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あれ?と私は後ろを振り返って、確認してみるけど、ペダルを漕ぐたび、回転する車輪の音はますます高くなっていき、しまいには耳障りな音を立て始める。私は前に行こうとしているのに、景色が後方に残されていくような、いいようもない高低差。それが1メートル四方で激しく木霊し、反響し、粉塵を上げて、日の光を遮る。
私はペダルを漕ぎながら、身体ごと風に乗って、世界の平面を気持ち良く散歩している気分になるのに、その下を降下していくアスファルトはどんどん固くなり、乾いた匂いや音を出し始め、底の見えない大きな穴の中にダイブしていく。私の全身がその中へとダイブしたあと、その落下速度はどこまで行っても自由になり、私の身の回りにある全ての街の建物や、景色のツヤや色や形を大胆に曲げて、未来と過去の時間軸の間を横っ飛びする。
私にはそれが、色褪せている街の景色と淀んだ空気の倦怠さから、湧き水のように流れ出ているものなのか、それとも遠い未来から、少しずつ広がってやって来るものなのか、見当はつかない。けれども、とにかく素早く横切っていく一つの巨大な機影は、恐ろしい息遣いを満たして、そこら中に散漫する真っ赤な日照りと光の軌跡になる。
そんなに早く動いているつもりはないのに、私の視界の外で音もなく過ぎ去っていく世界の色づかいや、モノトーンの隠れ蓑は、背の高い丘を一つ作って、電信柱の向こうへ逸れる。
私はそれを追おうとは思わなかった。私のペダルの漕ぐスピードと、地球の自転速度が、あまりにも遠く、あまりにも遅く絡み合い、重なり合おうとしていたからだ。追わない。でも、なにもできずに諦めて、立ち止まろうとしているんじゃない。ただその先にあるものが、世界が、騒がしい街の景色が、自分が思っているよりもずっと遠くにあるような気がして、虚しくなり、それよりもずっと身近な場所へ、ずっとずっと近いところへ、一瞬の間戻ろうとする。一度大きく来た道をUターンして、視線をちょっとの間だけ逸らそうとする。そうしてその感情の向かう先に、全力でペダルを漕がずにはいられなかったんだ。
私はたくさんの交差点や横断歩道を突っ切って、たくさんの居住区を抜けていき、必死に立ち漕ぎをしている自分の汗だくの影を踏んで、一つの街角にぶつかる。建物と建物の間に差し込む日の光を、カーブミラー越しにキャッチする。街や道路のたくさんの光の束、ホコリ、雑音、足音、シャドーボール。人が、曲がる場所。人と人とがすれ違う場所。街の至るところにあるたくさんの細胞が積もって、一直線に集合するように交差する場所…。いや。もっともっと簡単に、言う事ができる。もっと単純に、説明することができる。ここは、この曲がりくねった先の、スマートに美しい街なかの一つのコーナーは、私の全身の筋肉と衝突して、カカトを踏ん付けながら立ち塞がる。
私の人生の一度でも、この街角に佇む忙しい街の中のざわめきを、声を、色調を、聞き漏らしたことがあっただろうか?建物と建物。その壁の間に差し込む光の数々を、全身で受け止めなかったことがあっただろうか?
私はそういった大音量の心の軋みと、とんがった街のつま先に立ち、耳を塞いで、どこにも行けずになるのが怖いから、自転車に乗って、いつもいつも、急いで右にハンドルを切っていく。左へと視線を移していくーーー。
だけど今日は、自転車じゃない。今日だけは、立ち漕ぎをして疾走していく、傍若無人のメソッドではない。
徒歩30分の道のり、時速4キロメートル。
そのゆったりとした息遣いの中で、地面の上を滑っていく穏やかに緩やかな斜面となり、自分が生まれ育ったこの街の、見慣れた光景の真ん中で、ゆっくりとその足取りの歩幅を確かめていく。
短いかな?短くないかな?もう少し歩幅を短くしたら、違う世界に行けるだろうか。今よりももっと明るい世界に近づくことができるでしょうか?
私の被写体。全身の被写体。アスファルトの弾力に押し戻されていく全身の体重。重い、重い、体重。
いっそ世界の半分の大地が滑って、私と私の周りにある景色をみんな、どこかへ連れ去ってくれればいいのに。颯爽と、目の前の景色を新しく入れ替えてくれたらいいのに。一歩一歩、家に向かって足を踏みしめていくたびに、帰る道が細いのか長いのか全然わからなくなる時があるけど、どうせ、私が家につく頃には、靴ひもがちぎれてしまいそうになるくらい、深く深く積み重なっていく距離と時間が、虚弱な私の体力を根こそぎ奪い去っていくんでしょうし。
でもたまに歩くのはいいね。気分は前向き。すがすがしい。生まれつきへっぴり腰の私でも、アスファルトの厚みに負けないくらい、ゆっくり前に進んでいける気がする。踏み出した足をしっかり伸ばしていけそうな気がする。
私はふっと見上げて、流れる雲の行方を気にしてみた。そうして視界の全部を使って見渡してみた。まるで一機の飛行機が午後の陽射しの中に一つのシルエットも残さないまま、一気に飛び去ってしまうそうになるくらい、そこは深い青だった。巨大な海が真っ逆さまに落ちてきて、私の命を丸呑みにしてしまいそうな濁流が、地球の重力に合わせて降ってくる。それぐらいに青く、広い空間は、普段ではあまり気付くことがなかった感覚だった。
ここ最近、それこそこの一年の中でも、あまり記憶にはない貴重な体験が、その予備動作もなく訪れる。その際立った感覚がひとしきり大きくなって胸いっぱいに広がる頃、そのタイミングにぴったり息を合わせるかのように、急激にブレーキをかけ出す私の中の時計の針が、一瞬心臓を停止してしまうかに思えた。




