スーパーノヴァ 3
薫風が草原を吹き抜ける。
夕凪の言葉は信じられないが、彼女が嘘をついているとは思えなかった。
「ぜんめつめつめつ、ってやつだよ」
子供たちのはしゃぎ声が聞こえてきた。
レイナだけじゃない。
あそこにいるやつら。明日、全滅する。
そりゃ、どうにかしてあげたいが、俺ごときが人の運命を変えるなんて不可能だ。
「家に帰るためにはクエストの達成が必須条件だよ」
悶々とする俺に夕凪が話しかけてきた。
「ん、どういうことだ」
「キヌゴシはこれから運命の歪みをキョーセーしていく必要があるんだよ」
「矯正?」
「うん。転生拒否の代償だよ」
「好き放題言いやがって……」
詳しく話を聞こうとしたところで、
「キヌゴシ・ドーフ」
と、野太い声を背後からかけられた。
「ん?」
「キヌゴシ・ドーフ。早くこっちに来い。あとお前の測定だけだぞ」
横目でちらりと夕凪を見る。「いい名前でしょ!」と教えられた。俺の名前は越井絹だ。テキトーに決めやがったな、この女。
「思い付かなくて「ああああ」にしようかと思ったんだけど、止めたよ!」
最悪は回避できたらしい。
ここで反論を唱えても無駄だろう。
仕方ないので声をかけてきた教師とおぼしき男の前に行く。みんなには見えていないらしいが、夕凪もついてきてくれた。
「それでは測定を始める」
メガネの横のスイッチをおっさんが押すと、ピッ、機械音がした。
「ん?」
小さく唸られた。
俺はこそこそと隣の夕凪にどうすれば良いのか尋ねたが、夕凪は「べつになにもしなくてへーきぃー」と間延びする語長で教えてくれた。が、目の前であからさまに慌てられると心配になってくる。
「あの、どうしましたか?」
「ん? いや……んん??」
さっきから唸ってばかりだ。
なんだろ、凄く怖い。
「たぶんねぇ、キヌゴシのステータス見てビビってんだよ」
ヒヒヒ、と夕凪がニタニタと笑った。
ステータスってあの運に全振りしたやつか。
「ちょ、ちょっと、お前、そこを動くな。超精密採点モードに切り替えるから」
なんだそれ、カラオケの得点のやつか?
なにも言わずに無言で突っ立っていると、教師はブツブツと呟き始めた。
「3000……4000……バカな、まだ上がるだと……」
あ、この流れ、まずいやつだ。
「ま、まだ、上がっていく……180000……」
とカウントした瞬間、
「ぎゃあ!」ボンと音をたてて、測定器が爆発した。
「あーあ、ハズキルーペだったら大丈夫だったのに」
横の夕凪がわけの分からないことをいった。
「せんせぇー、キヌゴシのステータスどぉーだったんですかぁ?」
下品な笑みを浮かべながら先ほど俺を煽ってきた歯抜けの少年が教師に尋ねた。
「き、機械の故障で測定不能だ。……明日の試験に備えて今日は早いがここまで」
そそくさとその場を後にする教師。
「キヌゴシが雑魚過ぎて測れなかったんだぜぇ」
と歯抜けの少年が横のソバカスと赤シャツの少年に話しかけていた。
なんかこいつら腹立つな。
ぞろぞろと館に戻っていく。
よくわからず立ちすくんでいると、レイナが「大丈夫ですか?」と話しかけてくれた。
「ああ、別に問題ないけど、……みんなどこに行くの?」
「? 部屋に帰るんですよ」
「部屋って寮みたいなかんじなの? ……孤児院って聞いたけど」
「……キヌ、本当に体調大丈夫ですか? 測定が終わったから明日に備えて英気を養うんです。みんなのステータス、試験に臨めるレベルは揃ってたみたいですし」
年端もいかない子供ばかりだ。それが全員親を知らず育ってきたのかと思うと少し悲しい気持ちになった。
「あのさ、俺の部屋って、どこだっけ?」
「一時的な記憶の混乱ですね。心配いりません、すぐに治りますよ。案内します」
レイナはにっこり笑ってゆっくりと俺の前を歩き始めた。
「めっちゃええ子やー」
夕凪が手を叩きながらレイナを賞賛した。
館に入って数回道を折れると、たくさんのドアが並んだ廊下についた。どうやらここが子供たちの宿舎らしい。
「そこがキヌの部屋ですよ」
指差して教えてくれる。
「ありがとう」
お礼を言って、ドアを開ける。
フルチンの男児が三人相撲をとっていた。
ドア閉める。
「まじでここ? 先客いたけど」
「キヌはランクDだから相部屋ですよ」
「……」
耐えられない。俺は一人っ子でゆとり世代だ。ルームメイトがデブだったのは別に許せるが、歯抜けがいたのが気にくわない。
「相部屋とか絶対無理だ。なんか他に寝れそうな場所しらない?」
「……あ、それなら私の部屋に来ます? 本当は学生間の部屋移動は禁止されてますけど、明日が試験なんで先生も黙認してくれてます」
「えっ、なんで」
「今日ベルちゃんと前夜祭するんです」
まずベルちゃんが誰かわからなかった。
「明日の決起会です。キヌも良かったら来てください。この日のために三時のお菓子ためておいたんですよ」
にこにこと微笑む少女。
どうしようかと悩んでいたら、横にいる夕凪が「ユウナもいくー」と俺以外に聞こえないくせに大声で挙手した。
仕方ない。
「ここです」
レイナが案内してくれた部屋は広かった。しかも個室だった。先ほどの蛸部屋とは大違いだ。なんでもランクAだから高待遇らしい。腹立つシステムだ。まぁ、女の子特有の良い匂いを感じることができたからとりあえず許そう。
「ささ、すわってください」
クッションを案内される。言われるがまま、それに腰を下ろす。
「キヌ、緊張してます?」
レイナははにかんで俺を見つめた。
「そ、そりゃあな」
女子の部屋はいるの初めてだし。
「ふふ、やっぱりそうですか。いよいよ明日、試験にクリアさえすれば私たちは晴れて一人前です」
「あっ、そっち」
「え、他になんかあります?」
「いや、別に」
「安心してください。キヌは私が守りますから!」
鼻息荒く宣言された。なんだこの状況。薄々感づいていたが、俺はへたれらしい。まあ人にどう思われようと構わない。あの引きこもり生活を経て、俺は成長したのだ。
近所のおばちゃんの影口、クラスメートの悪口、母親の小言、謎に理解ある父親、さぎりの冷めた視線に耐えてきた俺にガキの煽りなんて効くわけがない。
一人で頷いていると、部屋にコンコンとノックの音が飛び込んできた。
「はい」
レイナが扉を開けると、おかっぱ頭の女の子が立っていた。
「レーちゃん来たよっ!」
「はい! それじゃパーティーはじめましょ」
「はーいー」
部屋に転がり込むような勢いで入ってきた女の子は俺を見つけると一瞬動きを止めた。
「あれ! なんでキヌがここにいるの?」
「いや、呼ばれたんだ、その、レイナに」
「ちょ、ちょっとレーちゃあん!」
顔を赤くして慌てたようにバタバタとレイナの手を取る。
「好きな人がいちゃ緊張して話せないよ!」
「んふふ。そうかもですねぇ」
「はぁー、もう。めっちゃ緊張する!」
スーハースーハーとわざとらしく深呼吸するおかっぱの女の子。照れたようにちらりとこちらを見ると、
「キヌはお菓子なにがすき?」
と聞いてきた。
「落雁」
「……ごめん、わかんないや。らくがんってなに?」
「茶菓子」
こちらの世界に落雁はないらしい。関係ないが夕凪は「ルマンドー!」と手を上げていた。
「じゃあお茶いれて来ますねー」
と、レイナがにこにこしながら、席を立った。どこに行くのか訊ねたら、「給湯室ですよ」と教えてくれた。
部屋にベルと俺だけが残される。気まずい。夕凪もいるが、ベルに見えていないのでノーカウントだ。
「ね、ねぇ、キヌ。二人きりになったね……」
「そうだね」
夕凪もいる。
「好きだよ、キヌゴシ」
「そう。……ん? はぁ!?」
鼻水でた。
さっきもちらって言ってたけど聞かなかったふりしたのに。
鼻をすすりながら「今なんて?」と聞き返したら、
「大好きだよ」
っも返された。モテキ、来てるな。
「きゃぁー! 言っちゃった言っちゃった! もう何回も言ってたけど!」
めちゃくちゃ言ってから照れたように笑い出す。情緒不安定にしか見えなかった。
「ねっ、ねっ、キヌゴシ! お願いがあるんだ」
「あ、えっとなに?」
付き合って、とかかな。
「キスして」
「……っ!」
まさかの展開に脳の処理が追い付かない。
「おおー!」
夕凪がやんややんやと手を叩いた。
「こーづーくーり! こーづーくーりー!」
間違った認識のまま拍手しながら冷やかしてくる。やめろ、と叫びたかったが、こいつは俺にしか見えていない。
「ねぇ、お願い、キヌ、キッスして!」
ベルは俺の腕をとって抱きついてきた。この子が子供でよかった。大人だったら胸部の刺激で本能の赴くまま行動しているところだった。
「あ、いや、早くないか!? いろいろと!」
「キッス、ねぇ! ちゅー!」
と、目をつむって唇を突き出される。
いかん耐えろ理性。
「いやいや、落ち着けって、キスは本当に好きな相手としなさい!」
「なんでそんな意地悪言うの?」
むすっと不貞腐れたふくれ面になってベルは俺を少し潤んだ瞳で見た。
「本当に好きだもん。この感情に嘘はないよ」
真剣なベルとは対照的に、先住民の祭事のようにぴょんぴょんも跳び跳ねる夕凪。
「こーづーくーりだぁ! わあ、キヌゴシえろだぁ、わぁるぅ!」
「だから、キスして」
再び唇を尖らせるベル。
「み、見られてるから……」
「え?」
夕凪は「キャー」と言いながら両手で顔を隠しているが、指の隙間からばっちりこっちを見ていた。
ベルに夕凪が見えていないとしても、非常に気恥ずかしいものがある。そもそもこの子のことよく知らないし。
「ば、ばれてましたか……」
キィ、と扉を開けてレイナが入ってきた。どうやら覗き見していたらしい。
「あっ。レーちゃんったらデバガメなんて酷いよ、もう!」
「す、すみません」
べこりと頭を下げるレイナを見て、ベルは恥ずかしそうに鼻の頭を掻いた。
「もういいもん。キヌには明日の試験合格したら、キスしてもらうようにするからさ」
なに勝手に決めてんだ、と思うより先に死亡フラグを立てられたことに恐怖した。




