スーパーノヴァ 5
建物内部はジメジメとしていて暗かったが、ベルが明かりを灯してくれたお陰でなんとか視界を確保することができた。
着々とダンジョンを進んでいく。コウモリや大きな蛇が襲ってきたが、事も無げにレイナは切り捨てていった。
日本だったら少女Aとして近所の猫とか残虐に殺しそうな冷徹さだ。
狭く細い廊下を抜けると少し開けた空間に出た。
「なんだよ、試験って言うから緊張してたけど、思ったより余裕だな。こりゃあ」
フリットが額に滲む汗を袖口で拭いながら言った。
「そうだね。敵になるようなモンスターもいなそうだし……」
「油断せずにいきましょう」
ベルが同意するとレイナも辺りを警戒しながら頷いた。
夕凪の考えすぎだろうか。たしかにいままで出現したモンスターも俺でもなんとかなりそうなレベルのやつらばかりだった。
思い過ごしか。そうだと良いが。
考え込んでいたら、脈絡もなくフリットに「デュクシ!」と肩パンされた。
「痛ぇな。なにすんだよ」
「おい、あれ見ろよ!」
「あ?」
白い壁に赤いボタンがついていた。ボタンの上にはアラビア語に似た文字が書かれていたが、なんて読むのかわからなかった。
「どうしよう、めっちゃ押したいんだけど……」
「押せばいいじゃん」
「ばっか、おめぇ、《絶対に押してはいけない》って書いてあるじゃん」
そうやって読むのか。この文字配列は。
禁止されている行為ほどやってみたくなる心理をカリギュラ効果というらしい。子供には効果てきめんだろう。
「間違っても押すなよ。大抵ろくな目に合わないから」
「うるせぇな。おめぇに言われなくてもわかってるよ!」
フリットは口から唾を飛ばして大声をあげた。どうかな。フラグじゃないといいけど。
「あっ!」
白く薄ぼんやりと煙のようなものがボタンの前にふわふわと浮いていた。
「幽霊だ!」
夕凪かと思ったが、あんなおぞましい表情はしていない。
「え! マジ? 誰かカメラ持ってる?」
少し感動だ。動画サイトに投稿して、年末の超常現象スペシャルに取り上げられるチャンスなのに,撮影道具が手元になかった。
「みんな下がって! 風!」
ベルが一歩前に出て、杖を大きく振るうと暴風が起こった。
砂ぼこりが風のかたちを作り、幽霊に直撃する。
「うおっ、すげぇ!」
「えへへ、惚れ直した?」
元から惚れてねぇよ。
魔法なんて信じてなかったが目の前で展開されるとさすがに信じざるを得ない。幽霊もそうだが、こんな力がある世界、たしかに地球じゃあり得ない。
「おおお~」
幽霊が断末魔(?)をあげて消滅していく。
ベルが杖を地面に突き立てて、勝利のブイサインをする。
幽霊は魔法に弱いらしい。
なるほどたしかにゴーストタイプの弱点はエスパーだからか。納得だ。と一人得心が言って頷いていると、フリットが「あっ!」と大声をあげた。
「壁のスイッチが!」
押し込まれていた。衝撃でオンになってしまったらしい。
「い、いったい何が起こるんだ!」
ビビって声を震わせながら、フリットが叫んだ瞬間、
パカリッ、と床が抜けた。
ルパン映画かよ。
「うおおあー!?」
重力にしたがって、真っ暗闇に俺たちは落ちた。ジェットコースターの落下時に起こる浮遊感が延々と続くような感覚だ。
最悪だ。どうやら今回の死因は落下死らしい。こればかりはどうしようもない。
一回目は乗用車と壁に挟まれて、
二回目は野球ボールが頭に当たって、
死というものを味わってきたが、未だに慣れることはない。
死ぬ瞬間は痛くないが、けっこう精神的には来るものがある。しかも今回はみるみる地面が近づいてくると思うと、恐怖感もひとしおだ。
ど、どうすればいい。まだ死にたくない。
はっ、そうだ、五点着地だ。漫画で読んだことがあるッ!
落下時の衝撃を足とか膝とかの五点の部位に分散させることでダメージを軽減させる技術ッ!
よっしゃ、あれを使ってなんとか生き残ってやる!
と気合いをいれたところで、自分が頭から落下していることに気がついた。さすがに一点目が頭部だと助かりそうにない。南無三。現状は言うなれば、まっ逆さまに落ちて災害。
ああ、こんなことなら、
ちゃちな正義感なんて振りかざさず、夕凪の言うとおりダンジョンになんて入らなければ、
「突風!!」
ベルの声がしたかと思うと、ふわりと体が浮き上がった。
ついで、ベットにダイブしたみたいに柔らかい感触がしたかと思うと、俺は普通に地面にしゃがみこんでいた。
「え?」
「ま、間に合った……」
立て膝をついで、大きくため息をつくベル。どうやら彼女のお陰で一命をとりとめたらしい。
「ありがとうございます。ベル。さすがです。あの咄嗟の状況で私たちの四人の落下の衝撃を無効化するなんて」
「えへへー。誉めてもなんもでないよ、レーちゃん」
女子二人は和気藹々としているが、フリットは落下の浮遊感で嘔吐していて、俺ももらいゲロしそうになっていた。
「厄介なことになりました。どうやら観音開きになったあの床は地下を塞ぐ扉の役割をしていたようです」
レイナが腰に下げたカットラスに手をあてながら天井を見上げた。
「地下ダンジョンは子供がチャレンジするようなものではなさそうです」
「どういうことだ?」
「二つの部分で区切られていたようなんです。ピラミッドの上部が本来の試験で使われる予定で、最深部のボスの総魔力は高くて30でした」
ピチョンと水滴が弾ける音がした。
ベルが再び明かりを灯してくれたお陰で、俺たちが落下した地下部分を見渡すことができた。
狭く四角い殺風景な部屋だった。
「ところが魔力を遮蔽する床が抜け、隠しルートとも取れる地下部分が解放されてしまったようなんです。測定器がないので確かではないですが、私たちだけで挑んでも十中八九全滅です」
これか。そうか、つまり俺たちはここで死んでしまうということだ。
なんというか、序盤のダンジョンに隠しルートがあって、終盤もう一度訪れる、というのはRPGでいうと熱い展開なんだが……初回で隠しルートを見つけてしまうとか、台無しにも程がある。もはやバクだよ。これは。もしかして俺の運のパラメーターが関係しているのだろうか。
「どうしますか、みなさん?」
苦笑いを浮かべながらレイナは俺たちを見た。
「決まってるだろ! リタイアだよ! 勝てるわけねぇなら、逃げるしかないだろ!」
「わ、私もフリットに賛成……まだ、死にたくないし……」
思ったよりも向こう見ずなやつらではないらしい。俺も大きく一度だけ頷いて撤退の意思をレイナに伝える。
「ですよね。……帰りましょう」
「それが一番だな。さて、どうやって、上に戻ろうか」
壁はつるつるでボルダリングできそうな突起はない。大声を挙げ続ければ上にいる人たちに気付いて貰えるかもしれないが、下のモンスターとやらに気づかれる可能性がある。
一人頭を悩ませていると「なに言ってんだ?」とフリットに小バカにされたように鼻で笑われた。
「ベルがいるだろ」
「そうだよ、キヌゴシ! ベルに任せて。今、空間転移の魔方陣書くから」
「なんだそれ」
「ダンジョンの入り口とを繋げる緊急脱出ゲートだよ。えへへ、私は風の魔法使いだから転移魔法も得意なんだよ。魔方陣は複雑だけど、パパパッと書いちゃうからさ」
ベルが持っていた杖の先っぽが白く光出す。それを地面に突き立てると、器用にも、円を描き出した。その周りにつらつらとアラビア語のようなものを書き始める。文字が光って浮いていた。すごい技術だ。
「……勇者に成り損ねましたね」
悲しそうにレイナが呟いた。
静寂が支配する小部屋にゆっくりとその言葉が溶けていく。




