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それにしても教室は蒸し暑いな。モヤモヤする。先生の言葉を聞くたびに、頭の隅に広がる神経の弦の一本が、カチカチっていうボールペンの音と一緒に、授業の何気ない風景の中をよろめきながら、ダンスする。足と指と手が一つのリズムの中に重なり合って、密着しだし、最後にはお互いがお互いを押し合って、リズミカルなドミノ倒しになる。ドドドって、勢いよくペンから滑り出したインクと音が、先生の言葉を無視してノートの空きスペースの上を突っ走る。私はノートを見開いてなにを書いているのかと思えば、
えーと、なになに………
類人猿と中新世類人猿………
ま、書いてあることは間違いではないんですけど(苦笑)
うーん、これじゃあ、どこからが中新世で、どこまでがただの類人猿なのかさっぱりわからないし、第一にそれが、突拍子もなく書き殴られたいたずらな落書きにしか見えなくて、とても人に見せられるものじゃないし。
せめて年代を書こう。年代を。
赤ペンでぎっしり「中新世」という部分を塗りつぶして、大きなマルを描いてやろう。うーん、いや、結局中新世という部分を囲ってマルを書いただけじゃあ、「中新世類人猿」がノートの中で得別扱いされているみたいに見えて、さぞかし待遇のいい上流階級の貴族にしか見えないし、困ったな。
もう少し類人猿に対して、先生の言う通り詳しくその生態についてを調べながら、あなたの生まれは?とか、好きな食べ物は?とか聞きつつ、優しく頭を撫でたりしてやるのがいいかもしれない。友好的に、ほんのもう少しだけ友好的に、机の上で教科書を広げて、どれどれと目を見開きながら親身になって接してあげるのも、なんだか悪くない気はする。そうだな、とりあえず一段落は、赤いペンでその顔を塗りつぶしてあげて、そのあとにボールペンで、インクの限りその毛深い全身に陰気な飾りつけをしてあげよう。平成生まれの女子高生と、類人猿が、皮一枚のノートの中に、息を合わせてぴったりくっつきながら二人三脚をするのも、悪くない。多少の歩幅の違いは気にしない、気にしない。きっとなにかあったら、類人猿の方からいっせーのーで右足をあげて、私の短い左足の付け根を、思いっきり引っ張っていってくれる…はず。




