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ユウナギオンザロード 2


 掠れてうまく声が出せなかった。

 言葉にならない疑問符に答えるように少女は言った。


「知り合いが青い顔して電車降りたから付き添ってやろうと思っただけじゃん」


 にたりと醜悪な笑みを浮かべて俺にハンカチを差し出した。


「ところであんたこそなんでここにいんの? てっきり辞めたもんだと思ってたんだけど」


「……まだ辞めてねぇよ」


「あっそ。もうとっくに居場所無いけどね」


 ハンカチを受け取らないと判断したらしく、彼女は鼻を一回ならしてポケットにしまった。


「……授業を受けにいくだけだ」


「ついてこれんの。休みまくったあんたに。七月とか一回も来なかったじゃん」


 たぶん難しいだろう。曲がりなりにもウチは進学校だ。


「ねぇ。それより、聞いていい?」


 冷たい雨のような声音で港さぎりは続けた。


「朝比奈夕凪」


「え」


「誰かわかる?」


 横で退屈そうにぴょんぴょんと夕凪が跳び跳ねていた。


「その人がなんかあったのか?」


「知ってるかどうかだけ答えて」


「理由を教えてくれたら」


「……ねぇ、そういうのほんとムカつくからやめた方がいいよ。まあいいけど。手紙が届いたの」


「手紙?」


「これ、家のポストに」


 彼女は鞄のファスナーを開けて、年賀状を一枚取り出した。描かれた干支は十年前のもの。年賀葉書にはでっかく【ま法使いににんめいします。きぬごしを助けてあげてくだちい!】と書かれていた。


「なにそれ」


「あたしが聞きたいよ。キヌゴシってあんたのあだ名でしょ? 気持ち悪いイタズラしないでくれない」


 彼女はくるりと葉書の裏面を俺に掲げて見せた。

 差出人の欄に「あさひなゆうなぎ」と書いてある。


「なにを考えてんの? センスないよ。気持ち悪い」


「俺が出したやつじゃない」


「じゃあ、誰が出したのよ」


「誰って……」


 俺は港さぎりの横で後頭部を照れたように掻く夕凪を睨み付けた。

「えへへー。仲間は必要だよぉ」

 お前かよ。


「誰かは知らないが、下らないイタズラだろ。気にするなよ」


 他人の目には見えない自称天使を紹介したら頭を心配されるのがオチなので、語るのはよそう。


「くだらない、ね。この名前はあんたにとってそういうものなんだ」


 アナウンスが響いた。

 間もなくホームに電車が参ります。黄色い線の内側でお待ちください。

 蝉時雨が線路と車輪の悲鳴に切り裂かれる。


「これがなにか知ってるんでしょ?」


 言葉につまって、「ん」と喉がなった。


「あんたほんと最低」


「朝比奈夕凪を、知らないんじゃなかったのか?」


「そんなわけないでしょ。忘れるわけがない」

 ガタンと音がして、電車がホームに停車した。

 たくさんの人が降り、ホームで列をつくって待っていた人たちが乗り込んでいく。

 俺もさぎりも動かなかった。

「あたしの人生をめちゃくちゃにしたアンタたちを一生許さないから」

 トラウマが追いついてくる。


 さぎりは電車に駆け込んだ。

 俺が何かを言う前にドアが閉まる。

 彼女は窓の向こうで「シネ」と唇だけを動かした。

「……」

 くそ。最悪な朝だ。


 ふらふらとベンチに腰かけて頭を抱える。ズキズキと頭痛は治まらない。もう九月も中旬だというのに、夏にすがるようなアブラゼミの鳴き声が、悲鳴のように鼓膜を震わせていた。


「あ、えっと、その、きぬごし」


「なにしてんだよ、お前」

 顔を伏せたまま夕凪と会話する。


「だって、ユウナ、知ってるんだもん。サギリちゃんとキヌゴシ、付き合ってたって……」


「……お前、サギリと面識はないよな」


「あるよぉ」


「あるのぉ?」

 顔をあげる。純粋無垢な黒い瞳と目があった。


「さっき会ったよぉ!」


「はじめましてじゃねぇか」


「そうだね! でも天界からずっとキヌゴシ見てたから知ってるよ。二人はとってもラブラブだって、ふっふー!」


「見てたんなら別れたことも知ってるだろ」


「むむ、まぁさー、でもさー、より戻すやつがあるかも知れないしさぁ」


「あるわけないだろ。あんな別れ方しておいて」


「キヌゴシ気にすんなよ。男は顔じゃなくてハートだぜ!」


「お前ほんとに見てたのか」

 根拠のない励ましになぜだか笑みがこぼれてしまった。


 蓋をして二度と甦らないように鎖でガチガチに固定したはずの箱が少しだけ開いてしまったようだ。サギリとの思い出がよみがえった。


 彼女は同じ高校に通う同級生で元カノだ。

 中三の頃、図書館の自習スペースでたまたま隣に座ったのが彼女だった。

 どちらが話しかけたのかはおぼえていないか、同じ志望校ということで意気投合し、合格してから、一学期の林間学校の時に告白して付き合うことになった。夕凪の事を忘れたかったからかもしれない。ある程度イチャイチャし、男女仲も良好だったと思うが、六月の下旬に彼女に大事な話があると呼び出され、俺は衝撃的な事実を聞かされた。


「あたしの父は人殺しよ」


 べつにそれでも構わない。親がなんであろうと、君の尊厳が傷つけられることはない、と言ったと思う。


「小さな女の子殺したの」


 言葉に詰まり、唾を飲んだことを覚えている。


「車でひき殺したの」


 なんだ、と思った。事故なら、まあしかたないよ、と。毎年さ、年間交通事故で三千人が死んでるんだぜ。気にやむことはないよ。

 そう言って彼女の肩をポンと叩いたら、不愉快そうに手で弾かれた。


「あんたはそうやって忘れてのうのうと生きているのね」


 ヒステリックに怒鳴られた。


「もし少しでも罪悪感を抱いているなら膨らませて殺してやろうと思ってたけど、そんな価値すらないわ」

 サギリは俺を睨み付けた。


「父親の運転で女の子が死んだ。調べたのよ。父親の免許はゴールドだったから」


 強い瞳が怒りに滲む。


「女の子が飛び出したのはあんたのせい。あたし、あなたが嫌いよ」

 ぜんぶ、復讐のための演技だったのだろうか。

 合格発表を祝うあの笑みも。

 梅雨入りとともに俺は引きこもるようになった。


 アナウンスが響き、向かいのホームに逆方向の電車がやって来た。

 のっそりと立ち上がり、俺はそれに乗ろうと扉の位置を示すマークの前に立った。


「あれ、キヌゴシ、そっち逆方向」


「帰る」


「帰るの? ふぅん」

 なんの感慨もないように夕凪は鼻を鳴らした。


「……でもね、ユウナはさぎりちゃんはキヌゴシのことまだ好きだと思うよ」

「何を根拠に」

「えへへー天使になっていろんな人見てきたからわかるんだよん。女のかんってやつだよん」


「そんなナリで女を語られてもな」


「失礼きわまりないなー、キヌゴシ」

 ユウナは俺をじっと見た。


「さぎりちゃんと仲直りしたい?」


「別に……」


「うふふ、嘘だねぇ。ユウナにはわかるのです。キヌゴシは嘘つきです。初キッスの相手は忘れられないものなのです」


「お前に俺の何がわかるんだよ!」

 電車が来ると同時に怒鳴り付ける。

 夕凪は少しだけ悲しそうな瞳をして、

「キヌゴシ、怖いよ」と呟いた。


「ごめん、いらいらしてた」


「ううん。ユウナも悪かった。反省します。ユウナはデキる女だから」

 謎の発言に思わず吹き出してしまったとき、風を起こして、ホームに電車が滑り込んできた。

 アナウンスが一切なかったので、少し驚いてしまったが、開いたドアの先に乗客は一切いなかったので、回送かと、納得した。

「ん?」

 いや、まて。いくら回送だからと言って、危険を知らせるアナウンスを流さないのはいくらなんでもおかしくないか、と二の足を踏む。


 嫌な予感がして、電車には乗らなかったが、ピポンピポンと音をたてて、ドアがしまり、普通に去っていった、ホームに設置されたスピーカーが音をたてることは無かった。


 蝉時雨が鼓膜を揺らす、

 次の電車は何分だろうと電光掲示板を見上げる。



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