


「ミセラスさんですか?」


「それはそうだろ。ワシの歳を聞いても誰も得しないだろ」


「それはそうですけど。ミセラスさんは見た目的には八歳くらいかなって」


「だろうな。だが、ミセラスちゃんはもうちょいでみそ──いてっ!」


 ミセラスの歳を言おうとしたサーソンに、トンカチが飛んでくる。


「こらぁ! またまた失礼なことしてるでしょ?」


「してないって」


「いや、ぜっーたいしてた!」


 薄青色のつなぎを着たミセラスが奥からトンカチを拾いにやってくる。


「してないですよ?」


 このまま黙っていれば、いずれは自分にも火の粉が降り注ぐような気がする。そう考えたコータは、引き攣った笑顔でそう答える。


「ほんとに?」


「ほんとにほんとだってば」


 それに乗っかるサーソン。


「今は信じてあげる」


 口ではそう言いつつも、表情には信じるのしの字もないのが明らかだった。


「ところで発掘師ってなんなんですか?」


 ミセラスが奥に戻ったのを確認してからコータはサーソンに訊く。


「ここから西にあるソソケット森林の南の方で取れる魔鉄石を掘る職業のことじゃ。キツい仕事のわりに給料は今から貰える換金額だけで、割に合わねぇって言われるてる職業だ」


「そうなんですか」


 ブラックだな。絶対就職したくねぇよ。

 胸中でそう思いながら、コータは「どうして発掘師になったのですか?」と訊く。


「ワシだってなりたくてなったわけじゃない。冒険者になりたかったさ。でも、適正テストに落ちたんだ。で、仕方なくじゃ」


「冒険者、ですか」


「そうじゃ。冒険者ギルドに所属して日々の金を稼ぐって感じだ」


「発掘師と似てますね」


「まぁ、似てるが貰える額と命の掛け具合が全然違う」


 サーソンがそう言ったところで、ミセラスが奥から出てくる。


「いつもいつもご苦労さまですっ。えっと、そっちのお兄さんは……」


「幸太です」


「コータさんね。コータさんもこれから換金する時は私のところにきてね」


「は、はぁ」


 発掘師になるつもりもないのだけど、などと思いながらも適当な相槌を打つコータ。それを見抜いたのか、ミセラスは「何かあれば、でいいよ」と加える。


 店を構えているだけある。人を見抜く目は相当のものだと思われる。


「はい、それじゃあこっちがサーソンさんの分で銀貨5枚と銅貨8枚ね」


「お、いつもよりちょっと多いな」


「奮発しちゃった」


「違うだろ。ワシが頑張ったんだろ」


「はいはい。せっかく私が可愛く言ってあげたのに」


「もうすぐさんじゅ──いてっ!」


 サーソンがミセラスの歳を口にしようとした瞬間、目にも止まらぬ速度でミセラスのチョップがサーソンの脳天に命中する。


「今なにか言った?」


「い、いいえ。言ってません」


「よろしい」


 小さい体で爺さんに偉そうにしている様子を傍から見ていたコータは思わず笑いが込み上げてくる。


「何が面白いの?」


 ミセラスの冷たい視線が飛んでくる。


「い、いえ。いつもこんな感じなのかなって」


「まぁ、そうかもね。後、はい。これが今日のお給金ね」


 そう言ってミセラスはコータに銀貨2枚と銅貨1枚を手渡した。


「たったこれだけって思うかもだけど、頑張ればきっと報われるから」


 コータは手のひらに乗った銀貨と銅貨に目を落とす。ミセラスは、コータの手に自分の手を重ね、銀貨と銅貨を握らせる。

 コータに触れたミセラスの手は、女性の手とは思えないほど硬く、薄汚れていた。


「ミセラスさんも頑張ってるんですね」


 コータは自然とそんなことを言っていた。その言葉に驚いたのか、ミセラスは幼い顔を赤く染めている。


「こんな手になるまでミセラスさんは仕事頑張ってるんですね」


「し、仕事なんだから普通だよ」


 ミセラスはそう言うが、コータが知るのは横領をしたりセクハラをしたりする人がいる日本の社会だ。そりゃあ日本の社会にも真面目に働いてる人も沢山いるだろう。しかし、それらはニュースに取り上げられることも無く、悪い大人達だけが取り上げられていた。それゆえ、コータの中では大人、特に権力のある大人は悪い人ばかりだと思っていたので店主という立場にありながら、真面目に仕事をするミセラスが尊敬に値する人物だと思った。


「普通のことを当たり前にこなすのがどれだけ難しいか」


 そんなコータの言葉を肯定するかのように、サーソンまでもがそんなことを言い出す。


「もぅ」


 年相応と言っていいのか分からないが、ミセラスは見た目相応の表情で照れる。


「んじゃ、ワシら行くわ」


「うん。また、ぜひよってね」


 その言葉を背に受け、コータとサーソンはミセラス製鉄所を出た。


「ワシは帰るが、コータは大丈夫か?」


「あぁ、たぶん大丈夫です」


 ポケットの中には財布が入っているのが感覚的に理解出来ていた。

 コータは財布の中に二千円以上入っていることを覚えていたため、簡単にそう答えることが出来た。


「それじゃあまた困ったことがあればなんでも訊いてくれ」


 サーソンは気さくな笑顔を浮かべ、コータに向けて手をあげた。

 コータはそれに応えるように軽く手を上げた。


 ミセラス製鉄所からさらに中心部へと進んだ所には、露店のような武具屋があったり青果店があったりする。その中の一つにホール宿舎という建物がある。

 この世界では木造建築が主であるようで、この建物も例外ではなく木造建築だ。


「宿屋っぽいよな」


 独りごち、コータはキィーと音を立てる扉を開ける。中にはコータの腰の高さ程はあるカウンターがあり、その奥には美しい女性が立っている。


「いらっしゃいませ。いつもお疲れ様です。本日はどのようなご要件でしょうか?」


 決まり文句のような定型文でコータに問いかける銀髪の美女。たわわに実った二つの果実がかなり目を引く。


「一泊したいのだけど」


「はい、それでしたら銀貨5枚ですね」


 わざとやっているだろうと思うほどあざとく大きな胸を揺らす受付嬢。


「こ、これじゃあダメか?」


 銀貨を2枚しか持っていないコータは少し焦りを見せながら、折りたたみの財布の中から千円札を2枚取り出す。


「これはなんですか?」


「日本のお金ですね」


「お金……のような価値は見受けられませんね。これはただの紙くずです」


 冷徹な視線を浴びせてくる美女受付嬢は、早く銀貨を、と言わんばかりにコータの顔を見る。


「お、俺、今日この世界に来たばかりで銀貨はまだ2枚しかなくて……」


 困ったコータは情に訴えかける方法に出る。しかし、そこは異世界と言えど受付嬢。そのようなもので動かされる情など持ち合わせていない。


「お金のない人に与える宿などありません」


 整った顔で無慈悲な言葉を放ち、コータは日の沈みかけたソソケットの街中に放り出される。


「俺、転生初日に野宿ってこと……?」


 コータの呟きは街を行き交う誰にも届くことは無く、ただ虚しく虚空に消えていったのだった。

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