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「ねえ、あやね!」
誰だ。私の名前を気安く呼んでいる下等種族は。きちんとさんを付けなさい。さんを。
「おーい」
私がぬっと振り返り、後ろの席に目を充てがうと、いつもの見慣れた光景が前のめりになって現れる。今一生懸命授業を聞いているんだからさ、邪魔しないでよ、と怪訝そうな顔をして、その先にいる一人の女の子の顔を見る。
黒いたてがみ。美しい歯並び…というほどでもないけど、大きく開かれた口の奥には、ピカピカと光る磨かれたカルシウムが見える。健康体。360度どう見ても、健康的な身体つきが、歯茎にしわを寄せながら、振り返った視線の先に真っ先に落ちる。
私を呼んでいるその先で、へんに窮屈そうにしかめたその女の子の顔は、退屈な授業の片隅で、一段と目立つカラフルな座標軸となり、私の日常を彩る。セピア色のモノトーンが一気に晴れて、波を打つさざ波の大群を作り、一直線に飛来する隕石のようだ。
例えるなら、カモメが一羽、海の向こうからエサを求めてやって来る。その白い飛影のナナメ45度の滑空が、鮮やかに飛び回り、物理的に、身体ごと勢いよく、私の広い額にぶつかるかのよう。
あやね!って、その子は言った。教室の半分にも届きそうなくらいの声のボリュームでさ。元気があって大変よろしい。そう思い思い、イスの背にもたれ掛かりながら私はぬっと顔を彼女に近づける。
私の後ろの席にいるのは、ただの一人のクラスメイト。名前は節子。せっちゃんである。
私は額の下に付いた二つの目の真ん中で、きめ細やかなシワを寄せ、せっちゃんの視線にかじりつく。
かじりつくという表現は我ながら気が利いていて、小回りがよくきく。視線の先にあらわになった瞳孔とまつ毛の周囲30センチメートルで、私は小さく息を折りたたみ、こともなげに投げかける不機嫌そうな顔つきを、一段と高くセッティングする。
「そう睨まないでよ、美しい顔が干からびちゃうよ」
せっちゃんは言う。どの口からそんな日本語のパラメーターが湧いてくるのか、教えてほしい。干ししいたけみたいにシワの寄った私の皮膚から、美しいという言葉の見つけ方を、辞書も引かずに無理矢理引きずり出そうとしているのか。残念ながら、どんなに見積もってフォーカスしても、私の肌の断面図からは、不時着したビタミンB類の、薄汚れた漂流物しか見当たりません。
「私今忙しいんだけど。チョコでもくれんの?」
私を呼んだからには、それ相応の対価を貰わないとね、せっちゃん、と言いながら両手を前に差し出して、にこにこ手の内側を広げてみせる。パッと開いた手のくぼみの中に、どんなステキな支給品を授けてくれるのやら。ちょうど、お昼が過ぎて胃の中も渋滞してないし、歴史の授業について少し考えすぎて、スタミナも少し減りかけていたし。




