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なにかパッと明るいものが、目の前に現れる。そういったものを、特別意識して求めているわけじゃない。私は、晴れの日の午後を求めている。ささやかな風を求めている。といったように、何気ない日常の、何気ない時間の片隅で、一際早く空の上を登っていく上昇気流になりたいんだ。そう思うことは、悪いことなんだろうか。
一日の速さが、私の身を焦がしていって、それに追いつこうと必死になりながら、家に靴を忘れた私は、それを取りに行こうと今来た道を引き返して、家に戻る。そのせいで、同時にこの世界に生まれたはずの私が、他の同じ時間に生まれた人たちよりも若干遅れて、スタートし、一日の速さの中に取り残され、気がつけば、どこかに向かう途中、その目的地にたどり着くまでの道のりを、他の人たちよりも遠く歩くはめになってしまっている。急いでUターンして、靴を取りに行こうとするのだけれど、それを思い出した場所や地点が、もう一日の中の時間が大分進んできたところにあることを知るんだ。私が生まれて、母親のお腹から出てきた瞬間から、気がついたときには、もうだいぶ長い時間を過ごして、果てしない距離を歩いているのに、母親のお腹に忘れてきた靴を、取りに返らなきゃいけない。引き返す私の駆け足の下で、一日と、そのスピードとすれ違う。お互いの進む方向が、まるで違う。なんだか、そのせいで、私が本当に掴みたいものは、もうずっと未来の先の先まで、どんどん遠ざかっているような気がして。
私は靴を取りに、家のある方角を目指して、世界は後ろへとさらに早く進んでいく。厳粛に、厳粛に。他の人たちは生まれたときから靴もちゃんと履いて、走りやすい格好になって、きちんと遅れることなくスタートが切れているから、どの道の、どの曲がり角においても、サッと爽やかに汗を拭いて、一歩一歩、その前進のステップアップを力強く噛み締めている。私はと言えば、一人取り残された上に、帰り道にも危うく迷いそうになってしまっているから、走り去っていく人がどこのどの道を進んでいるのかさえも、もうはっきりとは見えない。私にわかるのは、逆向きに吹く風の強烈さと、雨と冷たさと、真っ赤に照り続けている太陽の日照りが、少しずつ影に隠れようとしていることだけで、あとはなんにも、知らない。ドタドタドタ、という前方か後方かに忍び寄る人やその足の往来のざわめきだけが、残音としてのみ、せり上がる!
私はどこに行こうか、もう完全に見失ってしまったのかな。そういった不安が一日のうちに必ずどこかで胸のうちを占め、立ち塞がった日常と日常の狭間にある緊張感が、耳の外へ、鼻の先へ、敏感に敏感に敏感に、ぎこちないエンジンを吹かして到着する乗り物になる。燃費の悪い乗り物に。
部屋のベットの上に寝転んで、天井を見ていた。木でできた天井の上にぶら下げられている電灯が、部屋全部の光をさらって、中心に近づこうとしている。私はそのすぐそばで、静かに息を潜めながら、次に何が起こるかを見ている。美しい被写体。それからその様々な色彩のウェーブは、一挙に押し寄せる波となって粒となって、世界を虹色に染める。シーツの上で動きにくそうな私の体が、肩から下にかけて僅かに動き出したのを見て、時間がどこかで止まっていないか、それともどこかで、誰かが行き倒れていないかを窓の外や床の上でチェックしようとした。私の指の先は動かなかった。
どうしよう、と思った時は、ある。にっちもさっちもいかない、そういう感情の矛先に、置き去りを食らったような気がして、たまらなく悔しくなる。いてもたってもいられなくなるっていうのは、そういうときに一番近くに感じる精神力の確かさで、訪れる。それが時折隙間もなく顔を見せるようになると、私はタイミングよく息を合わせながら、一日のうちに何度もうずくまる習性を、惰性的に覚えるようになった。
勉強しなきゃなって、そのたびに思うけれども、教科書は広いんだ。広すぎる。100キロ平方メートルの大地を、好きに使っていいですよって言われた時に、誰がやったー!って素直に喜べるんだろう。有効活用できる場がありすぎて、温泉を掘り当てる場所さえわからない。
私は机の方を見た。相変わらず散らかり放題な教科書や筆記用具たちは、今にも零れ落ちそうな窮屈さで振動しつつ、机の外へとはみ出そうとしている。床に落ちるか落ちないかのギリギリのライン線上で、綺麗に畳まれた帯になり、青や黄色や赤や、水色のコントラストを生やしていって、少しずつ下に伸びていく。その帯が、ツルのように床や壁に伸び続けていくことを感じて、しかもその長い長い線の上っ面に、ロープウェイの如く、しなやかにぶら下がって下っていく類人猿の軌跡を見る。よく見ると帯の線の一直線上には、猿がいて、手を振りながら、木から木へとジャンプしていくように、華麗な跳躍力で机の縁を掴んでいる。机の上側にバナナでもあるのか。私は思い思いに、立ち上がり、今よりも少し近い位置で、机の方を見ようとした。すると猿は私の視界から逃げるようにジャンプして、今度は天井の角に貼り付きながら、こっちだよーと、手を振っているように見える。騒がしい。猿が一匹、私の部屋の片隅で、様々な色や形や線と一緒に、踊っているこの慌ただしさ。まるでSF映画の1シーンのようだ。映画館には私一人。右手にはぎゅうぎゅうに詰まったポップコーンと、甘い甘いチュロスがある。




