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スーパーノヴァ 2


 スキルポイント半分では死の呪縛から逃れることが出来なかったらしい。

 うつ伏せ状態から目を覚ますと、ごわごわとした布が鼻先にあるのがわかった。ベッドにいるらしい。少なくとも自宅のものではない。身体を反転させて見知らぬ天井を見やる。記憶があやふやだった。

 毛布をどかして、リノリウムの床に降り立つ。……リノリウム?

 床はつるつるとし、まるで病院のそれである。辺りを見渡すと清潔感溢れる環境に、消毒液の匂いが香った。学校の保健室のようだった。


「ねぼすけー」


 声がかけられたのでそっちに目をやると夕凪が立っていた。


「寝過ぎたよキヌゴシ! ほら、サンダル」


「夕凪? ここはどこだ。ちょっとよくわからないから一から説明 ……」


 と、言いかけて、自分の手に起こった異常に気がついた。おかしい。なんだこの小ささは。

 まじまじと手のひらを見ていたら、夕凪がにこりと笑って俺の手を取った。


「レベル測定の授業はじまるよぉー」


「は?」


 半ば強制的に手をとられ、導かれるまま歩みを進める。やけに体が軽かった。目線がいつもより低いような気がする。

「……?」

 長い廊下が続いていた。床には赤絨毯がしかれ、左右の壁には高そうな絵が等間隔にかけられている。学校だと思ったがどうやら違うらしい。

「なんだここ」


「ランツヘイン孤児院だよ」


「……ん?」


「先の大戦で戦争孤児となった子供たちを集めて勇者にしようとしてるんだよ」


「第二次世界大戦のことか? そのとき子供でもいまはおじいちゃんだろ」


「第三次妖魔戦争だよ。もうすぐ第四次が起こりそうだから、勇者育成が大詰めなんだって」


「勇者の育成……?」


 ふと足を止め、窓の外を見てみた。

 平原が広がっている。遮るものはなにもなく、奥には南アルプスとおぼしき連峰が雪を被っているのが見えた。

 すくなくともここは東京ではない。これは勘だが、恐らく俺は長野にいる。手前に見える山脈はきっと八ヶ岳だ。


 一変した景色に無理やり理由をつけていたら、窓ガラスの反射で自身の見た目が夕凪と同い年くらいに縮んでいるのに気がついて背筋が凍った。


「わ、若返ってる!?」

 黒づくめの男の怪しげな取引なんか目撃していないのに。


「そうなんだよー。ボール当たって転生成功したかと思ったら、ひょっこり魂が抜け出して、こっちで現界しちゃったんだけなんだよねぇ」


「……わかりやすく説明してくれ」


「んーとね。神様にね。キヌゴシが生きたいって言ってるって言ったら、じゃあ、代わりに勇者の手伝いをしたら命を続けさせてあげるって言ってたんだよ」


 俺の理解力が乏しいのか?

 夕凪の日本語が下手なだけなのか?


「えっと、この孤児院に本来ならキヌゴシが転移するはずだった肉体がいるんだよ。ただキヌゴシほど上質な魂が入れられてないから、勇者としては不完全で、イイ線いくけど魔王には勝てないんだよ」


「魔王なんていんの?」


「うん。魔王はね、メダカの池に放たれたブラックバスみたいなやつで、在来種を食い破り、生態系を狂わすほど凶悪な力を持ってるから駆除しなきゃいけないんだってさ」


「神様が天罰で殺せばいいんじゃ」


「神様は殺生を嫌うんだよ。だから、天使を派遣して自然界のバランスを崩すものを破棄してるんだ」


 間接的に殺してるだけじゃないか。

 ガラスに手をあてると、ひんやりとした冷たさが皮膚感覚として伝わった。よかった。とりあえず俺は生きている。


「申し訳ないけど、そんな手伝いなんてしたくないからさっさと俺を自分の部屋に戻してくれ」


「それは出来ない相談だぜぇい。このままじゃレイナが死んじゃうからね!」


「誰だよ」


 微かに傾いた太陽が廊下を優しく照らす。レイナ。聞いたことのない名前だ。少なくとも知り合いにはいない。


「あっ、こんなところでおしゃべりしてる暇ないよ!」


 夕凪は俺の手を取ると駆け出した。体が縮んで踏ん張りがきかないので、少女に半ば引き摺られるように、いつの間にか屋外に出ていた。

 柔らかい風が頬を撫でる。木々の葉が擦れてさわさわと音をたてた。残暑の気配はどこにもない。少なくとも俺の住んでいる地域周辺ではないらしい。


「……」

 白樺の林が見える。間違いない。ここは八ヶ岳だ。

 小学生の時、林間学校で来たことがあるからわかる。そこだそこにちがいない。


 振り向くといま出てきた建物一望できた。

 デカい洋風なお屋敷だ。保養所にしては凝ったデザインをしている。


「キヌゴシ! 目が覚めたか、早く並べ!」


 だだっ広い空間に謎の一団が立っていた。近づいたら大声でアダ名を呼ばれた。訝しんで近付けずにいると、「ほらほらー」と夕凪に背中を押された。

 二十人ぐらいの子供と教師とおぼしき男性が立っている。子供の髪色は様々だ。栗毛色に金色、派手な赤色もある。非行極まれり。ここはきっと少年自然の家だ。


「これより固有スキルとレベル測定に移る。名前が呼ばれた者は前に出るように」


 ゴリラみたいに厳つい顔した男が号令をかける。名前を呼ばれたらしい茶髪の男の子が前にでた。


「へへっ、雑魚がどんなスキル持ってるか楽しみだぜ」


 ニタニタ笑いながら、前歯が抜けた少年が俺に声をかけてきた。なんだこのガキ。


「ボールに当たったぐらいで失神するようなやつが勇者になれるわけねぇんだろ」


 胸を小突かれた。俺のこと言ってるらしい。憎たらしい子供だ。


「おい無視してんじゃねぇぞ。おめぇの固有スキルを当ててやるよ、【おとり】だよ」

 

「固有スキルってなに?」


「……え?」


 少年は一瞬目を丸くするとそのあとすぐにゲラゲラと笑いだした。


「まじか、オメー、低脳が極まると固有スキルもわからなくなるんだな」


「やめてください」


 髪の長い女の子が歯抜けの少年と俺との間に割って入った。


「キヌはボールが頭に当たって混乱しているようです、安静が第一ですよ」


「ちっ」


 歯抜けの少年は罰の悪そうな表情を浮かべ、俺から離れていった。

 よくわからないが俺はいじめられっ子らしい。腹立つ。PTAに相談だ。


「キヌ、大丈夫でした? フリットも明日の卒業試験でピリピリしてるだけですよ。……私もですけど」


 女の子が心配そうに俺を見つめた。水色の宝石みたいな瞳をした女の子だった。長い金色の髪が風にふわりと浮き上がる。


「きみは……」


「卒業試験、頑張りましょうね! みんなで勇者になりましょう」


 握りこぶしをつくって、はにかむ。めっちゃかわいいな、この子。


「レイナ・ネイ」


「あっ、はい!」


 名前を呼ばれたらしい、少女が手を上げて、教師とおぼしきおっさんの前に立つ。

 浅く深呼吸して息を整えている。

 レイナって……。さっき夕凪が言ってた……。


「固有スキルはねー、それぞれに与えられる特殊能力のことだよぉー」


「うおっ、びびった」


 いつの間にか横に立った夕凪が教えてくれた。やはりこいつは俺以外の人には見えていないらしい。それにしても相も変わらずゲーム脳だ。


「それで、俺にはどんや固有スキルがついてるの?」


 俺のスキルだからきっと[寝ても寝ても眠い]とかかな。


「うーん、そればっかりは測ってみないとわかんないねぇ」


 夕凪はおっさんの片メガネを指差した。老眼鏡かな、と思って見てみたら、ビピピピ、と音をたてて、レンズに何らかの数値が表示されているのが見えた。


「まさか、あれって」


「あれは測定器だよ、通称スカウ……」


「おおお! 固有スキル、【超越】だ!」


 夕凪がギリギリなことを言おうとした瞬間、周りから喚声が上がった。


「すごぉい、さすがレイナ!」


 パチパチと拍手まで起こり始める。【超越】ってなんだ、と夕凪に尋ねると「全部のステータスが常人を遥かに凌いでることだよ」と教えてくれた。

「勇者にもっとも近いスキルみたいだね」


 夕凪はいまにも胴上げを始めんばかりの一団を遠くを見るように目を細めて見ている。


「あ、そうだ。さっきレイナが死んじゃうとか言ってたけど、あの子のことか?」


「うん」と夕凪は頷いた。


「レイナちゃんはね、本来なら生き残るはずなんだけど、キヌゴシの魂が入ってないから、明日の卒業試験に失敗してクラスメートと一緒に死んじゃうんだ」


 少しだけ悲しそうに夕凪はため息をついた。みんなからやんややんやと囃し立てられ、レイナは気恥ずかしそうに後頭部をかいている。

 あの子は、明日死ぬ。


「全滅という未来をキヌゴシの力で変えて欲しいんだよ」


「……えーと」


「クエストナンバー1、勇者を生還させよ!」


「……家に帰らせてください」



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