スーパーノヴァ 8
子供のはしゃぎ声とカラスの鳴き声が聞こえた。
安全地帯で目を覚ますと、朦朧とする意識がやがてはっきりとしてきた。ここは、俺の部屋だ。
すこしだけ、頭痛がした。
手をあてて、考える。
そうか、攻撃力にステータスを振り分けたから……。
頭を抱えながら上体を起こすと、窓の外から「すみませーん」と大声が聞こえた。
サッシに寄りかかりながら、窓辺によると、「ボール中にはいっちゃいましたぁ?」と野球キャップを被った中学生がグローブ片手に大きく手を振っていた。夕焼けが少年の影を長く伸ばしている。
床に転がっていたボールを拾い、あらぬ方向に放る。
「あー!」
と言いながらボールを追いかけて駆けていった。
あのボールのせいで、ひどい目にあった。
と、ボールが当たった額に手をあてて見たが、コブはおろか青あざにさえなっていなかった。
痛みもないが、先ほどまでいた勇者候補の子どもたちの世界が夢とは思えなかった。
「きぬごしー、漫画描いたー!」
キィ、椅子が軋む音がして、幼女が一人楽しそうに声をあげた。
学習机に腰かけていた夕凪がノートを片手に俺に手を振った。
「夕凪、さっきの……」
こいつがここにいるということは、全部が全部、夢だった、というわけではないだろう。
「漫画ね、すっごい自信作。めっちゃ面白いよ。ジャンプにおーぼしようかなー」
「夕凪、レイナたちは……」
「タイトルはねー、『転生したら蟻だった件』ってんだ」
「……」
ちきしょう。ちょっと面白そうだ。
「主人公はねー、絶対的強者による搾取で虫の化け物に襲われて、蟻に生まれ変わるんだけど、強固な意思で女王蟻の命令を一切受け付けないんだー。なぜなら彼もまた特別な存在だからです」
「いや、そんな話はいいんだ。それより俺がさっきまでいた国は……」
「見てみて、げんこー!」
無理やりノートを突きつけられる。ボールペンの殴り書きがそこにはあった。
なんというか、紙とインクの無駄。
「ぐちゃぐちゃで見にくい」
「ジャンプに載るときはこれでオッケーだよ! 単行本で修正するから!」
単行本出るの何年後だろうね。
夕凪にレイナやベルがどうなったのか尋ねようとするが、どうにもはぐらかされてばかりで、返事がなかなか貰えなかった。言いたくないのだろう。それならそれで仕方ない。何時ものように馬鹿話をして、今日もまた一日を無為に過ごす。
夕凪はここにいる。
とりあえずはそれでいいじゃないか。
次の日学校に行く前に夕凪に声を駆けると、「今日は一日家で漫画かいてる!」とにっこりと微笑まれた。
「そうか」と応えて家を出た。
なんだか寝不足だ。寝たらあの世界の続きに行けるかもしれないと思っていたが、そんなことは無かった。
倦怠感と空虚さだけが広がっただけだ。
朝の騒がしい教室について、着席し、なにもすることないので、ただぼんやりと窓の外の青空を眺めていた。
澄んだ青色にもくもくと白い雲が浮かんでいる。
冷房の稼働音、白い校舎に黒い制服。
日本の地方都市の現実だ。
どかり、と隣の席に目にクマを作った少女が座った。
さぎりだった。
「おはよう」
と小さく声をかけるとちらりと俺の方をみて、消え入りそうな声で「おはよ」と返事をしてくれた。
「……どうした、寝不足?」
全身から話しかけるなオーラが出ていたが、ここまで体調が悪そうだと心配になってくる。
鼻で大きく息をはいてから、鞄を机のフックにかけながら、不機嫌そうに少女は続けた。
「悪夢を見たの」
「悪夢?」
「あんたも出てきた。もう最悪。思い出したくもない」
「どんな夢?」
「思い出したくないって言わなかった?」
チッ、と舌打ちされる。朝っぱらから気が滅入る。
気まずい沈黙を誤魔化すためにまだ朝のホームルームを迎えてもないけど、一時限目の数学の準備をすることにした。
「夢でさ」
ぽつりとさぎりは呟いた。
「私、過呼吸になって、あんたが袋を口に押しあててくれたんだけど」
「……え」
それってまさか。
「袋を使うペーパーバック法は二酸化炭素を取りすぎちゃって、医療に詳しくないやつがやると逆に危険なのよね。でも夢の中の私はバカだから、アホみたいにあんたにお礼言ってた。間抜けよね」
「た、助かったのか?」
「え?」
きょとんとさぎりは俺を見た。
彼女の瞳は微かにベルに似ていた。
「あ、ああ、ええ。過呼吸はどうにかなって……」
「違う。最終的にだよ。命は無事だったのか?」
眉間にシワを寄せてさぎりは続けた。
「……最後、変な気持ち悪い生物が出てきて、暴れまわるだけど、……あんたがそいつを一撃で倒してくれたお陰で私たちは無事だった。ほんと一貫性がなくて、ふわふわした夢だったわ。ただ……」
大きく息をついてから彼女は続けた。わたし、たち、とさぎりは言った。複数形だ。つまりレイナも無事だったのだろう。安堵した。
しかしながら、ただ、
ただ、とはなんだろうか。
「ただ、夢の中のあんたは……すこしだけ、かっこよかった」
「……」
窓の向こうから蝉時雨が聞こえた。
教室に先生が入ってきて、日直が元気よく起立を宣言した。
夢や希望や幻想なんて存在しない、
いつも通りの一日が始まる。




