ほかに選択肢がないのです 7
荒れた室内にボランジの絞り出すような怨嗟の声が静かに響いた。
湖から吹く風が悲鳴のように唸っていた。
「お前たちはどれだけの人間を自分達の勝手な解釈で傷付けるのだ?」
「傷付ける? 傷付いてるの? んー……」
夕凪はすっとんきょうな声をあげた。それがまずかった。
ボランジの怒りは頂点に達したらしい。一気に夕凪まで近づくと、苛立ちを拳に込めて球体を殴り付けた。ガンと鈍い音をたてて、球体が歪む。
「び、びっくりしたぁ。いきなり止めてよ」
夕凪が唇を尖らせて文句を言う。ピリピリとした空気に俺達はまったく動けずにいた。
「お前は、お前らは、『神』にでもなったつもりかぁ!」
「そうだよ」
威圧的なボランジに対しても夕凪は一切表情を変えず、臆することなく続けた。
「だって神様は神様だし、……夕凪は天使だけど、それ以外になんていえばいいの?」
「……ッ!」
ほぼほぼ衝動的、だったのだろう。ボランジの太い右腕が夕凪の細い首に伸び、ギュッと締め上げた。
「……ぁ、ぁが……!」
夕凪のうめき声が聞こえてきた。
ボランジは怒りに顔を赤くしていた。頭に血が上る、とはこの状態のことを言うのだろう。
「ぁ……、た……」
細くなった気管の隙間から夕凪の声が漏れる。それを聞いて黙っていられるほど、俺の神経はず太くなかった。
気付けば駆け出してボランジの背中にタックルしていた。
予想外の攻撃に怯んだらしく、彼は夕凪を離し、その場にこけた。
「が、がっは、はあ、……は」
どさりと球体の、元いた位置に戻った夕凪は苦しそうに咳き込んだ、
これほどの大男を転ばすなんて普段なら絶対に不可能だ。夕凪の首を絞めるのによっぽど夢中になっていたらしい。
「……おまえ、なにしている?」
少しは正気に戻ったかと思ったが、ボランジの瞳は相変わらず怒りに歪み、強く噛んだ下唇からは血が滴っていた。
「……やめろよ。あんた今、こいつを殺そうとしただろ」
涙をためて呼吸を整える夕凪を、隠すようにして前に立つ。
「なにが悪い。死すら操るのが神だとしたら、この俺の怒りを鎮めてみせろ」
よろよろと立ち上がると、重みのある一歩を踏み込む。
まずい。虚勢を張ったところで、体格差がありすぎる。
俺も夕凪と一緒に殺されてしまうかもしれない。それほどまでにボランジの憎しみは深い。
「……」
それでも、
それでも、俺はここを退くわけにはいかない。
「ボランジ、落ち着いてください!」
「そ、そうだよ、対話がドラゴンクロウの目的じゃ無かったの!?」
レイナとベルが俺の横に立った。少しだけ安堵した、仲間の言葉を聞けば、彼もきっと落ち着いてくれるだろう。
「そこをどけ。わからないのか? こいつが神だというなら、腐った神は殺さなければならない。血が流れるまえに」
「事情があるはずです、話を聞かなければ……」
「お前たちのクラスメートは全員そいつに殺されたんだぞ」
「……」
それは違うと、言うべきだった。
だが、あのときの夕凪はたしかに未来を見通していた。
だから、返事が遅れてしまった。
「レイナ、ベル。ここでそいつを葬り去らなければお前らのような子供が増えるんだぞ」
「私は……」
「レイちゃん……」
ボランジはきつく握った拳をほどく事なく、ずんずんとこっちに向かい始めた。
「……」
レイナは泣きそうな目をしながら、夕凪の方を向いた。懸命に生きようと呼吸する夕凪を庇うようにして立つ俺と目が合う。
「レイナ……?」
「ごめんなさい、キヌ。他に選択肢が無いのです」
腰に下げていた細身の剣を彼女は抜き、俺に突きつけた。




