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夏空  作者: 片岡徒之
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 私は教室の中で、完全変態を控えたサナギになる。うずくまるうずくまる。机とイスの真ん中で、教科書を開いているのは、チョウチョが綺麗に羽を広げるために必要な事前交流会だ。しかしそれにしても、先生はなんて言っている?聞き取れない。聞き取れないというより、歴史について勉強するとき、どうして2000万年前も遡らなきゃいけないんだ?先生はジャングルや猿について語っているし、しまいにはマンモスの角が、教科書を飛び出して私の制服を貫こうとしている。苛々して、私はボールペンをカチカチさせる。



 ・人類の進化、あるいは人類の起源とは他の生物種と異なる独立種としてのホモ・サピエンスが誕生するまでの生物学的進化の過程である。


 ・霊長類(サル目)の出現から、ホモ・サピエンスまでの進化系統について。



 黒板に書かれた文字の羅列。白いチョークの先にこぼれるまばゆいホコリと人間の歴史。ああ、目がチカチカする。ただでさえ強い日差しの差し込む窓際で、汗だくな世界のシルエットが教室の内側に照らし出されているのに、先生ときたら、人間が猿から進化した、ーーーなんて、石器時代の古い言い伝えじゃあるまいし。私はそんなのはごもっとも、その通りでございます!だなんて、得心をついた顔をして、はいはいそうですか、では終われない。ダーウィンは偉大でした。そんなことはわかるけれど、だって猿から、人間が?


 もしそれが本当なら、猿たちがよりどころにしていた森を片っぱしから開拓して、こんなせま苦しい教室と午後を作り上げたニンゲンは、心底物好きな発明家なんだとも思う。


 白いチョークで薄くしかれた<紀元前>という文字は、教室の窓辺できらきらと舞うホコリと一緒になって、眩しい日差しに照らされたかのように美しく写る。さながらその日本語の美しさ、見事なり。と言いたいけれど、そのおかげで私は、こうして<紀元前>という時代から何千年か何十時間か経ったあとに、社会の勉強という口実で、ぶつぶつ遠い昔の歴史についてを考えなきゃいけないはめになっている。教室の隅で、規則正しく置かれたイスに座って、私は足組みをしながら、ノートを開き、えんぴつで黒く引き伸ばしていく窮屈な文字の、その私たちの歴史についての文化遺産を、無我夢中になって書きなぐる作業のようなデスクワークに化してしまっている。


 ノート、ノート、ノート。スペルが間違っているんじゃないのかな?ノートはNoteじゃなくて、Not、ーーーis notの助動詞系、〜でないという英語圏の化石化した派生社会の遺物じゃないの?


 気怠い。そう思うのは不自然で、じつは私が背伸びをすれば済むだけの話。そういうお話。ーーー以下略。という教訓じみたお言葉を、かれこれ念仏のように唱えて1時間が経つ。夏だ。プールだ!さながら、赤のデッドプール。その次に出てくる言葉は、まあ、諸君の第六感にでも語りかけてもらいつつ。

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