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夏空  作者: 片岡徒之
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 私はムクっとベットから起き上がって、時計を見た。時刻はもう18時を回っていた。花火が上がるのは21時。待ち合わせ時間は19時25分。目まぐるしく動く時計の針の中で、私は花火を見に行く支度をすることにした。



 時間は前に進むんだろう。だったら私は、その内側を走るレールになろう。人生がどんなに困難でも、緩やかなカーブになり続けよう。休憩している暇なんてないんだ。身体が、思うように動かなくたって、前に進むことは出来るんだ。私の視界は真っ暗じゃない。地図はなくても、目の前に大きな大陸があることくらいわかる。踏み上げるステップが、私の太いふとももを突っぱねることはあっても、腰から下が、動かなくなることなんてない。どんな形でもいいから、身体を動かして、這いつくばってでも、息をこらして。


 必死な形相で走る人は、汗だくで、時々大丈夫かなって遠くから思うときがあるけど、ちゃんと水分補給さえしていれば、大丈夫。走って走って、前しか向いていない人は、かっこいい。目標があるわけでもなく、例え目の焦点が合わなくて、転びそうになっていても、足を踏み出して、一歩でも多く先へ、進んでいこうという気概がある人は、根性があって、気高くて、とても不器用だ。親近感が湧く。そういう人を見ていると、私の心のうちにある時計が、いっそう遅く感じるようになる。頑張って歩いて、私と歩幅を合わせていこうって、言いたくなる。世界の地図を、一緒に作っていこうって。


 私は水分が足りなくなって枯れた、春に咲くたんぽぽじゃない。野に咲く一枚のバラ、その真っ赤に咲きほこる血の色だ。


 人間の心臓に向かう1台のポンプ車が来て、ホースを持ち、太い太い血管の中で、私は赤血球を届けるスピードになる。世界に近づく夢を見る。


 たとえ世界で一人になっても、明日、昨日のことを振り返る人がいなくなっても、私は世界に近づく一瞬を、未来に続く近道を、探している。


 誰かが私に笑って話しかけたかな?


 教室の明るい窓際で、誰かが私を見つけたかな?


 どこまで続くかわからない昼の午後の下で、精一杯のカジを切って、私は昨日の私を見つけにいく。昨日のあなたを探しに行く。


 簡単な道のりじゃないことくらいわかってる。どれだけのペダルを漕いでも、思うように進めない時があるって、ことくらい。涙が出そうになるくらいに、感情がこみ上げてきて、赤く頬が照り始め、視界の奥からたくさんの泡がこぼれる。2000万年前の地層から、少しずつ地上へと起き上がろうとしている、小さな水の流れが、視界の奥でうごめき始める。涙が、ポッと出る。


 そのひと粒の涙が乾くころに、私と世界と、時間と時間は絡み合い、暗闇がそっと目をつむって、密やかに動き始めるだろう。私とあなたと、女子高生の日常をやさしく渡しに。溺れそうになっている未来を助けに。


 後戻りはできません。どんなに長い道を歩いて迷うことなく進んでも、力強く握りしめた手は、世界の喉元を掴んで離さない。それならいっそ、抱きしめる。私は世界と日常と夜と、その懐に、全身を預けにいこうとする。


 どこからか湧いてくる、勇気と希望を持ち上げながら。


 そうやって私は部屋を出て、階段を降りた。日差しは少し弱くなっていた。

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