ほかに選択肢がないのです 3
施設内は明るいが、休職者が集まる空間だからだろうだろうから一種独特な雰囲気を持っていた。
戸惑う俺の心情を知ってか知らずか、受け付けに座るおねぇさんは無表情のまま机に散らばった灰をしまい、クリアファイルに入った一枚の紙をくれた。
「よくお読みになってイキイキとした盗賊ライフをお送りくださいね」
「イキイキと盗賊やってたらただのヤベェやつだろ」
「次の方どうぞー」
文句を言おうとしたらガードマンみたいな人に引き剥がされた。なんて劣悪な施設だろうか。
逆らっても仕方がないし、職業なんかより、心の持ちようだと個人的に思うので、渡された紙に目線を落としながら、出口に向かう。
『さぁ、たのしい盗賊ライフのはじまりです。盗賊のレベルをあげると以下のスキルを獲得できるよ!
レベル1 称号『スリ』
他人のポケットから財布を盗ったりするくそやろう。
スキル名『キンチャクギリ』
手先がめっちゃ器用になる。対象からアイテムや金品を奪えるぞ。
レベル2 称号『コソドロ』
他人の家から物を盗るくそやろう。
スキル名『ヒルトンビ』
編み物が得意になる。気配を消せるようになるぞ。
レベル3 称号『盗賊王』
この世界で一番自由なやつが盗賊王だ。
スキル名『ヒットアンドクライム』
手編みのセーターくらいなら一晩で作れるようになる。対象からスキルを奪えるぞ。
さあ、君もルールを守って楽しくデュエル!』
社会ルールから逸脱してる職業にされて、挙げ句の果てクソ野郎呼ばわりされるのはどうなんだろうか。
そもそも仕事じゃないし。
ため息をつきながらもドアから出ると、柔らかな日差しの下、レイナが待っていてくれた。
「キヌ! どうでしたか?」
爽やかな秋風に髪を靡かせて少女は朗らかに聞いてきた。
「ああ、とりあえず手続き終わったよ」
「そうですか。またお別れなんですね……」
寂しそうに呟くレイナ。
紙を三ツ折りにしてケツポケットにしまう。
「いや、なんか気付いたら盗賊になってた」
「……よくわかりませんが、自首してください」
やっぱり盗賊は犯罪者扱いじゃねぇか。
紹介された施設が、大使館などではなく、職業紹介所だったことを報告すると、彼女は残念そうに「そうでしたか」と呟いた。
「それにしても無職極めて盗賊になるってなんか妙にリアルだな」
一人ごちたら、さげずむような目線で見られた。口を慎むことにしよう。
「キヌはこれからどうするんですか?」
時計塔の広場の下で、レイナが呟くみたいに聞いてきた。
「とりあえず日本に帰る手段を探すよ」
迷子になってる夕凪も探さないといけないし。長居をし過ぎて授業についていけなくなるのは勘弁だ。
事は急を要するのだが、正直焦燥感は無かった。何だかんだでいつも帰れるし、レイナの近くだと何だか謎の安心感があるのだ。
「それなら私のギルドに依頼してください!」
「ギルド?」
「冒険者団体のことです。キヌに紹介したかったから、ちょうど良いです!」
「ギルドって商工組合ってことだろ。レイナはなんの仕事してるの?」
「はい、冒険者です!」
盗賊よりはましだけど、それは仕事じゃない。
と、思ったが、口には出さなかった。余計なことを言わないのはコミュニケーションを円滑に行うための処世術である。
「困っている人から依頼をいただいて、解決時に報奨を受けとるんです」
「なんでも屋さんってことか」
「任せてください。キヌのこと、ちゃんと家に帰してあげますよ!」
「依頼って言ったって、お金もってないぞ」
とりあえずポケットを漁る。
「日高屋の大盛り無料券ならあるけど……」
「キヌからお礼はいただけませんよ。もっと大事なものを前払いで受け取ってますから」
レイナはそう言って微笑むと俺の手を引っ張って、歩き始めた。柔らかくて小さな手の平をしていた。
裏路地のようなところを進むとだんだんと落書きが多くなってきた。治安の悪さが不法投棄に拍車をかけている。
袋小路に一軒の酒場があった。場末のスナックと表現した方が正しいかもしれない。
「ここは『ピルグリムの酒場』。ギルドクエストの受注所なんです。冒険者がたくさんいるんで、情報が集まりやすいですし、賑やかでいいところなんですよ」
ニコニコとしながら、少女は臆することなく、西部劇に出てくるような店に入っていく。
酒とタバコの匂いが立ち込めているので、咳き込みそうになったが、グッと堪えていたら変な表情になったらしく、レイナに心配された。
店内は薄暗く不衛生だったが、客は多く、賑わっていた。昼間から平和そうで何よりだ。
権利団体が聞いたら発狂しそうなセクハラ用語を浴びながら、レイナは店内を脇目もふらず進み、カウンターの背の高い女性に声をかけた。
「こんにちは、ピルグリムさん! ミルクください」
ピルグリムと呼ばれた女性はレイナの注文を苦笑いで受けると、牛乳瓶をポンとカウンターに置いた。
「うちは酒場だから、アルコールを頼めといつも言ってるだろ」
「未成年者の飲酒喫煙は法律で禁止されてるんですよ!」
牛乳を受け取り、美味しそうに口をつける。
「そっちのあんたは?」
ピルグリムさんは俺の方を向いて尋ねてきた。
「酒はダメなんでオレンジジュースください」
「やれやれレイナの友達はみんな独自のペースを持ってるねぇ」
ピルグリムさんは鼻をすんとならしてからオレンジジュースをコップに注いでくれた。テキトーに注文したが、通じて良かった。乾杯。
しばらく無言で喉を潤してから、折をみて、レイナはシェイカーを振るピルグリムさんに声をかけた。
「不躾で申し訳ないのですが、異世界についての情報はありますか?」
「異世界? なにを言ってるんだい、あんた」
「些細なことでも構いません。変わったことはありませんか」
「んー」間延びするような声をあげてから、ピルグリムさんは言った。
「変わったことね……強いていえば王宮からの新規クエストなんだけどね」
「紹介はありがたいですが、今はクエストをこなしている時間など……」
「いいのかい? 『竜の爪』向けの特Aクエストだが」
「特Aですが……できれば参加したいところですが、先決すべきことがあるのです」
「異世界も関係あるし、これはあんたらが望んでたクエストみたいだけど」
レイナはピタリと動きを止めた。カタンと牛乳瓶の底がカウンターにぶつかって音をたてた。
「まさか。『神の御座』の在処が判明したのですか?」
レイナの声は緊迫していた。目付きが鋭くなっているが、鼻の下に牛乳ヒゲができていた。
「つまりそういうことだね。他の四天王も動き始めてるよ」
「事とは重なるものですね……」
レイナはちらりと俺を見た。
「キヌ、受けてもいいですか?」
話が見えなかったが、彼女の仕事を、我が儘を通してまで止める権利なんてあるはずがない。「どうぞ」と手の平を上にすると、レイナは申し訳なさそうに「ありがとうございます」とお礼を言って、ピルグリムさんに向き直した。
「受注します」
「あいよ。頑張ってね」
酒場の女性はどこからか取り出した羊皮紙に判子を押して、レイナの頭を撫でた。
こうすることによってクエストに必要な情報を得ることができるらしい、酒場から出たところでレイナは教えてくれた。
有益な情報かどうかはわからないが、重要な情報が手にはいったのは確からしい。
「神の御座ってなんなんだ」
お店を出て、ゆっくりと歩きながら話をする。
レイナは口元を拭いながら教えてくれた。
「私が所属している『竜の爪』の最終目的です」
ちょっとまって、この娘、そんなダサい名前の組織に所属してるの? 中学生がなんの捻りもなくつけた名前みたいじゃんか。
「私たちが生きるこの世界は何者かのシナリオで動いている可能性があるのです。何者かのことを『偉大なる知性』と呼んでいます」
「いまいちよく分からないんだけど」
「例えば二又に分かれた道があったとして、右に行こうと思っていても、何者かの意思が働き、強制的に左に行かされてしまう。……極端な話、そのようなことがこの世界に起こっているのです。仲の良かったはずの国が些細なことで戦争にまで発展したり、小市民がある日突然特別な力に目覚めたり。……強力な力に目覚めた者はみな口を揃えて『神と会った』というのです」
真剣な面持ちで語るレイナ。
「竜の爪はその軛を壊すために活動しているんです。歴史を動かしている者、『偉大なる知性』の存在証明を私たちは『神の御座』と呼んでいます」
半分以上内容は入って来なかったが、彼女が告げた『軛』という言葉がストンと胸に落ちてきた。
いつかその言葉を使用していた夕凪の表情がまぶたの裏によみがえる。
あいつは今どこにいるのだろうか。
「キヌ、どうしました?」
「いや、なんでもない。随分と複雑な案件に関わってるんだな」
「誰かの手の平の上で踊るのはいやだ、それだけです」
数分しか滞在していなかったのに、ヤニの臭いが服に移っていた。不快感だ。
「キヌゴシの帰郷は絶対に疎かにしないのでクエストを進めてもいいですか?」とレイナが聞いてきたので、「どうぞ」と承認する。
歴史を動かす者……か。夕凪の顔が頭に浮かんだが、そんな陰謀をあいつがコントロール出来るとは思えなかった。
ふと引きこもっていた時に呼んだ哲学書の内容を思い出した。
インテリジェントデザイン、という考え方がある。
今の人類や宇宙は『知性ある何者か』によって設計された、と考える説だ。
『知性ある何者か』は端的に言うなれば『神』であるが、宗教色を抑えるために『偉大なる知性』と呼ばれている。
偶然や自然的な現象を効率よく説明できる学説ではあるが、それを批判するために生まれた『空飛ぶスッパケティモンスター教』には心惹かれるものがある。
「迷いの森を抜けた先にあるクブチ湖に『神の御座』たるナニかがあったそうです。急ぎましょう。他の四天王も動き出してます」
レイナは早足で歩き始めた。
出会った当初にあったあどけなさは無い。彼女の瞳は真剣そのものだった。
「四天王って……」
あまりのダサさに笑いをこらえながら呟くとレイナが「私も四天王の一角なんですよ」と誇らしげに言うので、冷やかすこともできず、「お、おう」と喉をならすのが精一杯だった。
「ちなみにベルも四天王です。蒼海の魔女と呼ばれています」
ベルもちゃんと生きているのは吉報である。なんだかとても懐かしい。彼女は元気だろうか。
それにしても蒼海の魔女とは……哀れとしか言い様のない二つ名だ。俺がそんな二つ名つけられたら恥ずかしさで憤死するが、少し気になってきた。
「他の四天王はなんていうの?」
「紅玉の剣士ボランジ、黄土の道化師アルト、紫音の僧侶テッサです」
「ん?」
その三人にレイナとベルを加えると、
「五人いるじゃねぇか」
「こ、細かいことは気にしないでください」
龍造寺四天王かよ。




