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どうしようもない俺に天使が舞い降りてきた 2


 目が覚めると真っ暗闇だった。目を開けているのか閉じているのかさえわからない。瞼に触れてみたが感触も無かった。


 痛みはない。それどころか感触がない。なんだここは。まさか。


 ポッ。と明かりがついた。さっきまでとは一転、空間は白一色に包まれる。自らの体を確認する。傷はないが、全裸だった。


「やっほー、さっきぶりー。それにしてもキヌゴシ大人になったね」


 ふわりと現れた夕凪が俺の股間を凝視しながら言った。変態幼女め。


「なんだ、ここ?」


 辺りを見渡す。見たことのない景色が広がっていた。


「ん? 生と死の狭間、辺獄(リンボ)と呼ばれるところだよ。ほら」


 夕凪はその場でくるりと一回転するように手を伸ばした。


 いくつかは道があるのがわかった。道の先にはフランスの凱旋門のようなものが立っていた。


【この門を潜るものは一切の希望を捨てよ】


 アーチのところに日本語で綴られていた。アホらしい。どうやら絶賛臨死体験中のようだ。


「ね!」


「ね、じゃあねぇよ。夢ならさっさと覚めてくれ」


 怒鳴り付けると夕凪は「あの門を潜ればスタートだよ!」と要領の得ない説明をしてくれた。


「スタートって、なにが?」


「ふふーん。気になるよねぇー。よーし、それじゃあ、説明続けるね」


 夕凪はパンパンと手を叩いて人差し指を一本たてた。フォン、と縄跳びが空気を割くような音がして、空中に文字が浮かぶ。


・生命力


・魔力


・知能


・攻撃力


・耐性


・運


・見た目


「はい、これステータス!」


 ゲーム脳ここに極まれり。

 七つの単語は彼女の指先を中心に横並びになっている。


「保有しているスキルポイントを自由に振り分けして、生まれ変わりを有利にすすめることができます」


 夕凪は機嫌良さそうににっこりと笑った。


「ちなみに普通の人が初期で保有しているポイント10くらいなんだけどキヌゴシはこれだけポイントがあるよ」


 とるるるん、とライフポイントが表示される時みたいな音が流れて、ポッと数字が浮かぶ。

 1000億ポイント。


「ん?」


 夕凪の指の先には1と0が11個。


「ん? んん?」


 バグってんのか?


「なんてたってキリ番ゲッターだからね。1000億を自由に振り分けてね」


 正気の沙汰とは思えなかった。バランスブレイカーにもほどがある。


「念じれば数字は移動するからね」


「まあいいや。どうせ夢なら楽しむか」


 言われた通りに念じてみると、少女の言う通り次々に数字が変動していった。これは愉快だ。

 俺は以下にポイントを振り分けた。


・生命力 10


・魔力 10


・知能 10


・攻撃力 10


・耐性 10


・運 99999999940


・見た目 10


「……」


 夕凪は呆れたように俺を見た。


「なにこれ」


 ピコンピコンと電子音をたて、数字が点滅している。


「わからんか? 現実において一番重要なのは運のよさなんだぜ?」


「もし仮にそうだとしても極端すぎるよ」


「スキル振り分けってのは、バランスよくやるよりも一個の能力を突出して伸ばした方が効率がいいんだ」


「ほんとにそれでいいの? よく考えたほうがいいよ。振り分けが出来るのは最初の一回だけなんだよ」


「いいよ。別にこれで」


「むむむ。なんか捨て鉢だね。ひょっとしてまだ夢だって思ってる?」


 思ってる。


「いやいや、そんなことないぜ。お前は確かにここにいる。またあえて嬉しいよ。朝比奈夕凪」


 夕凪は顔を赤くして微笑んだ、


「ユウナもだよ。越井絹」


「へへ」


 見つめ合って笑い会う。なんの時間だこれ。


「さささて、準備が整ったことだし、次のステップに行こうー!」


「次?」


「選べるジョブだよ!」


 意味が分からなかった。


「キヌゴシがこれから転生する世界はあらかじめ神に決められた職業に従事することが定められた世界なんだよ。天職ってやつ。途中で変えることも出来ること、とりあえず好きなの選んでね。いくつか極めることによって上級職にチャレンジすることも出来るから」


 再びフォンと鳴って文字が浮かぶ。


・戦士


・剣士


・忍者


・武闘家


・魔法使い


・ヒーラー


・盗賊


・無職


 いくつかまともじゃない職業が混じっている。少なくとも盗賊は仕事じゃない、犯罪者だ。


「さぁ、どれ?」


「どれじゃねぇわ。こんなかなら、そうだな……」


 戦士とか忍者とか、ぜんぶ命がけの職業に思える。魔法使いとかヒーラーとか知能が弱い俺に勤まるとは思えない。


「こんなかなら無職一択だな」


「……」


「無職極めるとなにがあんの?」


「……なんもないよ」


「そりゃそうか」


「え、ほんとに無職を選ぶの?」


「うん。焦るとろくなことないからね」


「そ、そう。まあ、それならそれでいいけど。さ、さぁ、切り替えて次!」


 手をパンパンと叩いて彼女は続けた。


「最後は記憶を引き継げるかどうかを選べるよ。今のスペックのまま次の人生をチャレンジできるの。もし次の人生が終わるときに高い徳を得ていたらキヌゴシも神様の仲間入り出来るんだ。ユウナと一緒に天使ができるんだよ! 頑張ろうね!」


「そうなんだ。記憶は引き継がなくていいです」


「え」


 この世の終わりみたいな顔をする夕凪。思い出したが、こいつは百面相だった。


「え、なんで、話聞いてた? 高い徳を得るためには、誰かから感謝される必要があるんだよ。有利に人生を進めるためには強くてニューゲームしたほうがいいんだよ」


「こんなろくでもない人生のことなんてさっさと忘れたいわ」


「むむむ。キヌゴシ、わかってるの? そんな、投げやりに決めてたら次の人生上手くいかないよ」


 夢なのに説教されてしまった。


「いや、この際だから言うけど、俺、平穏に過ごしたいんだよね。徳とかいらねーから、荒波がない人生を歩みたいんだ。激しい喜びはいらない、その代わり深い絶望もない植物のような平穏な人生をね」


「なぁにそれ。昔のキヌゴシは人として生まれたからには何か大きなことをしたいぞ! って言ってたじゃん」


「……お前が死んだときに思ったんだよ。こんな深い悲しみに襲われるなら、来世は動物園のパンダかコアラになりたいって。なにもしないで飯だけを食べる生活がしたいって」


 夕凪は少し悲しい顔をした。


 さて、彼女が死んだ時のことを思いだそう。ちなみにここから先は閲覧注意だ。心が弱い人は折れてしまうかもしれない。




 彼女が死んだのは、俺が投げた情緒不安定なボールのせいだった。


 テンテンと転がっていくソフトボールを夕凪は「下手くそー」と茶化しながら追いかけた。男女の垣根などない小学一年生のころの話だ。


 あの暑い九月を、俺は生涯忘れないだろう。


 陽炎揺蕩うアスファルトの上で、夕凪は臓物をぶちまけた。


 トラックのブレーキ音と蝉時雨が耳朶を震わせ、鼻腔を血の臭いが支配した。


 花に似た香りが、生ゴミのような異臭に変わり、込み上げてくる不快感を抑えることが出来ず、情けないことにその場で吐いてしまった。


 手をついたザラザラのブロック塀がスリコギのように肌を削り、血が出ていることに気がつかないほど、その時の俺は逼迫していた。


 出てくるのは胃酸のみであったが、俺の聴覚は自らの嗚咽をとらえるのみで、現実から目を背けるように、喧騒を遠い国の出来事のように聞いた。


 誰が見ても助からない。


 夕凪の体は半分に千切れ、焼けたアスファルトに赤黒い血溜まりができていた。あの小さな体にどれだけの血液がつまっていたのだろうと俺は検討外れなことを考えていた。


 サイレンが響く。


 野次馬は俺と同じように吐くか、下卑た笑みを浮かべながらケイタイで夕凪の遺体を撮影するかのどっちかだった。


 寒気がした。吐き気がした。目眩がした。人間の汚さと愚かさと好奇心の恐怖を知った。


 熱に浮かされた夢遊病患者のように、立ち上がり、苦しくて涙目になった俺に、未来は滲んで見えなくなった。


 そこから先は平凡だ。夕凪が死ぬと同時に俺の心と未来も死んで、小学一年の男子は希望を無くすと同時に厭世感に囚われるようになった。


 どうせ人は死ぬ。


 生きていても仕方がないなら、俺はなんで息をするのだろう。


 彼女のあとを追って死んでもよかったが、親がそれを許さなかった。でも、そのときの俺にとってはそれが救いでもあった。


 なにかから逃げるようにがむしゃらに勉強して、夕凪のことを必死に振り切ろうペンを動かし続けた。


 念願の名門高校に入学し、やっと夕凪のことを忘れることが出来ると思った。でも無理だった。俺の不純な逃避行は化けの皮を剥がされ、真の天才が跋扈するエリートの中で凡人はそれはもう悪目立ちした。厭世感は劣等感に代わり、臆病な自尊心はドアも窓も締め切れた部屋に逃げることでかろうじて自己を保つことに成功した。なんてことはない。


 だから夏休みの延長戦を楽しむ俺の目の前に夕凪が現れたのはなんら不思議なことではないのだ。




「そんなの! 寂しすぎるよ!」


 妄想としての夕凪がわめいている。窓もドアもないだだっ広い白い空間で。


「ユウナはね、キヌゴシに幸せになってほしいの」


「だからってさぁ……」


 無言になった俺の手を取り、夕凪はまっすぐに見つめてきた。


「ユウナはうれしいんだ。またこうしてキヌゴシの手を握れることが。だからさ、頑張ろうよ!」


 あの頃と同じ純粋無垢な瞳だ。この世に汚いものなんてないって信じきっている、そういう瞳だ。


 眩しすぎる。


「まあなんでもいいさ。チュートリアルはこれでおしまいか?」


「一応、そうだけど。……キヌゴシは後悔しない?」


「しない。新しい人生がラッキーに包まれるとかサイコーだろ」


「そこじゃないよ。ユウナが言いたいのはね。自分の記憶がなくなるってところ」


「なんで? だって生まれ変わるってそういうことだろ?」


「うぅ、そうだけど……」


 困ったように夕凪は頭をかいた。言いたいことがまとまらないらしい。少し可笑しくって吹き出してしまった。


「来世で会おうぜ」


 俺は彼女の肩にぽんと手をやって、まっすぐに道を歩き出す。


「あっ」


 夕凪が声をかけてきたが、俺は振り向かずうつむかず道を歩く。


 さようなら夕凪、わが人生。


 願わくば次の人生に祝福を。アーメン。


 門を潜ると再び俺は光に包まれた。柔らかく、それでいて暖かい光だった。



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