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異世界論議 3


 結局わからないという結論に至り、解散することになった。デパートを出ると心地よい風が頬を撫でた。駅前のコンコースに秋風が吹き抜ける。

 空は高く澄んでいて、少し前まで夏だったことが信じられなかった。

 どうやら季節の巡りは目まぐるしいらしい。


「じゃ、寄りたいところがあるから」


 さぎりはそう言って軽く手を上げた。

 空いた時間で軽食を考えていた俺の期待は脆くも崩れ去った。


 仕方がないので帰ろうときびすを返す。

 ホームに響く電車のベルが風に乗って聞こえてきた。


「きぬごしー。さぎりちゃんと離れないほうがいーよ」


 夕凪に呼び止められた。振り返ると困ったようにおろおろとする少女と目があった。


「さぎりちゃん、寿命今日までだから」


 まさかの発言にゾッとした。


「なんで、そんなことわかるんだよ」


「ユウナの目には対象の名前と寿命か見えるのです」


 死神の目じゃねぇか。

 いままでの俺なら「なにをバカな」と冗談と受け取っただろう。

 だけど、夕凪の発言がいままで間違っていたことはない。


「……どうすればいい?」


「キヌゴシが側にいれば持ち前の運のよさでなんとか出来るかも。今日を乗り越えさえすれば、しばらくさぎりちゃんの受死日は来ないから」


「わかった」


「あー、まってぇ」


 慌てて駆け出した俺のあとを、夕凪もついてきてくれた。


 別れて数分も経っていない。道を真っ直ぐ行ったところで、さぎりは信号待ちしていた。

 声をかけると露骨に顔をしかめて「なに?」とぶっきらぼうな返事が返ってきた。


「おまえ」


 全力疾走するのが久しぶりだったので、息が切れてしまった。


「おまえ、もうすぐ、死ぬってさ」


 息も絶え絶えに要件だけを端的に伝えると、さぎりは顔を真っ青にして「朝比奈夕凪が言ったのね」と呟いた。

 さすが頭の回転が早いやつは説明をグダグダしなくていいから助かる。


「ああ、すまん、呼び止めて」


「いえ、ありがとう。私はどうしたらいい?」


「俺の側にいろ。そうすれば死を回避できる」


 さぎりは眉間にシワを寄せた。

 ようやく呼吸が整ってきた。俺は背筋を伸ばして、大きく息を吸った。


「くっだらない」


「え?」


「しょうもないナンパに朝比奈夕凪をダシに使うのやめてよ。きしょくわるい」


「は、はぁ、なに言ってんだ」


「それはこっちの台詞よ。はっきり言ってあげる。あんたの側にずっといるくらいなら、死んだ方がマシ」


 ツンと正面を向き、横断歩道を彼女は渡り始めた。

 勘違いをしている。復縁を望んでの狂言と思っているのだ。

 そりゃ、あくまでも元カノだし、男が見れば十人が十人、美人と評する女の子だ。憎からず思ってはいるが、性格がキツすぎて、そんなものは望んでいない。


「おい、待てよ。止まれって。まじで危ないんだって」


「なにが危ないってのよ」


 横断歩道の真ん中で立ち止まって、さぎりはギロッと俺を睨み付けた。


「それは、わからないけど、ただ……」


「あー、ニトントラックぅ!」


 底抜けに明るい声が響き渡った。この声は俺にしか聞こえない。

 遅れてやって来た夕凪が遠くからこちらに走ってくるトラックを指差した。


「あれだよ。キヌゴシ! ニトントラックにひかれるといやが上にも異世界転生するように出来てるんだよ」


 なんだよその愉快な設定。


 歩行社用の信号は青。自動車用の信号は赤。

 まだ遠くにあるトラックは減速することなく走ってきているが、横断歩道に歩行者がいるのだ。ブレーキぐらい踏んでくれるだろう。

 俺がなにも言えずに道路の先を目を細めて見ていたのに気付いたのか、さぎりは半笑いで言った。


「私はあれに殺されるの?」


「ああ、そうらしい」


「ふーん、じゃあ、賭けをしましょう。あのトラックが私に突っ込んでくるか、否か」


「なにバカなこと言ってんだよ早く渡れ」


 さぎりはにたりと笑ってから、タンとステップを踏むようにかかとを鳴らし、目を閉じて、これ見よがしに両手を広げた。

 時間表時が一体型の信号なので、あとどれくらいで赤に変わるのかがわかる。ゲージが一つ一つと消えていくが、それでもまだ半分はある。トラックが来るまでに変わることはないだろう。


「キヌゴシ、このままじゃさぎりちゃん死んじゃうよ」


 夕凪が心配そうに言う。


「トラックは絶対殺すマンだから助からないよ。時間が止まっててもちゅみみみーんと殺しちゃうんだよぉ」


 不吉を予言するかのようにカラスが鳴いた。

 ぶぅおん、とエンジンの回転音が響く。


 もうずいぶんと近くなったトラックの運転席が見えた。若い男が座っている。

 目を閉じていた。

「!? 」

 寝ていた。


「うぉおおおい!!!」


 過激な労働者社会を俺は憎む。

 慌てて、目を閉じたままのさぎりを押し退ける。

「え?」

 弾みに胸にタッチした。柔らかい。素晴らしい。


「う、うそ!」


 目前まで迫ったトラックに少女は目を見開いた。

 間に合ったのかどうかはわからない。

 結果を確認する前に、俺は自身の骨が砕ける音を聞いたからだ。視界か真っ白に染まる。

 キンモクセイが香った気がした。




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