どうしようもない俺に天使が舞い降りてきた 3
目が覚めるとベッドに寝ていた。
「……あ」
始めに断っておこう。ベビーベッドとかではない。
すべすべとした柔らかいシーツに高くて白い天井と、清潔すぎるカーテン。
病院のベッドだ。
体を起き上がらせるとマットレスがギシっと歪んだ。
「おおっ」
声が上がる。
「ん?」
そちらに顔をやると白い服を着た医者とナースが目を皿のように開いて俺を見ていた。
「奇跡だ!」
一人の白衣の男性が声を荒らげた。
「アレだけの事故なのに、骨も折れていないし、外傷もない! 奇跡としか言いようがない!」
興奮したように唾を飛ばす。汚い。
「……よかった! 本当に、無事で、よかった……」
泣き崩れる。女の人。恋人とかではない。母親だ。
「キヌ、あなた、コンビニで事故にあったのよ」
うう、と呻き声をあげながらオカンが言った。
「ああ、そりゃどうも」
実感がわかなかった。
「すごい事故だったのよ。コンビニの壁は大破するし、あなた血だらけだったから、でもね病院に搬送されて検査してみたらどこも怪我してなかったの」
「え、血は?」
「わからない、わからないけど、あなたが目覚めたのは奇跡なのよ」
奇跡ね。ホラーの間違いだと思うけど。
「あの、オカン、ごめん」
「な、なに?」
いろんな事が怒って頭が回らないし、なにより、
「すこし一人にしてくれないかな」
こんなに注目されるのは苦手だ。
一人でベッドに横になり、電気が消される。
体調はすこぶる良好だが、念のため入院することになった。
シンと静まり返った病室の窓からは月明かりが差し込んでいた。
ポケットにいれていたスマホはバキバキに割れていた。暇潰しもできないし、まだ一年も契約が残っているのに。
時刻は深夜2時。丑三つ時である。
スマホを枕元に頬り投げ、ため息をつく。
0時を越えて、日付が代わり、夕凪の十回忌がやって来た。
だからなんだ。
遺影の少女は年を取らない。
だからなんだ。
俺は彼女の家に線香をあげに行ったことなどない。夕凪が死んだのは半分以上俺のせいだからだ。会わせる顔なんてなく、間違ってしまった俺に言い訳などあるはずがない。
妄想の夕凪は消え去った。あれは本当に臨死体験だったのだろうか。だからきっと贖罪を俺の精神が望んでいただけなのだろう。
「妄想」
相変わらず軟弱な精神だ。少しも大人になれていない。いっそのこと死んでしまえばよかった。
そしたらあんな夢を見ることもなかったのに。
夢?
夢の内容を思い出す。1000億人分のステータス振り分け。
「いや、まてよ」
もしかしたら、あそこで運にステータスを全フリしたから、命が助かったのかもしれないな。
死ぬのことが一番の不運に違いないのだから。
「……」
まあなんでもいいさ。
俺は目を閉じて上向きで睡眠を取ることにした。
寝よう。
夕凪が言っていたことがもし仮に起こり得たとしたら、俺は今の状態で生まれ変わったということだろうか。悔い改めて、行きたくもない学校に行けということだろうか。
いや、その前に、彼女のお墓参りに行くことにしよう。
とりあえず今後のことは明日退院してから考えよう。
コツコツ。
眠りの縁に立つを俺を呼ぶように窓ガラスがノックされた。
「……」
ほとばしる嫌な予感。
ここ、四階だと思ったけど。
薄く開けた視界がとらえたのは、窓の向こう、夜空の下、宙に浮く夕凪だった。
がらがらがらと窓を開ける幼女。室内に晩夏の夜風が吹き抜ける。
「キヌゴシー、異世界転生はやっぱなしにしてさ」
ちょこんと窓枠に腰かける。
「異世界転移してみない?」
「してみない」
そんなことより学校いかなくちゃ。