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スーパーノヴァ 7


 洞窟内部は涼しく、真夏の日本じゃ想像できないくらい過ごしやすい気温だった。

 安堵の息をついた瞬間、洞窟内に悲鳴が響き渡った。


「なんだ!?」


 フリットとレイナが同時に洞窟の奥を見る。

 薄暗いが、都合の良いことに壁や床に青白い光を放つ鉱石があるので、視界は良好だった。その光に照らされて、いくつもの死体が転がっていた。


「うわぁあああ!」


 フリットが悲鳴をあげる。床に鮮血を撒き散らしているのは、平原に立っていた他の子ども達だった。


 噎せ返るような血の臭いにえづきそうになった。

 死体はどれも食い散らかされており、ある者は内蔵を、またある者は頭部が無くなっていた。獰猛な肉食獣の歯形が残っている。


「ベルは急いで転移魔法の展開を! フリット、キヌゴシ! 辺りを警戒してください!」


 レイナの一喝で飛びかけた意識が戻ってくる。緊張感が俺たちを包み込んだ。

 足元に赤黒い血液が広がっていた。いつか炎天下で見た夕凪の死体がフラッシュバックする。転がる小さな手のひら。

 トラウマに押し潰されそうになった。

 緊張が走る。


「楽しんでいる……」


 レイナがぼそりと呟いた。

 床に転がるたくさんの死体は補食目的で殺されたものでは無さそうだった。

 命を奪うことを目的とした残虐な狩りだ。

 臓物が転がっている。生々しい肉の色。

 耳をすますとレイナの息をのむ音が聞こえて来た。自身の心臓の鼓動がうるさくて仕方がない。奥の暗闇からこの世ならざる者が現れそうで怖かった。


「あそこだ!」


 フリットが指を指した先に醜悪な容姿をした裸の大男が立っていた。


「な、なんだあれは……」


 人間の体をしているのに、頭部が三つほどある。目はいずれも潰れているが、乱杭歯が並ぶ口は真っ赤に染まっている。青白い肌に背中が曲がっていた。爪が異様に長い。


「そんな、まさか……」


 レイナが震えながら呟いた。


「トロル……。伝承に存在するモンスターで人を襲いその肉を食らうという……」


「トロル!? 嘘だろ、あれが!?」


 ネコバスを従える可愛らしい生物ではない。隣にいたら恐怖で失神してしまいそうだ。


「洞窟の中に昔から住んでる……」


 レイナはカットラスを構えた。白い刃が光る。


「気を付けてください。狂暴性は随一です」


 つんざくような雄叫びを上げてトロルが俺たちの方に突っ込んできた。

 レイナが踏み込み、天井ギリギリまで跳躍し、落下の勢いを刃先に乗せてトロルの顔面を切りつけた。


「くっ! 」


 が、思った以上に皮膚が固かったらしい。弾かれて、少女は地面に背中から落ちた。

 トロルが握りしめた拳がレイナに振りかざされる。


(イツァ)!」


 フリットの手のひらから火の球が飛び出し、トロルに命中した。魔法だ。

 黒煙があがる。ダメージはなさそうだったが、怒りの矛先はフリットに向いたらしい。トロルは雄叫びを挙げながら、フリットに突進してきた。


「うわ!」


 勢いを恐れ、フリットは背中を見せて、駆け出したが、トロルの拳から逃れることはできなかった。大きく腕が伸び、


「え?」


 隣で血飛沫が上がり、俺の頬にべたりと生暖かいナニかが付着した。


「な」


 頭皮だった。髪の毛がついている。トロルの握力に潰されたらしい。脳の処理が追い付かない。

 下半身だけになったフリットが地面にバタリと倒れる。B級映画の安っぽいグロシーンのようだった。現実感はない。

 言葉を出せず、行動もできず、ただ立ちつくすだけの俺と、こっちをむいたトロルの目線とがぶつかる。

 三つの顔、そのすべてが笑っていた。


「うわああああ!」


 情けないほど喉を震わせ、悲鳴を挙げていた。腰が砕け、立てなくなる。

 化け物だ。

 ただ恐怖感だけが俺を支配する。どんなに格好つけたって、自分が死ぬかもしれない恐怖には勝てない。勝てないのだ。


 トロルが勢いよく跳躍した。俺を殺すため。ただそれだけのためにたった今フリットを惨殺したばかりの血濡れた拳を握りしめ。

 どうすることもできない。おれには、


「しっかりしてください!」


 俺とトロルとの間にレイナが割って入った。

 重量で考えれば吹き飛ばされるのは少女の方のはずなのに、彼女はしっかりと立っていた。


「私の守護スキルがあれば、ある程度は持ちこたえられるはずです!」


 レイナが構える剣先から黄緑色の波紋が空中に起こっていた。守護、とは、と混乱する俺を焚き付けるようにレイナは続けた。


「私たちではトロルに勝てません。神代の怪物に出会ってしまったら、ともかくいまは全力で逃げるしかないのです!」


 レイナの瞳から涙がこぼれた。それは死んでしまったフリットや、旧友たちを思ってか、それとも恐怖感から流したのか、俺にはわからなかった。


「ベル! 空間転移は!?」


「あと少し、あと少しだから、頑張って、れーちゃん!」


 涙きながら叫ぶように返事をしたベルにレイナは「任せてください!」と薄く微笑んだ。

 トロルは執拗に拳を振り上げてはやたらめったら殴り付けている。おもちゃを壊そうとする子どものようだ。

 暴力の嵐を弾きながら、レイナは歯を食いしばっている。

 通常の物量さで勝てるはず無いだろう。先ほど言っていた守護スキルの恩恵だろうか。

 レイナは鼻血を流していた。攻撃はやまない。


「あと……すこし」


 自らを鼓舞するように呟いた瞬間、カットラスの刃が耐えきれなくなったのか、粉々に砕けて地面に散った。


「きゃあ!」


 トロルの攻撃でレイナは吹き飛んだ。背後の壁にしこたま頭をぶつけ、がつんと嫌な音が響く。

 レイナは小さく唸ると鼻血を垂らしたまま、地面に崩れ落ちた。


「レーちゃぁあん!」


 ベルが泣き叫ぶ。

 もうダメだ。助かるすべはない。あと残された手段は俺がどうにか時間を稼ぐしかない。


「お前たちだけで逃げろ!」


 非現実的なことが起こりすぎて、ここに来て俺はようやく冷静になってきた。いま取るべき選択肢はベルが空間転移魔法を発動させるまで、化け物の注意を引き付けることだ。


「そんなキヌゴシ!」


「出来るだけ時間を稼ぐから」


 地面に転がったカットラスの破片を拾い、トロルに投げつける。「ぐっ」目に破片が入ったらしい。出来るだけ距離を取りつつ、ベルからあいつを遠ざける。そうすれば、逃亡成功の確率が上がっていくはずだ。


 トロルは雄叫びを挙げながら俺を睨み付けた。

 破片で傷つき、血だらけになった両手でさらにカットラスの刃の欠片を集めて、皮袋にいれる。

 投げつけても良かったが、二度目も同じ攻撃が通用するとは思えなかった。


 ブラックジャックという武器がある。円筒状の皮袋に砂やコインを詰めて相手を殴打する武器だ。

 上手くいくわけないし、なるようになれというやけくそぎみに、俺は袋に剣の破片をつめた。一点に重さが集中すると遠心力とでとんでもない攻撃力になるのだと。

 岩ばかりで武器になりそうなものがなにもないのだ。

 もう、なんでもいい。


 トロルが雄叫びを上げて俺に飛びかかってきた。


「うるぁ!」


 袋を思いっきりトロルのこめかみに向かって、フルスイングした。

 いい当たりが入った、という感触はあった。


「が」


 ばつん、と変な音がした。


「え?」


 トロルの頭部が無くなっていた。


「なっ」


 袋の底が遠心力とともにトロルのこめかみに命中したのは確かだ。確かだが、それだけで頭部を吹き飛ばす威力を持つとは思えなかった。

 血が間欠泉のように噴出し、僅かに除いていた首の骨もすぐに赤に染まった。


「どういう……!?」


 理解不能な現状とともにトロルの首のない巨体が俺のほうに向かって倒れこんできた。


 ああ、そうか。


 視界が真っ赤に染まる。血液がべったりと肌につく。


「キヌゴシ!」


 ベルが叫んでいた。地面から白い光が線になって伸びていた。

 どうやら転移魔法が発動するらしい。


 よかった。


 地面と死体とに挟まれ、俺の意識は霧散した。



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