お隣さんはだれ?
やあ、近所付き合いするのに必要不可欠というかなければならないものがお隣さんだ。
今のご時世、周りに全く人がいないなんてことは珍しいだろう?
と、ここで質問だ。
みんなのお隣さんはどんな関係だ?
挨拶を交わす程度の関係。会えば井戸端会議する関係。それ以上におかずのお裾分けをしあったりする関係。話したくない関係。少しでも関わりたくない関係。
色んな関係があるだろうけど、ちょっと俺の話を聞いてくれないか?
俺もマンションでお隣さんがいるんだが、どうにも不思議なお隣さんでな。
例えば、朝会って挨拶をする時「おはよう」じゃなくて「こんばんは」と言う。逆に夜会って挨拶をするなら「こんばんは」じゃなくて「おはよう」と言う。
例えば、時々ジッと周りの人を見て舌なめずりする。嘘じゃない、ちゃんと見たからな。
例えば、いつも目深にフードをかぶっていたり。
例えば…昔の写真と姿が変わっていなかったり。
挨拶のことは夜勤だとかだとこうなりやすいよなぁ、って思って流せた。フードのことも見られたくないって人いるよなぁ、と思って流せた。
でもだ、周りの人を見て舌なめずりするなんて怖いし、昔の写真と姿が変わっていないなんて単なるホラーじゃないか!
このあたりから俺はお隣さんが「人ならざる者」じゃないかって思い始めたんだ。いつもオカルトは信じないんだが、自分のすぐそばでオカルトじみたことがあれば信じるしかないだろ?
だから俺はオカルトを片っ端から調べた。調べていくと、どう考えても違うオカルトとか妖だとかのが多かったが一つだけこれじゃないか、と思うオカルトがあったんだ。
ーーヴァンパイア
俗に言う吸血鬼だな。これが一番似ていたんだ。夜行性だし、姿が変わらないなんて上位のオカルトの確率が高いだろ?
でも、俺は踏み込んではいけない領域に踏み込んでいた。調べて予想がついたからそれに対抗する方法や扱えないけど術だって調べた。そんなある日、遅くまで図書館にいて帰路についたのはもうどっぷりと日が暮れた頃だったんだ。早く帰らなきゃ人ならざる者が活発になるから、普段はしないんだが人気の無い公園を通って帰ろうとした。だが、いくら歩いても公園から出られない。歩いても歩いても同じ公園の景色が続くだけでちっとも出られやしない。
これはもうおかしいと思って走った。
いや、走ろうとした。でも走れなかった。なぜなら…。
「もう、美味しそうな人間がすぐ近くにいるのに肥えるまで待つなんてしなきゃよかったわ。だってあなた、私のこと気付いちゃったでしょう?」
声はいつも挨拶を交わす綺麗な声で、真っ暗な闇の中からカツ、カツ、とヒールの音がして、不満そうな声がした。その声は真っ直ぐ俺に向かっていて、俺は金縛りに遭ったのか動けず、その「お隣さん」が俺の少し前でくるりと振り返ったのを真正面から見た。「お隣さん」はフードを目深にかぶるどころか真っ黒で鮮やかな白の薔薇が刺繍されたマーメイドドレスで、さらりと長い銀髪を揺らめかせ、紅い眼が爛々と光って俺を捉えていた。
「本当はもう少し熟れた方が好きなのだけど…。バレてしまったのならこれで我慢するしかないわね」
心底残念そうに俺を見て手を伸ばしてきた。俺は愚かにも追究しすぎて自分の首を絞め寿命を縮めた。
「さあ、いただきま」
「待ちなさい!」
俺の首に真っ直ぐ伸びてきた手はその声と共に叩き落され、食われると思ってた俺も目を開けて見ると「お隣さん」とは反対のお隣さんがいて、驚いた。
そして俺が茫然としている間にお隣さんは「お隣さん」を退治していた。
それから、そのお隣さんに話を聞いたんだ。なんでもお隣さんの家はオカルトや妖といった類いの退治屋の家系で「お隣さん」のことを監視していたが実害が無かったため退治出来ていなかったんだと。だけど今回俺が襲われたからやっと退治できたらしい。
でも、怒られたぜ。ああいうのは追究せずに触れなければまだ襲われる可能性は減っていたって。今度から気を付けると言って別れたんだが、お前らも気を付けろよ?
身近な人が、人ならざる者かもしれないってな。
ーーあなたのお隣さんはだれ?