表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/46

ユウナギオンザロード 6


『まもなく三番線ホームより電車が出発します。駆け込み乗車は危険ですのでお止めください』


 目が覚めた。

 俺とさぎりは電車の座席に二人並んで座っていた。

 シートの手触りが手のひらに残る。浮遊感に似た思考が空気を割くような発車ベルに叩き起こされる。


「さぎり!」


「……なに? あっ」


 終点に……つまりは学校の最寄り駅に到着していたらしい。このままでは折り返し乗車になってしまう。

 俺たちは慌てて電車を降りた。

 ホームに立つと同時に夏の熱気が再び俺たちを包み込んだ。ドアが閉まってガタンゴトンと音を立てて電車が走る出す。

 パンタグラフの先に青空が広がっていた。


 ホームにはたくさんの人がいる。

 出口を目指して歩く人並みに続くよう俺たちも歩き出した。


 改札を出たところでさぎりとは別れた。

 友達と約束をして、一緒に行くことにしているらしい。


 俺は一人、学校を目指す。


 結局さぎりとはあまり話をしなかった。

 夢を見ていたのかもしれないが、言葉に出すと実際にあったことのような気がして怖かったのだ。


 校舎が近づくにつれて、同じ制服が増えていく。幸いにして見知らぬ顔ばかりだ。

 憂鬱の象徴が如く聳える校舎に頭を垂れ、校門をくぐる。

 心臓がばくばくと高鳴った。昨日布団で決めた覚悟が飛んでいきそうだった。

 沈む気持ちを鼓舞するように正面を向く。サボってきた分、頑張らなくては。


 授業を受ける一日は、一時間一時間がとても長く感じた。引きこもっていたときは早かったのに、相対性理論はここでも有能らしい。


 気持ちを固めても、頭がついていかない。


「くそっ」


 教師は「よく来たな」と俺を歓迎してくれたが、クラスメートの視線は冷ややかだった。

 別にハブられていたとかイジめられていたとかじゃないけど、彼らにとって俺は既にリタイアしたはずの人だったから、どう反応すればいいのかわからなかったのだろう。

 一人教室に残ってシャーペンを動かす。今日受けた授業の復習をノートにガリガリと綴るが、焦る思考を体現するかの如く殴り書きが増えていった。

 二週間。

 理由もなくサボったのだ。曲がりなりにもウチは進学校、授業についていけるはずがない。


「ねえ」


 集中が鈴をならしたような澄んだ声に途切れた。

 背後を振り向くと港さぎりが気だるそうに立っていた。

「なんだよ」

 彼女は俺の机まで歩み寄ると前屈みになって、机に広げたノートに目を通した。

 艶やかな髪がふわりと垂れる。


「汚い字」


「うるせぇな」

 わざわざ煽りに来たのだろうか。

 なにも言わず俺のノートに目線を落としている。まつげが長いな、なんて検討外れなところに思考が飛んだ。


「……」


「……なに?」


「勉強教えてあげようか」


「え」


 ぼそりと有難い提案をさぎりは囁いた。


「アンタが居なかったあいだの授業分、教えてあげる。あたし今期余裕だし」


「ほ、ほんとに。それだと、助かるんだけど」


「いいよ」


 照れ臭そうにさぎりは笑った。


 チャイムが鳴った。


 窓の向かうの校庭でサッカーボールが弾む音がした。


「きぬごしぃー!」


 ガラリ、と乱暴な音を立てて、教室のドアが開かれる。さらさらの髪を振り乱しながら、息を切らして少女が教壇に立つ。


「異世界でちょっと孤児院運営してみない?」


「してみない」

 高校にいるはずのない、不釣り合いの幼い少女が天真爛漫な笑顔を振り撒いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ