ほかに選択肢がないのです 6
どうも場違い感がある。ドラゴンクロウのクエストは無関係な人物が首を突っ込んでいい案件とは思えなかった。レイナはああ言っていたが、俺を無理やり話に絡ませるための口実にも思えた。
そもそもにして話が難しすぎる。
宿命論、というやつだろうか。
運命はあらかじめ定められていて、人の努力では覆すことができない、とする考え方だ。
それを覆そうとしているのが、『竜の爪』というわけか。
でも、それすらも運命に組み込まれたモノだとしたら、結局自分の意思なんてあってないようなものなんじゃないだようか。
なんとなく考えていたら、
「ボランジは反乱によって滅んだ国の王子なんです」
とレイナが耳元でぼそりと囁いた。
「彼の父は名君でした。クーデターを起こしたのは最も信頼を寄せていた臣下だったらしいです。ボランジは王国が滅んだ原因に『偉大なる知性』の働きかけがあったのではないかと疑っているのです」
歴史を動かす者、とてもじゃないが信じられる話ではなかった。
それじゃあ、明智光秀は神に操られて本能寺の変を起こしたというのか?
長い廊下を進むと広間に出た。
中心に館のものとは思えない謎のオブジェがあるのに気がついた。
銀色の立方体がぐるぐると空中で回転している。結構でかい。一つの辺が三メートルぐらいはありそうな正六面体である。
オブジェの前には水色の髪を垂らした女の子がおり、手をかざしていた。
「テッサ、これが」
「神の御座」
レイナが近づき声をかけると、表情を変えず少女は応えた。
「なんで回転してるんですか?」
「わからない。いまはコレがどこかに飛ばないようにするのが精一杯」
テッサと呼ばれた少女はちらりと俺を見たが、特に声をかけてくることはなかった。人見知りなのでこれぐらいの距離感がちょうどいい。
どうやら彼女はドラゴンクロウのギルドメンバーらしい。
「アルトがいないが、まあ、いい。始めるぞ。テッサ、状態を維持しろ」
「了解」
ボランジは背負っていた大剣を振りかざした。
「ベル、援護しろ」
「は、はい! あじゃらかもくれんてけれっつのぱぁ!」
ベルが呪文を唱えると、ボランジの体が淡く緑色に光り始めた。暗い夜道も安心な魔法だね。
「うおっおおお!」
雄叫びをあげ、ボランジが剣を振るう。立方体にぶち当たった太剣が火花を散らした。
なんて暴力的なおっさんだろうか、と思ったが、所作は丁寧さに溢れていた。
ビックリして口を開けっぱなしにしてしまった。ビキビキとヒビが入り、立方体が崩れ出す。角がとれて現れたのは球体だった。
「油断するなよ」
破片は地面に落下すると同時に煙になって消滅した。
現れたのは卵のような巨大なカプセルだった。
ボランジは剣を構えながら、じりじりと後ろに下がった。
爆発でもしそうな緊迫感だ。沈黙に包まれた室内の音を切り裂くように球体から蒸気が上がった。
「全員さがれ!」
ボランジの号令で全員が一歩後ろに下がる。
球体に線が走ると、カウンタックのガルウィングのように、一部が銀色の光を反射しながら跳ね上がった。どうやらこの球体は乗り物らしい。
緊張感に包まれる。蒸気が晴れて、球体の内部が明らかになった。
「あ」
夕凪が寝ていた。
「……なんで……」
健やかな寝息をたてている。幸せそうなお昼寝タイムといった感じだ。
「むにゃむにゃもう食べられないよぉ……」
肩の力が抜けるような寝言を呟く、
「歯医者に甘いもの止められてるからぁ……」
相変わらず夢の世界のこいつは平和そうである。
「なんだこれは……」
ボランジが戸惑ったような声をあげると冷静な口調でレイナが「女の子が寝ています」と囁いた。
レイナの視線は真っ直ぐ夕凪に向けられていた。
違和感を覚える。
「見えて、るのか?」
いままで夕凪を視認できた人はいなかった。水蜜桃でさえ、気配は感じられても、見えていなかったのに、なぜ彼女は夕凪が見えているのだ。
「ええ。スキル心眼のお陰でしょうか。見えないキヌは後ろに下がってください」
もちろん俺は心眼なんて使えないし、ティンベーとローチンの基本戦術も扱えない。それでも網膜には幸せそうな寝顔を浮かべる夕凪がばっちり投影されていた。
「それにしても、なんて……」
俺を庇うようにしてレイナは前に出た。
「なんて美しい姿でしょうか……」
うっとり、と宝石を眺めるようにレイナは呟いた。
「美しい?」
「ああ、すみません、キヌには見えてないんでしたね。球体の中に女の子がいたんです」
美しい、とは変わった表現だ。たしかに夕凪は可愛らしい女の子ではあるが、そこまで言わしめるほどの蠱惑的な容姿はしていない。
「白い羽が生えていて後光が射しているように見えます。なるほどたしかに『偉大なる知性』といったところです」
俺の見ているものと多少異なるようだった。ファミレスの食品サンプルみたいなものだろう。初めて見る料理も、見本品は大抵美味しそうに見えるものなのだ。もちろん夕凪に羽なんて生えていない。
胎児のように体をくの字にして眠る夕凪は至って普通の女の子だ。
球体内部は配線や機械のようなものが散見された。
なんの空間で寝ているのだろうか。疑問に思ったが彼女に話しかけるタイミングを完全に逃してしまった。
「お前たち、もっと後ろに下がれ」
ボランジが剣をしまいながら、夕凪に近づいた。
敵意はないと悟ったのだろうか、ゆっくりと歩みより、「お目覚めください」と立て膝をついてお辞儀をし、野太い声をかけた。
「むにゃむにゃ」
わざとらしい擬音を口にしながら夕凪がうろんな瞳を開けた。
「なぁに、もう朝? まだ眠いからあと五分寝かせて」
「どうか目を覚ましてください。お尋ねしたいことがございます」
「……いま起きるから」
夕凪はとろんとした表情のまま目を擦り、あくびをしてから「だあれ?」と訊ねた。
「ボランジ・シャンパーニュと申します。『偉大なる知性』たる貴方のお名前をお聞かせください」
「ユウナはねー朝比奈夕凪だよ。よろしくね、ボルシチさん」
ボしかあってねぇよ。
大男が子供に敬語を使っている光景は奇妙そのものだった。
「アサヒナユウナギ様、お尋ねしたいことがございます」
「んー?」
喉をならして夕凪は続きを促した。
「貴方はこの世界を掌握されているのですか?」
「しょうあく?」
「歴史を思うように動かしているのでしょうか?」
「ユウナが? んー、言ってる意味がぜんぜんわからんぞ」
寝起きだから頭が回っていないのか、いつも以上に舌足らずな口調だ。
要領の得ない回答にボランジは苛立っているようだった。
「……申し訳ございません。質問を変えます」
「あいよー」
偉大なる知性の夕凪の知能は低い。漢字は読めないし、簡単な四則演算でさえ間違える。
「なぜ我が祖国ザスニアは滅びたのでしょうか」
ボランジは表情を変えていないが、その質問だけどこか熱が違う気がした。
レイナとベルは緊張したように息を小さく飲んだ。
「あー、あそこかぁ」
夕凪が間延びするように続けた。
「ユウナ、あんまり絡んでないから知らんけど、間違った歴史だから神様がキョーセーしたって言ってたよ」
「矯正……?」
歪みを直して正しくすることだ。
夕凪の言葉がジクジクとボランジの胸を焦がしていくようだった。苦虫を噛み潰したような表情で彼は続けた。
「我が祖国の繁栄は誤った歴史だったというのですか?」
「うん」
なんの誤魔化しもなく、ただ事実を認めるが如く、夕凪はこくんと頷いた。
「そんな、そんなことで……なにをもって誤ったと判断されたのですか?」
「色々と歪んじゃうんだってさ。滅びてくれないと」
表情がくもる。
固く握りしめた拳から血が垂れているのが遠くからわかった。
「父は良民を愛する名君でした。誰もクーデターなんて望んでいなかった。なのになぜ……!」
「運命だったから」
夕凪から放たれた端的な回答に、ぎしりと歯軋りの音をボランジがたてた。
「ふざけるなよ」
敬語が崩れると同時に彼の表情も憎しみに歪んだ。




