ユウナギオンザロード 6
『まもなく三番線ホームより電車が出発します。駆け込み乗車は危険ですのでお止めください』
目が覚めた。
俺とさぎりは電車の座席に二人並んで座っていた。
シートの手触りが手のひらに残る。浮遊感に似た思考が空気を割くような発車ベルに叩き起こされる。
「さぎり!」
「……なに? あっ」
終点に……つまりは学校の最寄り駅に到着していたらしい。このままでは折り返し乗車になってしまう。
俺たちは慌てて電車を降りた。
ホームに立つと同時に夏の熱気が再び俺たちを包み込んだ。ドアが閉まってガタンゴトンと音を立てて電車が走る出す。
パンタグラフの先に青空が広がっていた。
ホームにはたくさんの人がいる。
出口を目指して歩く人並みに続くよう俺たちも歩き出した。
改札を出たところでさぎりとは別れた。
友達と約束をして、一緒に行くことにしているらしい。
俺は一人、学校を目指す。
結局さぎりとはあまり話をしなかった。
夢を見ていたのかもしれないが、言葉に出すと実際にあったことのような気がして怖かったのだ。
校舎が近づくにつれて、同じ制服が増えていく。幸いにして見知らぬ顔ばかりだ。
憂鬱の象徴が如く聳える校舎に頭を垂れ、校門をくぐる。
心臓がばくばくと高鳴った。昨日布団で決めた覚悟が飛んでいきそうだった。
沈む気持ちを鼓舞するように正面を向く。サボってきた分、頑張らなくては。
授業を受ける一日は、一時間一時間がとても長く感じた。引きこもっていたときは早かったのに、相対性理論はここでも有能らしい。
気持ちを固めても、頭がついていかない。
「くそっ」
教師は「よく来たな」と俺を歓迎してくれたが、クラスメートの視線は冷ややかだった。
別にハブられていたとかイジめられていたとかじゃないけど、彼らにとって俺は既にリタイアしたはずの人だったから、どう反応すればいいのかわからなかったのだろう。
一人教室に残ってシャーペンを動かす。今日受けた授業の復習をノートにガリガリと綴るが、焦る思考を体現するかの如く殴り書きが増えていった。
二週間。
理由もなくサボったのだ。曲がりなりにもウチは進学校、授業についていけるはずがない。
「ねえ」
集中が鈴をならしたような澄んだ声に途切れた。
背後を振り向くと港さぎりが気だるそうに立っていた。
「なんだよ」
彼女は俺の机まで歩み寄ると前屈みになって、机に広げたノートに目を通した。
艶やかな髪がふわりと垂れる。
「汚い字」
「うるせぇな」
わざわざ煽りに来たのだろうか。
なにも言わず俺のノートに目線を落としている。まつげが長いな、なんて検討外れなところに思考が飛んだ。
「……」
「……なに?」
「勉強教えてあげようか」
「え」
ぼそりと有難い提案をさぎりは囁いた。
「アンタが居なかったあいだの授業分、教えてあげる。あたし今期余裕だし」
「ほ、ほんとに。それだと、助かるんだけど」
「いいよ」
照れ臭そうにさぎりは笑った。
チャイムが鳴った。
窓の向かうの校庭でサッカーボールが弾む音がした。
「きぬごしぃー!」
ガラリ、と乱暴な音を立てて、教室のドアが開かれる。さらさらの髪を振り乱しながら、息を切らして少女が教壇に立つ。
「異世界でちょっと孤児院運営してみない?」
「してみない」
高校にいるはずのない、不釣り合いの幼い少女が天真爛漫な笑顔を振り撒いた。