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スーパーノヴァ 1


 学校から帰宅し、自室の扉を開けると、死んだはずの幼馴染みがテレビゲームを楽しそうにプレイしていた。

「……」

 クーラーがガンガンに稼働している。外の熱気に削られた体力が一気に回復していくのがわかった。


「あっ、キヌゴシ、おかえりぃー」


 画面から目を離さず,真剣な面持ちでカチャカチャとコントローラーを操作する夕凪。

 何度も何度も自問自答して得た答えにため息をつく。

 こいつは十年前に死んだはずだ。


「あっ!」

 すっとんきょうな悲鳴を上げて、夕凪は眉間にシワを寄せて俺を見た。


「酷いよ、この(キラー)、フェイスキャンプしてるよ! これじゃあ、ユウナ助からないよ!」


「……」


「ああああ、助けてぇ」


 夕凪がプレイしているのはオンライン要素があるホラーゲームだ。スプラッター要素が高く、幼い彼女がプレイしているのは、見映え的によろしくない。


「ぎゃあ! 死んだぁ!」


 夕凪の操作するキャラクターが血しぶきを上げて天に召された。合掌。


「くそぅ、悔しいぃー」


「あのさ、夕凪、お前いつまでここにいるの?」


「ん? キヌゴシが死ぬまでだよ」


 明るい顔してとんでもないことのたまいやがった。


「死神じゃねぇか」


「ユウナは天使だよ。ザンパクトウはもってないよん」


 ユウナは不貞腐れたようにコントローラーを投げ出した。

 どうやら負けて不機嫌らしい。頬を膨らませて、その場に腹這いになって、足をバタつかせた。


「もうこんなクソゲー二度とやんない!」


 昨日もそれを言っていた。

 鞄を机の横のフックに引っ掻け、シャツのボタンを外す。ちらりと夕凪が俺を見てきたが部屋から出る気配はない。べつに構わないが。


「あっ」


 わざとらしく大声を上げて、夕凪は起き上がるとその場に正座し、目の前の床をパンパンと叩いた。


「ちょっと大事な話があります。ここに座ってください」


「……なんだよ」


 ボタンを外しきれていない中途半端な状態で幼い少女の前に座る。白くきめ細かい肌は、確かな存在感を持っていた。


「大変だよ、キヌゴシ」


 ぐっと前のめりになる。


「赤ちゃんができました」


「……は?」


 一瞬意識が飛びかける。

 身に覚えが無さすぎるし、なにより俺は未経験……、ましてや、相手にこいつを選んだら性的に倒錯している。


「え、いつ……?」


「この間の夜だよ」


「え、俺なんもしてないよね? え?」


「何もしてないからデキちゃったんだよ!」


 夕凪はそう言うと、プリプリと怒りながら床をパンパンと叩いた。


「このままじゃ魂不在のまま成長しちゃう」


「んんんん?」


 話が見えない。どういう事だろうと首を捻ると、夕凪はこれ見よがしに人差し指を一本立てて、それを教鞭のように振るった。


「胎児に魂が宿らないと水子になっちゃう」


「ちょ、ちょっと待てよ、お前、どうすれば赤ちゃんができるか知ってるのかよ」


「ば、バカにするなよぉ、キヌゴシ、それぐらい知ってるぞぉ!」

 膨れっ面のまま、夕凪は続けた。

「パパとママが愛し合ってキスすると出来るんだぞぉ!」


 この純粋な眼差しを汚すことは俺にはできない。


「そうすると神様が空いてる魂を派遣して胎児に宿してくれんだよ」


 おしべとめしべを使って分かりやすく説明してやろうかと思ったが自重した。


「でもキヌゴシが死んでないから宿すべき魂が送れなくて、このままじゃ空っぽな人間になっちゃうんだってば」


 ここに来てようやく話が見えてきた。にわかには信じがたいが、こいつは俺を生まれ変わらせに来た天使なのだ。

 恐らくだが、彼女は俺の転生先の肉体が出来たといっているのだろう。だけと、俺が死んでいないので魂を宿らせる事ができなくて困っていると。


「そんなん言われても困るわ!」

 心底そう思う。


「はぁ、やれやれだぜ。すんごいんだよ、キヌゴシってば。たぶん気づいてないけど、常人なら死んでもおかしくない状況がめっちゃ続いてんのに、全部それを回避してるんだよ」


 肩をすくめてから、夕凪はピョンと立ち上がるとベッドに勢いよく腰かけた。


「……どういうことだ?」


「例えばさっき段差に躓いてたじゃん。あれで転んで死ぬ予定立ったんだよ」


 スペランカーかよ。


「そもそも本当なら二週間前の夜に死ぬはずだったのにさ」


「おまえ今わりと怖いこと言ってるからな」


「キヌゴシはスキルポイントを運に全振りしたお陰で、ありとあらゆる不幸がブロックされてるんだよ。これはさすがに予想外って神様も苦笑いしてたよ」


「はぁ? 俺そんなに運良くなってねぇぞ。この間の実力テストだってマルバツ普通に間違えてたし」


「死を回避してるからそこら辺の運は変わってないんじゃないかなぁ」


 ばいんばいーん、とベッドのスプリングを弾ませながら夕凪は微笑んだ。


「それでさ、そーだんなんだけど、スキルリセットのさせてほしいんだよねぇ」


「スキルリセット?」


「スキルボイントの振り直し」


「いやだよ。だって変えたら死ぬんだろ? まだ死にたくねぇわ」


「ホントに?」


「ああ、死にたくないね」

 今度はちゃんと自信をもって言える。

 照れ臭いから直接感謝を伝えることはしないが、俺がそう思えるのは目の前の朝比奈夕凪のお陰だ。


「んんんー、困ったあー」

 夕凪は大袈裟にそう言ってベッドに大の字にねっ転がった。

 そのまま、ごろんとうつ伏せになると、


「あー、お布団干したねぇ。お日様の匂いだ。ぼかぽかー」

 と、関係ないことを呟いてから、がばりと起き上がり、さっき消したばかりのプレスト4の電源をつけた。


「おい、ゲーム機つけんな」


「サトシっていつピジョット迎えに行くんだろうね」


「おい誤魔化すな」


「だって、キヌゴシが言うこと聞いてくんないなら、現実逃避するしかないんだもん」


「そうじゃない。それは最早暖房器具みたいなもんだから夏場つけると部屋がめっちゃ暑くなるんだ」


「クーラーがあるから大ジョーぶい!」


「親に電気代うるさく言われてんだよ」


 リモコンでクーラーの電源をオフにする。


「あああ! だめだよ、キヌゴシ! ねっちゅーしょーになっちゃうよぉ! 暑かったら北極のシロクマだってクーラーつけるよぉ!」


 夕凪の抗議を無視して、窓を全開にする。九月中旬の夕方の風が室内に優しく吹き込んできた。


「くそぅ、このままじゃ暑くてゲームできな……」


 と呟いてから、


「でもそんなの関係ねぇ。ユウナを止められるのはメンテナンスの時だけだぜぇい」

 コントローラーをがっつり握って、残虐極まりないゲームが再び起動する。


「わかった。わかった。話聞いてやるから、ゲームやめろ」


「え、ほんと?」

 ポイっとコントローラーを放ってユウナは俺を純粋無垢な瞳で見つめた。昔から彼女の瞳はビー玉のように綺麗だった。


「死んでくれるの!?」


「死なねぇって言ってんだろ!」


「なぁんだ。嘘つきは泥棒の始まりだよ」


「そのさっきのスキルポイントの再振り分け? とか言うのをやってやる」


「んー、んー、まあいいでしょう」

 腕を組んで腹立つことを言ってから少女はくるりとモニターに目線をやった。つられてそっちを見るとさっきまでやっていたゲームとは別のやつが起動していた。

 難易度が異常に高く死んで覚えるダークファンタジーだった。対象年齢ははD(17歳以上)。


 そのゲームの最初期であるキャラメイクのステータス振り分け画面が開いていた。新規でゲームをやり直しているらしい。


「あれ?」


 少し違和感を覚えた。俺がプレイしたときと振り分けできるステータスの項目が違ったからだ。


「気のせいかな?」


「さあ、振り分けてちょうだい!」


「うわ、数字までバクってるよ。まあいいや」

 いろんなことに突っ込むのは野暮なので俺は与えられた項目に以下のように振り分けた。


・生命力 10


・魔力 10


・知能 10


・攻撃力 44444444420


・耐性 10


・運 55555555520


・見た目 10


「よし!」


「よし、じゃないよ!」


 決定、ゲームスタートを押す。


「あー、勝手に始めた!」


 プリプリと頭から湯気を出さんばかりの勢いで夕凪は俺につかみかかってきた。


「なんでまたあんな片寄ったステータスの振り分けすんのさぁ!」


「前も説明しただろ、ステータスってのは均等に振るよりどれか一つを伸ばしたほうがいいんだ。だから今回は攻撃力にも半分ふらせてもらったぜ」


「それでもまだ運のステータスが高すぎるよぉ! 常人は与えられて10ボイントぐらいなんだってば、この振り分けじゃまだキヌゴシ、死ねないじゃん」


「あっやっぱそうなんだ」

 予想通りでホッと一息つく。


 ひとまず、これで一安心だ、と思ったとき、窓の外でカキーンと金属バットにボールが当たる音がした。

 目の前が中学校なのできっと野球部員 がいい当たりを放ったのだろう、とちらりと窓の向こうの青空をみたら、飛び込んできたボールがオデコに当たった。

「へぷさっ!」


「あ」


 夕凪の声と蝉時雨が鼓膜を支配する。


「死んだ」


 ばかな。



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