ユウナギオンザロード 3
「どういうことよ」
「え?」
さぎりがホームに降り立った。
なぜだか少し涙目だ。彼女は俺の胸を軽く小突て、絞り出すように言った。
「なにをしたの?」
押されて後ずさってしまう、
「な、なんだよ、なんで、戻ってきてんだよ」
突然の展開に追いすがろうと言葉を発する。
「突然、みんな居なくなった」
「は?」
「人が居なくなったのよ。運転手さえいない。ぜんぶあんたに会ってからこうなった。なにをしたの?」
「なにバカなこと言って……」
彼女の背後の出口に通じる階段を見やる。朝のラッシュ時にも関わらず、ホームには誰も居なかった。
「え?」
辺りを見渡す。誰もいない。
さっきまでけたたましく鳴いていた蝉すらおとなしい。音もしない。俺とさぎり、ついでにユウナしか世界には存在していないようだった。
「どうなって、るんだ」
「あたしになにをしたのよ!」
怒鳴って、胸ぐらをつかまれる。勝ち気な瞳が不安で揺れていた。
「お、落ち着けよ、俺はなにもしていない」
「じゃあなんであんた以外の人がこの世から消えたの! それに……」
さぎりは泣き出しそうな目をしたまま、続けた。
「その女の子は誰」
夕凪が目を丸くした。
そんなまさかあり得ない。
「見えるのか?」
喉が震えた。夕凪はなにも言わない。
「なにを言ってるの……ねぇ、どういうこと……」
「朝比奈夕凪」
「……」
「こいつの名前だ」
さぎりのが微かに吐息を漏らした。
「はじめまして」
夕凪はぺこりと頭をさげた。
「ただいまご紹介にあず? ……あじゅかりました朝比奈夕凪です。よろしくお願いします」
さぎりは頭を下げず、恐怖に唇を震わせた。
「どういう、こと」
「キヌゴシの幼なじみをしてました」
気にせず夕凪は自己紹介を続ける。
「いまは第三神使所属の一級天使をしてます」
「ね、ねぇ、そういうごっこ遊びだよね?」
「ユウナはいつでも本気だよ。マジと書いて本気と読むんだよ」
逆だよ。
「越井……」
困ったようにさぎりは俺を見た。
「お前にも、見えるんだな」
「え、うん。小さな女の子が」
「よかったぁ」
「な、なにが?」
「俺の頭がおかしくなったんじゃないんだな!」
心の底から喜ぶ俺を無視して、さぎりは続けた。
「……この子、朝比奈夕凪って、……幽霊?」
「いや、天使だそうだ」
さぎりの瞳が濁る。
「おい、言ったのは俺じゃないぞ。そいつだ」
「頭おかしいんじゃない。付き合ってられない」
舌打ちをして、彼女は俺に背中を見せた。
「おい、どこ行くんだよ」
「あんたと一緒にいたくないから駅をでるのよ」
「……電車待てばいいじゃん」
「掲示板見てみなさいよ」
言われた通りに電光掲示板を見上げると、液晶に「人身事故のため運転を見合わせています」とだけ書かれていた。オレンジ色の文字が点滅している。
人身事故。
人身事故って。
俺は隣の夕凪に目をやった。
「あんたと会ってから今日は変だわ。駅前で時間潰してから学校に行くことにしたから構わないで」
「授業どうすんだよ」
「引きこもりは知らないかも知れないけど、今日は学校説明会で補講がある特進クラス以外は休みなのよ。補講は強制じゃないから二限目から出ることにするわ」
イヤ味たらしく彼女はそう言い、振り返ることなく、改札に通じる階段を上り始めた。柔らかい風が吹く。日差しが照っている。眩しくてしょうがないなと地面に目を落としたら自分の影の濃さに少し驚いた。
「きぬごし」
「ん?」
横に目をやると夕凪が寂しそうに俺を見ていた。
「追いかけた方がいいよ」
「なんで? 一人になりたいっていってんだから一人にしてあげた方がいいじゃん」
「ここはキヌゴシの心の中だから。キヌゴシと離れるのは、危ないよ」
「俺の心の中?」
「電車は人生回顧のために走ってるんだよ。さぎりちゃんは臨死共有体験中でキヌゴシの空間変容に引っ張られてるから、距離をとると危ないよ」
「おい、突然スラスラと小難しい単語並べんのはやめろ。なにが言いたい」
「むずかしいーことはユウナもよくわかんないけど、キヌゴシはこの間一回死んだから、生きてるような死んでいるような状態ってこと」
「生きてるような……」
死んでいるような……。
理解不能な発言の後、絹を割くような悲鳴が響き渡った。